初級翻訳・子猫 第3話

子猫

ものを言わない動物を預かって治療をする獣医さんという仕事は、よく考えてみるとなんだかとても神聖なもののような気がしました。
入院中にどんな扱いを受けたのか自分では何も覚えていないし、家に帰ってきても人間に何ひとつ話すことができないような患者に対して、親切で忠実な治療をしてあげるというのは、考えてみればあたり前のことなのですが、なぜかとても美しいことに思われました。

退院してからも、しばらくはお薬をもらっていました。
その粉薬の包み袋は人間用とまったく同じでしたが、名前の欄には「吉村氏愛猫」と書かれ、その下に活字で「号」の字が印刷されていました。
おそらく「三毛号」とするところを略したのでしょう。
とにかくそれからしばらくは、「愛猫号(あいびょうごう)」という三毛のあだ名が子どもたちのあいだで大流行しました。

ある日のこと、学校から帰ってきた子どもが見慣れない子猫を抱いて帰ってきました。
家の門のところに、だれかが捨てていったもののようでした。
それは白黒のブチがあり、しっぽの長い種類の猫でした。
縁側を歩かせてみると、まだ足取りがしっかりしていなくて、まるで羽二重(はぶたえ)のようになめらかな足の裏が、力なく板の上をずるずるとなめらかに滑っていました。
三毛を連れてきてこの子猫とあわせてみると、三毛のほうがものすごくビックリして怖がり、背中の毛を逆立てました。
しかし、それから数時間たって見に行ってみたところ、だれかが押し入れの中にオルガンの腰掛けを横にして作ってやった穴ぼこの中に、三毛が横長にぐったりと寝そべり、そのおっぱいにこの子猫がかぶりついていたのです。
子猫は「ポロ、ポロ、ポロ」とかすかにのどを鳴らし、三毛は「クルー、クルー」と今まで一度も聞いたことのないような優しい声を出して、子猫の頭から背中までなめ回していました。
一度は目覚めかけたものの途中で止まってしまっていた母親の本能が、この見知らぬよその子猫によって、一気に呼びさまされたのだと思いました。
私は、子どもを失った親のためにも、そして親を失った子のためにも、なんだか胸のあたりが温かくなるような満足感を抑えることができませんでした。

三毛の頭には、この親なし子のチビと、自分が産んだ本当の子どもとの区別なんてわかるはずもありませんでした。
そして、ただ本能の命じるがままに、完全に自分の満足のためにだけ、この育てられない子を可愛がっているに違いありませんでした。
しかし、私たち人間の目で見ると、どうしてもそうは思えませんでした。
熱い愛情にあふれているような声で「クルー、クルー」と鳴きながら子猫をなでているのを見ていると、思わず引き込まれるように、柔らかく温かい空気につつまれてしまうのです。
そして、人間の場合とこの動物の場合のちがいについて語るさまざまな学説などが、すべてばかばかしく、どうでもいいことのように思えてなりませんでした。
ふとした拍子に私は、このチビ猫が、死んでしまった三毛の本当の子どものうちの一匹なのではないかという幻覚にとらわれることさえあったのです。人間の科学の考え方からすれば、それはどう考えてもあり得ないことですが、しかし猫の心の世界にとっては、たしかにこれは亡くなった子供が生き返ったと言っても間違いではありませんでした。
人間の心の世界がたくさんの要素が入り交じった複雑なものだとすれば、「記憶」というものが欠けている猫の世界は、それよりも一段シンプルな世界だと言えなくもありません。

ちびは大きくなるにつれて、ますます可愛くなっていきました。
彼は、三毛にも玉にもない長いしっぽを持っていると同時に、三毛にも玉にもない性格の一面を持っていました。
たとえば、三毛が昔気質の若い母親で、玉が田舎から出てきた書生だとするなら、ちびには都会の山の手の坊ちゃんのようなところがありました。
どこかおしゃまで、だけどそれがちっとも嫌味にならない愛くるしさがあったのです。
小さな背中をピンと立て、長いしっぽを「への字」に曲げては、よくお母さん代わりの三毛にけんかをいどんでいましたが、三毛のほうは母親らしく適当にあやしていました。
あまりうるさくされて面倒になると、相手になって本気でかなり手荒く子猫の首をしめつけるようにしてころがし、自分だけさっさと逃げ出すこともありました。
しかし、そんなときでも汚い言葉で悪口を言ったりしないぶん、人間の母親のなかのある種の人たちよりも、はるかに感じがよく思えました。
また、子猫のほうも、どんなに手荒く扱われてもいじけたりすねたりしないところが、私たちの子供たちよりもずっと立派なように見えました。

もう自分でしっかり歩けるようになると、ちびは親戚の家へもらわれていきました。
迎えの老人が連れにやって来たとき、子供たちは子猫を三毛のそばへ連れていき、お別れでも惜しませようとして口々に何か話しかけていましたが、こんなこと猫にわかるはずもありませんでした。
ちびがどこかへ行ってしまってからも、三毛はこの世界で何も変わったことは起きていないかのように、縁側の柱の下にしゃがみこんで、気持ちよさそうに目をしょぼしょぼさせていました。
それが、悪いことをした自覚のある私たち人間には、なんだかとても寂しいことに思えるのでした。
それから一、二日のあいだは、ときどき子猫を探しているのかなと思わせるようなしぐみをすることもありましたが、それもほんの少しのあいだだけで、やがて我が家の猫たちにはのどかで平和な日々が戻ってきたのです。

それと同時に、いつの間にかすっかり忘れられかけていた玉の存在が、またはっきりとしてきました。
子猫に対して、玉は「伯父さん」というあだ名をつけられていました。
そして、あまりに冷淡でそっけない伯父さんとして、いつもみんなから「冷たい猫だ」と批判されていましたが、それももう過去のことになり、玉もまたもとの大きな子猫に戻っていました。
子猫に対して見ると、あんなにも物分かりのよい、しっかりした母親に見えていた三毛ですら、本当はやはりただの猫だったのでした。
一番下の我が子が三毛につかまって逃げようともがいているときに、キャンキャン鳴いているのを見たりすると、ますます「お母さんというのは本当はこういうものなんだな」という現実を思い知らされるのでした。

夏の終わりごろになって、三毛は二度目のお産をしました。
今度も偶然のタイミングで、ちょうど妻が子供を連れて出かけようとしているところでしたが、三毛の様子がどうもいつもと違っていたので、少し外出を遅らせて様子を見させました。
納戸の隅の薄暗い場所に、いつか使った旅行カバンを置いて、その中に寝かせてやると、おなかをやさしくなでてやったときに、はげしく喉をゴロゴロと鳴らしてとても喜んだそうです。そしてまもなく、すんなりと四匹の子猫を生みました。
人間が用意してくれたベッドではどうしても安心できないと見えて、お母さん猫はいつの間にか納戸の高い棚の奥へと、四匹の子猫を一匹ずつくわえて移動させてしまいました。
子供たちはいくら止めても聞かないで、高い踏み台を持ってきては棚の上をのぞきに行くのでした。

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