初級翻訳・太陽の子 第3話

太陽の子

アーサー・シモンズ
『文藝上に於ける象徴派の運動』

明治四十二年作

  白の微動 ――十一月

まっすぐな空の輝き
街路樹のこずえはツンととがり
目を覚ました光は、建物のカドカドに
あざやかなきらめきの夢を抱く

さびれた洋館の空気の
さみしい音は、遠ければ遠いほど……
こすれ合う林のなかへ
かすかにかかっている
昼の思いにふるえる壁のにおい

ああ、くずれかけた壁に
おひさまの光がただよっている
まぶしくって、しかも痛々しい
ひとつの色のふるえ

冷笑(れいしょう)のするどさ――
滅びてしまった空想をあざ笑う色
胸もあらわに投げ出した
その崩壊(ほうかい)のあと!

きらめき、波立つ光の上を
冬の日ざしはのこりなく
ゆらゆらと動きわたる

  錘(おもり) ――十一月

雨は降る――
まっくらな夜を休む間もなく
みだれ……くだける――夢の音

おもいまぶたを開こうとするあいだに
闇が這(は)いまわり
幾重にも包み込む
ベッドの上――部屋の中

机の上にはランプがある
音もなく……
おもりの底から炎(ほのお)が燃える

しらじらとかすみながら
せき上げる
真夜中の声だろうか
ぐっすり眠った病気の女性の
それとも、力が抜けたまぶたなのだろうか
音もなく……おもりの底から
炎が燃える

まぼろしに疲れた炎は
弱りながらも燃え上がり
………………………
力なくすれすれと
燃え上がり……
また夢を見る

そのなかで
果てしなくたましいは
砂漠の雨に道を迷う

  落葉 ――十一月

あふれ動く気持ちのなやましさ
雨の気配と、うす暗さと――

屋根のひさしから振り落とされるしずくの――
途切れてはまた大きくなり
やむことのない点……点

暗い一日の、生きる終わりの方に
まとまりのない嘆きの一節を
なみだに濡れたく唇がふるえるままに
歌声は消えて沈んでいく――
水の上

断ち切れない命の一筋に
みだれ降るみぞれの闇の扉

今日もまた
ふさがれたストーブを前に
風に追われて吹き散らされた
まるで牢獄(ろうごく)のような老年が暮れていく!

  窓から ――十一月

死ぬことを忘れた青い鳥の羽
やわらかな光はガラス窓をめぐり
きらめく林の黄色い日

落とした直感のあとを微笑みながら
机の香りをかいで、軽く打つとき

羽をこすり合わせる樹の上の鳥!
大喜びのすばらしさですばやく捕らえる
そのくちばしをはずしてあげおくれ!
欲ばりな眠りこける木の上の虫よ!
あたたかくやわらかな冬眠の歌
空から落ちた神話の巨人さえ
このやわらかな喜びを見ただろうか

回れ、回れ、羽虫の群れよ
透明な羽が良い香りをただよわせるままに……
古い花にも似て空気が光っているのを
小歌を歌いながら、煙が立ち上っていくのにつれて

  POE(ポオ)に捧ぐ ――十一月

僕の孤独をそのままにしておいてくれ!
『大鴉(おおがらす)』――エドガー・アラン・ポオ

生い茂る林のまっ白なきらめき
歩けば歩くほど、林の落葉を踏みしめ――
立ち止まってあたりを見る、真昼の思い……

一歩ごとに一文字の意味を探し
散っていく落ち葉の陰にも瞳を見出すとき
晴れわたった十一月の空――
それよりもまさる、気持ちの穏やかさを思う

あぁ、この詩はここにも抱かれ
まじめに色あせた墓場を通り過ぎるとき
嵐のようにうずまいた人生を
冷たい目でふり返る――僕たち!
『大鴉』が羽をふるわせた「二度とない(Never more)」は
石にしみる冬の日の涙
きみの激しい苦しみに遅れて歩むぼくらは
晴れた雪の上を渡る風の音だ!

………………………
……むなしくぼくらは凍り果てた、のだ!

このふるえ動く唇から――
「ピストルで
この頭を撃ち抜いてくれ」
と言ったきみの最後の詩を
封じることを……

 記憶と沈黙

おお神よ、あなたは私の愛を傷つけました
ポール・ヴェルレーヌ『智慧』

明治四十三年作

  南の海岸 ――一月

日向(ひなた)を踏み、ろうそく色の花を踏み
浜辺
砂丘
みずみずしい緑の海
みだれ散る日光の音の上を……
とろけて目を閉じる
(光と、波の……)
もやもやとして白い
帆船と海鳥
……………
揺れる光に波は織られ
線は重なり、流れ、くずしあい
(濃厚な光と、波の……)

浮かび出てはおぼれながら、暑い色を塗りつぶし――
水平に流れ動く日光のあぶら
(さかりのついた、あまあましいたわむれを――)
水は岩に胸を打ち
のび縮みする海藻――
(光と波のなめ合い、とろけ合い……)

岸に打ち上げられた海藻
(おひさまの熱にゆらゆらと
ひそんだ炎に
燃える間に、ゆらゆらと燃える間に!)
うなりめぐるにおい
ねばねばしたハエの群れよ!

(岩をひたし、砂地にふくらむ
濃厚な光と、波の……)
純な欲望は重なり合い
くずし合う――南の海岸

  記憶 ――一月

軒下のランプもつかない場末の町を
暗い心で歩く……

片隅から――
かげりの光が奥に浮かび
暮れていく小川には、家々のうごかない薄暗がり

ところどころに橋があり
葉を落とした並木の
一列にかさなりつづくこずえ
老いぼれたようなため息が消えがたく
暗い心でただ歩く……

  忙しい沈黙 ――四月

ごちゃまぜになったあたたかい日光
石だたみの上に息吹く
花粉のようなほこりのなかで
だまった通行人たちはいそがしく
そして熱くなってすれ違う

窓から花の飾りがり下がり
石だたみの上を踏む群衆の赤い影
色あせた、しかし香ばしい午前のにおいが
レンガ色のケトルのような刺激を包み込む

ときどき電車の響きがおどろかせて通り過ぎ、
あたたかく乾いた灰色の窓々は
音のする方に一心に目を集める

群衆はまるでダンスでもするような足取りで
赤く汗ばんだ顔をして
日向と日陰をみだれ歩く

しかし弱々しく晴れて
ほこりの多い空
いろんな群衆の帽子にごみがあつまり
あたたかい刺激がふくらんでいく

  薄白いともしび ――八月十日

ろうそくをともしなさい
深い影が落ちる
炎の下に
その私の指にふれていく
壁の下に
かよわい幻影が眠っている
私はあの日から部屋の中を歩き
たどたどしい思いを読みながら
暗い廊下を眠りながらいく

その眠りにやましい
指のあと
からっぽの窓に吸い込まれていく
ひとときの薄白さ

  冬 ――九月二十五日

飾り気のない生活の
街の街灯――
微笑みながら涙をふいて、街の街灯
降りそそぐ柳のみぞれは
休むことなく石だたみにせき込んでいる

行き交う人の影は下に閉じ込められて
暮れていく一筋の水の光
とある街灯の油壺(あぶらつぼ)には灰色の波の
薄明るい光……

こうしてつぶやく夜がきた
薄ら寒い壁の感触に
油の炎は河口のガス灯のように

降りそそぐ柳のみぞれは
河口の波にふるえる
薄ガラスの家守(やもり)のお腹は
銀色の影に吸いついている

  安息日の暮れがた ――十一月十八日

古いろうそくの火がくすぶるかなしさ
あぁ、あぁ、修道女たちの合唱のかなしさ
安息日の暮れ方に、薄ぐろい銀のサビをしみじみと
泣いて過ぎゆく鐘の音
雪降りの窓のたよるかたのない薄明るさ

過ぎた日の思い出には火をともし
あらしがこずえをわたる森の胸をひらき
悔い改めるみぞおちに涙をとかして
このお葬式の夜を過ごさせておくれ

鐘は風といっしょに鳴り、薄明るい窓のほとり
暮れろ、暮れろと修道女たちの暗い森の合唱

  娼女(しょうじょ) ――十一月十八日

千夜万夜の灯明(とうみょう)の街に
咲いて物思いにふける月のダリヤ

生々しい目の色は、鬼火(おにび)を吸う青びかり
下着の赤いじゅばんのなかへ、ぬくぬくと埋まる※(※=原文の伏字)の心細さ、悲しさ
ガス灯は輝くけれど
お座敷の夢は遠く曇り
白粉(おしろい)にとけた涙に、青白いガスマントルの疲れよう、花街暮らしの疲れよう
赤い唇に寝息を吸う月のダリヤ
赤い唇に寝息を吸う月のダリヤ

日雇い人足くらいしかいない江戸町に
月のダリヤのメランコリー(憂鬱)

 心

グレイゲルス きみの言うことが本当で、ぼくの言うことが嘘なら、人生なんて生きる価値がないね
レルリング なに、人生なんてすごく気楽になるさ、たった一つ、あのめんどうな借金取りさえ追い払えたらね。

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