まるで大きなこぶでもできているように背中がふくれあがり、上半身が二つに折れたようにまがって、顔だけが、蛇が首を持ち上げるように、ニューッと空を向いているのです。
姿だけではありません。
その人は、またじつにおそろしい顔をしていました。
何年まえにかったのかわからないボサボサの髪の毛、二ひきの毛虫がはいっているような、ねじれまがった太いまゆげ、その下にギョロリと光る目、上くちびるがめくれあがったようになって、いつも歯がむきだしになっているひどい出っ歯、ほおからあごにかけてのきたない無精ひげと、見るからにゾッとするような顔つきです。
それが、何十年まえに流行したのかと思われるような、おそろしく古びた黒のスーツを着て、背中をまげ、変にまがりくねった木の棒(ステッキ)をたよりに、ヨチヨチとはいってくる様子は、これで本当に探偵の仕事ができるのだろうかと疑ってしまうほどでした。
「わたし、相川ですが、あなたが、殿村さんですか?」
技師長は、びっくりして、名刺と相手の顔を見くらべながらたずねました。
「そうだ。わしが私立探偵、殿村弘三だ。さっそくだが、相川さん、あなたはお子さんの命をしいとは思わないのかね。会社の重要書類を、一刻も早く取りもどしたいとはお思いにならないのかな?」
殿村は無作法に、そこのイスへヨッコラショと腰をかけ、ステッキを前に立てて、その上にあごをのせるようにしながら、ジロジロと技師長を見上げるのでした。
「それはもちろんですが……」
相川さんが相手の気持ちをはかりかねて言いどっていると、殿村はおそろしい出っ歯の間からつばをとばしながら、休むまもなくまくしきたてるのです。
「それなら、あんた方のやり方はまちがっとる。聞けばあんた方は、明智小五郎にこの事件をたのんでいるそうだが、あんな青二才の腕で、この事件のなぞがとけると考えておいでなのかな。フフフ……、とんでもない、この犯罪は明智のまだまだ未熟な腕には荷が重いわい。あれがぬすまれてから、きょうで何日たつと思っているのかね」五日も、むだについやしたじゃありませんか。
警察も警察じゃが、名探偵のなんのといわれている明智の、このざまはなんです。
相川さん、あんた方は、なぜこのわしに捜索を依頼なさらん。
わしなれば明智の半分の日数で、かならず書類を取りもどし、四人の子どもを助けだしてお目にかける。
わしはもう、あらかた犯人の目ぼしさえつけておるのです。
」
名探偵明智小五郎を、青二才とののしるなんて、この男はいったい何者であろう。
気でもちがっているのではあるまいかと、相川技師長は、あきれかえってしまいました。
「待ってください。
するとなんですか、あなたは、この事件の犯人の目ぼしが、もうついているとおっしゃるのですか。
」
「ついております。
わしは明智などの夢にもしらぬ手がかりをにぎっておりますのじゃ。
どうです、相川さん、明智なんかお払い箱にして、このわしをやといなさらんか。
かならず十日とたたぬうちに、書類と子どもたちを取りもどしてお目にかける。
」殿村はさも自信ありげに、落ちつきはらっていうのです。
まんざらでたらめとも考えられません。
うすばかのようなみょうな顔はしていますけれど、よく見れば、そのギョロリとした両眼には、人の心の奥を見とおすようなするどい光があって、なんとなく、ひとくせありそうな人物です。
相川氏は、相手のようすを見、ことばを聞いているうちに、だんだんこの怪人物を、むげに追いかえすようなこともできないような気持ちになってきました。
「殿村さん、もしそれがほんとうでしたら、わたしたちは喜んであなたのお力をおかりしたいんですが、しかし、会社としては、明智探偵にいっさいをまかせる約束になっていますので、明智さんにむだんであなたに事件を依頼することはできません。
いちおう相談しましたうえ、のちほどご返事したいと思いますが。
」相川氏が、ものやわらかに答えるのを、怪探偵は、おっかぶせるようにして、どら声をはりあげました。
「いや、ごもっとも。
それじゃあひとつ、ここへ明智小五郎を呼んでくださらんか。
犯罪捜査というやつは一分一秒の手おくれから、とりかえしのつかぬことがおこるものです。
いずれのちほどなんて、そんなのんきなことをいっているばあいではありますまい。
さあ、ひとつ明智君をここへ呼んでください。
電話をかけて、すぐやって来いといってやってください。
わしは、ここで待たせてもらいます。
明智がここへ来れば、わしがどんな男だかということもおわかりになるじゃろう。
やつも名探偵といわれているほどの人物です。
一目わしを見れば、このわしの実力がどれほどのものか、たちまちさとるにちがいありません。
」
ああ、なんという自信、なんといううぬぼれでしょう。
それを聞きますと、相川氏もつい、言いまくられた形で、いちおうこのことを重役に相談してみる気になりました。
そして、相談の結果は、それほどにいうところをみれば、何か確信があるにちがいないから、ともかく殿村の希望をいれて、明智探偵を呼んでみてはということになり、すぐさま明智探偵事務所へ電話をかけて、このことを伝えました。
さいわい、明智探偵は事務所にいあわせ、自分から電話口に出て、殿村のようすをくわしく聞きとったうえ、それでは、すぐそちらへ出かけるからという返事でした。
それから三十分ほど後、応接室で相川技師長と、殿村探偵が、だまりこくって待ちかまえているところへ、明智探偵が、例のにこやかな微笑をたたえてはいってきました。
相川氏は、さっそく、両探偵を紹介し、かんたんなあいさつがすみますと、殿村はすぐさま用件にとりかかりました。
「明智君、きみはこの事件には内心すくなからず弱っているのじゃないかね。
おみうけするところ、まだ何もこれという、いとぐちをつかんでおられぬようじゃが。
」
このぶしつけな質問に、明智は、さして立腹するようすもなく、さもおかしそうに笑いだしながら、
「ハハハ……、お察しのとおり、ぼくは、まだなんの手がかりもつかんでいない。
しかし、けっして弱ってなんかいませんよ。
このくらいの難事件には、今まで何十度となく出あっている。
そして、ぼくはまだ一度も、その解決に失敗したことはないのです。
」
「ウフフフ……、きみもなかなかうぬぼれが強いねえ。
だが、手がかり一つつかんでいないとは、お気のどくじゃ。
このわしは、きみ、もうちゃんと犯人の目ぼしまでつけている。
ただ、そいつのありかさえさがせばよいのじゃ。
手がかりなんて、二つも三つも有力なやつをにぎっている。
どうだね、明智君。
これでもかぶとをぬがんかね。
わしは今も相川さんにいったのじゃが、きょうから十日間に、書類と四人の子どもを取りもどしてみせるつもりじゃ。
え、明智君、十日間にじゃよ。」殿村はまるですごいごちそうにでも食らいつくかのように、サルみたいに出っ歯をむき出しにして、ツバを激しく飛ばしながらまくしたてました。
明智は黙ってその様子を眺めていましたが、やっぱりニコニコと笑ったまま、平然とこう答えました。
「十日間とは、ちょっと長すぎるみたいだねえ。
初級翻訳・妖怪博士 第12話
妖怪博士
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