板を持ち上げてそっとのぞいてみると、その上の部屋もやっぱり真っ暗で、特に人のいる気配もありません。そこで小林君はかまわず穴の上によじのぼり、板のふたをもとのとおりにしっかりと閉めました。
さあ、ここからがいよいよ危険です。
もしも悪者たちに見つかったりでもしたら、いったいどうなってしまうか、想像もつきません。
まずはその真っ暗な部屋を手さぐりで調べてみると、そこは畳一畳(たたみいちじょう)ぐらいの、まるで押し入れのような、ものすごくせまい空間であることがわかりました。
もちろん、人の姿はありません。
そこでようやく安心して懐中電灯をつけ、あたりを見まわしてみましたが、四方とも板張りのかわった部屋です。
部屋というよりは、やっぱり押し入れか物置といった感じです。
そこには別に何も置いていないのですが、ただ一方の板壁に、妙なものがぶら下がっています。
それは真っ黒な洋服のようなものでした。
手に取ってみると、やっぱりそれは大人の洋服でした。
「おや、これはルパシカじゃないか!
それに、これはいいったい……?」
ルパシカというのは、ロシアの民族衣装である上着のことです。
「ルパシカ」と言えば、何か思い出すことはありませんか?
小林君がこの場所に連れてこられて、悪者のボスの前に引きずり出されたとき、あのボスはいったい何を着ていたでしょうか?やっぱりこのルパシカという、へんな洋服ではありませんでしたか。
いや、そればかりではないのです。
ルパシカのほかに、まだたしかな証拠(しょうこ)がありました。
それは黒いビロードの覆面(ふくめん)です。
あの覆面が、やはり同じくぎにかけてあったのです。
頭からすっぽりとかぶるようになっていて、目のところだけ三角の穴があいている、あの気味の悪い覆面です。
「ふふん、あいつはここまであがってきて、はじめて覆面をぬぐんだな。
そして、ふだんの着物に着かえるんだな。
してみると、あいつが手下にも顔を見せたことがないというのは、ほんとうらしいぞ。
手下のものにはこの下のベッドのある部屋で寝るように見せかけて、ほんとうは、毎晩ここへあがってきて、どこかほかの部屋で寝るのかもしれない。
なんて用心深いやつだろう。
手下にさえ顔も見せなければ、寝る場所も知らせないんだ。
この秘密のはしごだって、きっと手下には教えてないにちがいない。
そうとすれば、むろん暗号文も地下室においてあるはずはない。
ここへ持ってあがって、だれも知らない部屋にかくしてあるのだ」
小林君はそんなふうに考えをめぐらせましたが、悪者たちのボスがあまりにも用心深いため、なんだか少しゾッとして、うすぎみが悪くなってきました。
いったい悪者は何者なのでしょうか。
なぜこんなにまで用心をして、顔をかくしているのだろうと思うと、胸がドキドキして、少しこわくなってくるのでした。
「それにしても、この部屋にはどこか出口があるにちがいない。
やっぱり、かくし戸になっているのかもしれないぞ」
そう考えて、懐中電灯で四方の板壁を照らしてみると、一方のすみに、どうやら隠し戸らしいものが見つかりました。
その部分を押してみると、少し動くような気がします。
しかし、ただ押しただけでは、とても開きそうにもありません。
きっとまた、どこかに戸を開けるしかけのボタンがあるのでしょう。
小林君は一生懸命(いっしょうけんめい)それをさがしましたが、やがて頭の上のほうの高いところに、ちょっと気づきにくい小さなボタンを見つけました。
でも、こんどこそ、うっかりそれをおすわけにはいきません。
もし、戸のむこうにだれかがいて、小林君に気づいたら、もう取り返しのつかないことになってしまいます。
押そうか、押すまいかと、長いあいだ迷っていました。
そして、板壁に耳をぴったりとつけるようにして、そのむこう側の様子をうかがいましたが、あたりはシーンとしていて、なんの物音もしません。
時計を見ると、もう夜中の三時です。
たとえむこう側に人がいるとしても、まさか今ごろまで起じているはずはないのです。
「よし、思いきって押してみよう。
もし見つかったら、すばやく逃げ出せばいいんだ。
そして、もとの牢(ろう)へはいって、何食わぬ顔をしていればいいんだ」
小林君は、ついに決心しました。
まず指先をボタンにあてておいて、用心のために懐中電灯を消してから、その指にぐっと力をこめてボタンを押したのです。
すると、思ったとおり、板壁の一部がドアのように、グウッとこちらへ開いてきたではありませんか。
大急ぎでそのすきまからむこうをのぞいてみますが、やっぱり薄暗くて何も見えません。
なんだかすぐ目の前に黒い幕がさがっているような感じで、先が見通せないのです。
音をたてないように気をつけながら、そっとその部屋へはいっていきましたが、はいったかと思うと、何かやわらかいものに行きあたりました。
手でさぐってみると、そこに厚いカーテンがさがっていることがわかりました。
カーテンのむこうには電灯がついているらしく、布の織り目から、ちかちかと光がもれています。
小林君はカーテンの合わせ目をさがして、それをほんの一センチほど開け、部屋の中をそっとのぞきました。
そこは、びっくりするほど立派な部屋でした。
そんなに広くはないのですが、置いてある家具がどれもこれも立派で、きらびやかなのです。
一方には大きな化粧台があって、鏡がきらきら光っていますし、その前の台の上には、いろいろな形の美しい化粧品のびんがずらりと並んでいます。
立派な長イスやひじ掛けイスには、目のさめるような美しいもようの布が張ってあります。
床には、まっかなじゅうたんがしいてありました。
いや、それよりももっと立派なのは、正面に見えるベッドです。
ふつうのベッドよりもずっと大きくて、美しいかざりがついており、その上の天井からは、ぴかぴか光る真っ白な絹の布が、ちょうど富士山のような形で、ベッドの三方にすそを広げているのです。
その豪華なベッドの上には、ひとりの美しい女の人が、顔をこちらに向けたまま、すやすやと眠っていました。
小林君には正確にはわかりませんでしたが、その女の人は三十歳ぐらいでしょうか。
お嬢さんというよりは、どこか上品な奥さんという感じでした。小林君は、明智先生の奥さんほどきれいな人はほかにいないと思っていましたが、いま目の前で眠っている女性は、それよりもさらに美しかったのです。
あまりの美しさに、まるでキツネにつままれたような気持ちでした。
これはいったい、どういうことなのでしょうか。
悪党のボスがいるとばかり思っていた部屋に、こんな美しい女性が眠っているなんて、まるで夢でも見ているかのようです。
覆面とルパシカを脱いだ男は、いったいどこへ行ってしまったのでしょう。
小林君は女性の寝顔を見つめながら、長いあいだ考え込みました。
なんだか納得がいかないというか、つじつまが合わないような気がするのです。
そうしているうちに、小林君の頭に、ふと奇妙な考えが浮かびました。
「おや、もしかして……。
そんなことがあるのだろうか?」
それは、なんだかゾクッと身ぶるいするような、恐ろしい考えでした。
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