まあ何にしても、田中くんも今じゃすっかり売れっ子になって、中堅の作家だからね。
どうだい、彼を囲んでみんなで集まろうよ。その時は君も絶対に来てくれよな!」
「もちろん、喜んで行くわよ!」
「ところで実はね、田中くんは大村くんと大学の同窓生で、すごく仲がいいんだ」
そう言うと、玄竜はイスの背もたれにぐっと体を預け、急に真剣な表情を作った。
だがその顔には、どこかみじめですらある、消え入りそうな明るい光がうっすらと浮かんでいた。
「だからさ、田中くんに頼んで、大村くんに口利きをしてもらおうと思ってるんだよ。
つまり、芸術家の気持ちをわからせてやるのさ。
そう、これはパリ娘のアンナに実際に会ったことよりも、はるかに重大なことなんだ!
それがうまくいけば、僕は寺になんて行かずに済むはずさ」
「そうよねえ、それがいいわ、絶対にそれがいいわ!」
女流詩人は肩を揺すりながら、息を切らすようにして心からの喜びをあらわにした。
「本当にそんなふうになるといいわねえ」
実のところ、小説家である玄竜も、根っからの悪人というわけではなかった。性格はむしろものすごく気が小さくて臆病だし、文学の才能だってほんの少しは持ち合わせていたのだ。
ただ、あまりにも長い間どうしようもない貧乏や孤独、そして絶望のどん底にいたせいで、頭がおかしくなってしまっていた。
おまけに今は、朝鮮という特殊な社会の事情が、彼をますます混乱の渦へと突き落としていたのである。
性格の歪みが原因で父親や兄には勘当され、大学の勉強もうまくいかず、生活費を稼ぐあてなんてどこにもなかった。
東京での十五年間というものは、まさに哀れな野良犬そのものの暮らしだった。
さらに運が悪いことに、自分が朝鮮人であることをどう隠そうとしても、骨格や顔立ちはまぎれもなく朝鮮そのものだった。だから下宿を探しても、まずその顔を見られ、おまけにボロボロのズボンをはいているものだから、一瞬で断られてしまうのだ。
そこで彼は、まるで神様からお告げでも受けたかのように、思い切った作戦に出た。
「自分は朝鮮貴族の息子であり、文学の天才だ。おまけに朝鮮文壇でトップクラスの作家なのだ」と、あちこちで大口をたたいて回ることにしたのだ。
そうすれば、朝鮮人であるというだけで受ける理不尽な差別や気まずい思いも少しは軽くなるだろうし、暮らし向きだって多少は楽になるだろうと考えたわけである。
ところが奇跡的なことに、その出まかせの作戦が完全にうまくいき、次々と二、三人の女性に養ってもらうことができたのだ。
そうやって一、二年ほど過ごしているうちに、彼はすっかり自分自身でも「自分は本当の朝鮮貴族で、偉大な文学の天才なのだ」と本気で思い込んでしまった。
しかし肝心の文学の道だけはどうにもうまくいかず、いつもモヤモヤと悩んでいた。そんなある年、女性を刃物で切りつけたという罪で日本から追い出されるように送還され、もうどうにでもなれという破れかぶれの気持ちで朝鮮へと帰ってきたのである。
それからは、朝鮮語を使ってわざと変わった表現をしたり、ドギツイほど淫らな文章を書いては、安っぽい雑誌社へ売り込みに歩いた。
ボロボロの布袋にいつも原稿をパンパンに詰めて担ぎ歩き、バーやカフェで暴れては警察官に捕まり、職業を聞かれると、得意満面になって「文士の玄竜だ!」と言い放ったのだった。
呼ばれてもない集まりに勝手に顔を出し、口を開けば、うろ覚えのフランス語やドイツ語、ラテン語の単語をごちゃ混ぜにしてデタラメにしゃべり散らす。人の前では「俺は柔道の初段以上だからな!」と胸を張り、東京の文壇でいかに自分が大活躍していたかを、いつまでもダラダラと自慢話として並べ立てた。
まるでそれが、今の朝鮮における自分の価値を高めてくれるとでも信じているかのように。
すべてがそんな調子だったから、世間の人々もだんだんと彼を「ちょっと頭のおかしい人」として相手にしなくなった。だが、そうなればなるほど彼は「しめた、これぞ願ったり叶ったりだ!」とばかりにいよいよ有頂天になり、「真の天才だからこそ、凡人たちには理解できないのさ」と気取ってみせたのだ。
しかし、彼の実力が少しずつ周囲にバレていくにつれ、ついに安っぽい雑誌でさえた彼の文章を受け付けなくなり、文化人たちも全員で手を組んで、彼を自分たちの世界から追い出してしまうことにしたのだった。こうして身動きが取れなくなってからの彼は、お酒を飲んでも柔道の話は一切しなくなり、いつの間にか誰に対しても「お前も監獄に放り込まれたいのか」と、脅かすようなセリフを大声で叫ぶようになった。
同時に彼は、どんな恐ろしいことでも平気でやり遂げる男として、周囲の人々から恐れられるようになっていった。
こんな厄介な男にさえ、政治的なプレッシャーを交えて言い寄られれば、ビクビクと怯えなければならないとは、朝鮮の文化人たちにとって何と情けなく、悲しむべきことだろうか。
それにともなって玄竜の心もますますすさみきっていき、街ではさらに乱暴なふるまいや、人からお金を脅し取るような卑劣な行為を繰り返すようになった。だが今度は、警察の巡査にとがめられても、けらけらと笑いながら「俺のことが知りたければ大村くんに聞いてみろ!」と怒鳴りつけるのだった。
彼がこうして人の前でいつも「くん」付けで呼ぶ大村という人物は、実は朝鮮の人々の愛国心を高めるために作られた、時局雑誌「U」の編集長だった。
日本内地からやってきたばかりの元役人で、朝鮮の文化や事情にはまだあまり詳しくなかった彼は、最初に自分へ近づいてきた玄竜を、本人の言葉通り「朝鮮の文壇を実際に支えている一流の小説家」だと信じ込んだ。さらに、その人間的に破綻しているかのような態度を見ては、「これぞまさに非凡な芸術家である証拠だ」と、すっかり思い込んでしまったのだ。
こうして、すっかり追い詰められていた玄竜は、わけのわからないまま大村に取り入り、重宝されるようになっていった。
ところが、「好事魔多し」と言われるように、それから間もなくして、玄竜はある非常に奇妙な出来事がきっかけでスパイの疑いをかけられ、憲兵隊に連行されてしまった。
ちょうどある穏やかな日の午後のこと、彼はいつもの本町通りで、若くて妖艶な「フランスのアンナ」と名乗る女性を見かけたのだった。
彼は大喜びで、「ボナミ(お友達)」や「マドモアゼル(お嬢さん)」、「ウイメルシイ(ありがとう)」といったカタコトのフランス語を並べ立てながら、彼女に近づいていった。
青い瞳の女性もなかなかのものだった。たどたどしい日本語で「私は旅行でここに来ていて、道に迷ってしまったの」と言って、優しく微笑んだのだ。
彼はますます調子に乗り、彼女をあちこち連れ回しながら、道行く人々に聞こえがみとばかりに、「ボンジュール(こんにちは)」「トレビアン(素晴らしい)」「ボウギャルソン(良い少年)」「ススワル(お掛けなさい)」など、知っている限りのフランス語を大声で叫んだ。
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