初級翻訳・妖怪博士 第39話

妖怪博士

「おい、どうしたの? 今さけんだのはだれだい。」
小林君の声に、うしろのほうから桂君が答えました。
「篠崎君がつまずいてたおれたんですよ。」
小林君が懐中電灯をふりてらしながら、列のうしろへもどってみますと、その光の中に、たおれた篠崎少年が、顔をしかめながら、起きあがろうとしているところでした。
「大じょうぶかい。けがはなかった?」
「ウン、けがはしないけれど……。」
「え、けがはしないけど?」
「なんだかへんだよ。」
「へんって、何がへんなの?」
「ぼく、とんでもないことしてしまったらしいのだよ。」
「エッ、とんでもないことって?」
「ひもが切れたんじゃないかしら。ほら、いくら引っぱっても、手ごたえがないんだよ。引っぱれば引っぱるだけ、いくらでもズルズルとこちらへ寄ってくるんだよ。」
篠崎君は、もう泣きだしそうな声をしています。
「エッ、ほんとうかい。見せてごらん。」
さすがの小林団長も、それにはギョッとしないではいられませんでした。急いで篠崎君の手からひもの玉をとって引っぱってみますと、ああ、なんということでしょう。道しるべのひもは、どこかで切れてしまったらしく、いくらでもたぐりよせることができるのです。
それと知った少年たちは、もう胸をドキドキさせながら、小林団長と篠崎君のまわりに集まってきました。
「ひもが切れたんだって? ほんとうかい。」
「チェッ、しょうがないなあ。じゃあ、ぼくたちもう帰れやしないじゃないか。」
「篠崎君、きみがぼんやりしているからだよ。そのひもは、ぼくたちの命の綱じゃないか。」
すると、まだたおれたままの篠崎君が、泣き声で答えました。
「ぼくが悪いんだよ。きみたちぼくをなぐってくれたまえ。いいだけなぐってくれたまえ。ぼくの注意がたりなかったんだよ。」
それを聞きますと、だれも、もう篠崎君をせめる気にはなれませんでした。みんなだまりこんでしまって、シーンと静まりかえったやみの中に、篠崎君の鼻をすする音だけが聞こえていました。
「おい、みんな、これは篠崎君が悪いんじゃないよ。これを見たまえ。このひもの切り口は、岩かどにすれて切れたんじゃないよ。ほら、ここをごらん。」
とつぜん小林団長がみょうなことを言いだしましたので、少年たちがそのそばによってみますと、ひもはすっかり手もとにたぐりよせられ、小林君は、その切り口を懐中電灯の光にかざして、ふしぎそうにながめているのでした。
「ね、これはすり切れたんじゃなくって、たしかにはさみで切った切り口だよ。」
いかにも、ひものはしは、するどい刃物で切断したような、はっきりした切り口を見せています。
「だって、おかしいなあ。いったいだれがひもを切ったんだろう。この鍾乳洞の中には、ぼくたちのほかに、だれもいないじゃないか。」
「だから、ぼくはふしぎでしようがないんだよ。なぜだろう。なぜひもを切ったんだろう。」
「だれかがこれを切ったとすれば、ぼくらを道にまよわせて、こまらせるつもりにちがいないね。」
「そうだよ。だが、そんなひどいいたずらをするやつがあるはずはないよ。ふしぎだね……。ああ、もしかしたら……。」
「エッ、もしかしたらって?」
小林君が、それに答えようとしているときでした。とつぜん、洞くつの奥の暗やみから、なんともいえぬおそろしいうなり声が聞こえてきました。
それは、大きなけものが、ゴロゴロとのどを鳴らしてでもいるような、形容もできないへんてこな声でした。
ハッとして、会話をやめて、聞き耳をたてていますと、そのうなり声は、だんだんはげしくなって、どうやら、こちらへ近づいてくるようすではありませんか。
少年たちは、思わずポケットのナイフをにぎりしめて、墨を流したようなやみの中をにらみつけました。
何かしら大きな動物がいるのです。
動物でなくて、あんなうなり声をたてるはずがありません。
ひょっとしたら、クマかなんかが、洞くつの中へまよいこんでいたのではないでしょうか。
「みんな、じっとしていたまえ。そして、もし危険のようだったら、ぼくがあいずをするから、順番にもと来た道へ逃げるんだよ。いいかい。」
小林団長は、さすがに考えぶかく、一同に注意をあたえておいて、手にしていた懐中電灯の光を、うなり声のする方向へ、サッとさしつけました。
すると、そのまるい光の中へ、向こうのやみから、何かしらびっくりするほど大きなものが、ニューッと姿をあらわしたのです。
少年たちはその姿を一目見ますと、あまりのおそろしさに、ツーンとからだがしびれたようになって、もう身動きさえできなくなってしまいました。
ああ、この世にこんなおそろしい動物がすんでいたのでしょうか。
それはもう、なんともいいようのない、いやらしい、ゾーッとするような化け物でした。
全身ネズミ色の毛むくじゃらで、あとあしで立っている胴体が、おとなの背よりも高く、その胴体の上に、フクロウの顔を三十倍ほどに大きくしたような、丸い顔がついて、その毛むくじゃらの顔のまんなかに大きなくちばしのようなものがとびだしていて、その上に二つの目がギョロッと光っているのです。
少年たちは、みいられたように、目をそらす力もなく、じっと、その怪物とにらめっこをしていましたが、すると、化け物は、ヨタヨタと二、三歩あるいたかと思うと、ギョッとするような大きな物音をたてて、サーッと羽をひろげたではありませんか。
羽といっても鳥の羽ではありません。
悪魔の羽です。
西洋の悪魔の絵にあるような、あのいやらしい羽です。
そのはしからはしまでは、五メートルもあるかと思われる、おそろしく大きな羽です。
はじめのうちは、ただ、とほうもない化け物としか考えられませんが、しかし、じっと見つめているうちに、そのものの正体が、だんだんわかってきました。
コウモリなのです。
ふつうのコウモリの何百何千倍もあるような、おそろしく大きなコウモリだったのです。
さいぜん、ほらあなの中からとびさった、たくさんのコウモリが一つにかたまって、こんな大きなお化けコウモリになったのでしょうか。
それとも、あの小さいコウモリたちは、この大コウモリの家来で、こいつは何百年も生きながらえた鍾乳洞のぬしなのでしょうか。
少年たちは、ただ、もうおそろしい夢にうなされているような気持ちでした。
おそろしさに心臓もとまって、このまま死んでしまうのではないかと思われるほどでした。
怪物はやみの中から、おびえきった少年たちを見すえながら、ヨタヨタと、一歩一歩こちらへ近づいてきます。
そして、いっぱいにひろげた羽で、サーッと空気を切って、今にもとびかかってきそうなようすを見せました。
「みんな、ぼくのあとについて走るんだ。」
もうがまんができなくなって、小林君は懐中電灯をふりながら、もと来た道へかけこみました。
先に立って逃げたわけではありません。
懐中電灯が先頭になくては、道がわからないからです。
この声に、立ちすくんでいた少年たちも、ハッと正気づいたように、われおくれじとかけだしました。
いちばんあとから走っているのは、力じまんの桂君ですが、いくら相撲の選手でも、この怪物にはかないっこありません。

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