初級翻訳・天馬 第8話

天馬

そのため、木の枠は花束ですっかり埋まってしまい、うなだれている桃の花々はなんだかとてもかわいそうに見えた。
「わしはな、かかあをもらった年に、二人でこの桃の木を植えたんでがす。
そのかかあが、死きちまったんだ。
そのかかあがよお!」
と、農夫は叫んだ。
「白米の重湯が食いてえと言うもんだから、地主のところへ借りに行ってる間に死んでしみたんだ。
さあ、わしは桃の枝をバッサリ切り倒して担いできたんでがすぞ! 買ってくだせえ、一枝たったの二十銭だ、たくさんはいらねえ、二十銭でいいんだ!」
群がった人々は面白そうに顔を見合わせながら、ゲラゲラと大声で笑い合った。
玄竜は両手をポケットに突っ込んだまま、人垣をぐっと押しのけて真ん中へ姿を現した。
そしてしばらくの間、目を細めながら、いかにも「感慨深い」といった様子で、桃の枝をじーっと見つめた。
なぜだか、胸の奥底から冷たい悲しみがしみじみと伝わってくるのを感じる。
彼はまるで何かに取り憑かれたように、スタスタと木の枠のそばへ歩み寄り、一本の枝を取り上げて、じっと強い思いを込めて見上げた。
いまがまさに満開とばかりに咲き誇っている薄紅色の花が、二十輪ほども連なって枝を覆っている。
「さあ、旦那、買ってくだせえ!
わしはこの枝をたたき売って、酒を飲んでぶっ倒れてみせまさあ! ええ、みんなして何で笑うんでがすか、買ってくだせえよ。
笑わねえで、買ってくだせえ……。
へえ、こりゃありがてえ、ありがてえ!」
片方の手でポケットの中の小銭を探っていた玄竜が、白銅貨を二枚三枚と掴み出すと、ポーンと景気よく放り投げたのだ。
農夫は狂ったように大喜びし、頭を地面につけてペコペコと拝んだ。
それを横目で見ながら、玄竜は黙ったまま桃の枝を肩に担ぎ、人々をかき分けるようにして再び人混みの中へと戻っていった。
その時、彼は自分の格好のせいか、なぜそんな連想をしたのか自分でも分からないまま、十字架を背負うキリストの姿をふと思い出し、自分自身の中にもあの殉教者のような悲痛な運命を重ね合わせようとした。
自分こそは、ある意味では朝鮮人たちの苦しみや悲しみをすべて一身に背負って立っているのではないか、そんな気がしてならなかったのだ。
考えてみれば、この混沌とした朝鮮という現実だからこそ、自分のような人間も生まれ、そして社会の中で我が物顔でのさばり歩くことが許されていたのだ。
この混沌とした朝鮮が必要として自分を生み出し、そして今になって「役目が終わった」からといって、自分に十字架を背負わせようとしている――。
そういった強い自覚にたどり着いた瞬間、玄竜はますます胸が締め付けられるような悲しみに襲われ、その場で声をあげてわんわん泣き出したいほどの気持ちになるのだった。けれど、ほんの一瞬そう思ったのも束の間、歩道いっぱいの人々が驚いたように自分の風変わりな格好をジロジロと眺めているのに気づくと、彼はむしろ急にケロリとした顔になり、なんだか少し誇らしい気分にさえなってきた。
「おい、へっぽこ詩人の相手をするあそこの女郎め、お前がもしこの俺について来ていたら、この超越した俺の姿が本当によく分かっただろうに、まったくバカな女郎めが!」
と、彼は心の中で文素玉(ムン・ソオク)のことを憎々しげにののしった。
夜店の前は、押すな押すなの大混雑だった。
さっきからの乞食の子供たちが、「おもしろそうだな」と言いたげに、五、六人も後ろをついてくる。
そのうち、突然前の方で喧嘩が始まったのかあたりが急に騒がしくなったので、彼はそれを避けるようにして少しばかり引き返し、イエス書館の横から折れて薄暗い小路へと入り込んでいった。
すると乞食の子供たちは、「今だ!」と言わばかりにもう一度彼のそばへピタリとまとわりつき、小さな手を出しながら、
「旦那、何か恵んで頂戴!」
「恵んで頂戴!」
と、哀れっぽい声をしぼり出した。
彼はなんだか急に気が滅入ってしまい、ポケットから銅貨をばらばらと五、六枚取り出して投げ与えた。
子供たちは奇声を上げ、暗がりの中で頭と頭をお互いにぶつけ合いながら、夢中でもがきはじめた。
玄竜はそれを振り返りながら「ひひっ」と意地悪く笑ってみせたが、ふと胸の奥から熱い涙がこみ上げてきて、慌てて腕を上げてそれを拭った。
裏小路を抜けると、そこはいわゆる「鐘路(ベルゴリ)の裏通り」だった。カフェ、バー、立ち飲み屋、おでん屋、麻雀屋、周旋屋、飲食店、旅館などが、ネオンの明かりをピカピカと光らせたり、大きな口を開けて客を待っていたり、あるいは客に尻ごみさせたり、地面にひっつくようにうずくまったりしている。
ギーギーとレコードの音楽が騒々しくあたり一面に鳴り響き、洋服を着た人や白い韓服(チマチョゴリ)を着た人々がうろつき回っている。
景気のいい商人や、総督府あたりの朝鮮人雇い人、定職はないけれど金を持っている青年、モダンボーイ、そしてカフェの音楽家やバーのマルキスト(社会主義者風の若者たち)などが、夜になると決まってこの界隈にやってきては威勢よく気炎を上げているのだ。
中には、大金をバラまきにやってきた金山(きんざん)の採掘師もいる。
「いよいよ、俺の目的地にやってきたぞ」
と、玄竜は心の中で思った。
たとえ田中が大村に案内されていなかったとしても、誰かに連れられて絶対にこの界隈へ、朝鮮の夜の雰囲気を満喫しにきているに違いなかった。
「できることなら、大村君とは鉢合わせしないようにしたいものだが……」
と彼は心の中で願いつつ、飲み屋の扉を一つ一つ覗き込んで、誰がいないか調べてみることにした。
その後を、相変わらず子供たちがニヤニヤと笑いながらついてくる。
彼は、「たとえ自分を尊敬する誰かがいて、どこへ引っ張っていこうとも、絶対に道草は食わないぞ」と固く心に決めていた。
だからこそ、カフェ「鐘路会館」の扉を開けた途端に、誰かが「おっ、玄さんじゃないか!」と声をかけてきたときも、彼は「へへっ」と笑ったまま踵を返し、バー「新羅」の中を窓越しに覗き込んだとき、客たちから「おい、気違い野郎、乞食め!」と罵声を浴びせられたときも、ただ自分が柔道初段以上の腕前を持っていることを心の中で思い出すだけで、ヘラヘラと笑いながらその場を立ち去ったのだった。
あるお店にはうっかり飛び込んでしまい、朝鮮服や洋服を着た様々な女性たちから「お花代頂戴! 頂戴!」と腕を掴まれて襲われかけたが、それでも彼は女たちのお尻を一つ軽く叩いただけで、花代の代わりに紙幣を二枚三枚と投げつけてやり、ほうほうの体(てい)で逃げ出すだけだった。
このようにして、彼はその界隈を西から東へと、まるでシラミを潰すようにほとんど残らず探し回った。しかし、いくら探しても田中の一行は見当たらなかった。
彼はいよいよ焦るような気持ちに追い立てられ、あてのない憎しみと怒りをどうすることもできなかった。
玄竜は再び目当てもなく、がに股の足を重そうに引きずりながら歩き回った。
今度はあちこちの店の奥にまで首を突っ込み、女たちに「誰か見かけなかったか?」と尋ねてさえみた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました