初級翻訳・小ねこはなにを知ったか 第2話

小ねこはなにを知ったか

いままでは、おなかが空くことなんて知らずに、お姉ちゃんや坊やたちにかわいがってもらっていたことを考えると、あれはどんなに幸せなことだったのだろうと思いました。
ようやくのことで、ねこは狭い道の上に出ました。
その道がどこからどこへ続いているのかは、わかりませんでした。
ねこはしばらくそばの垣根の下に小さくなてうずくまり、なにか聞き覚えのある物音でも耳に入ってこないかと、じっと考え込んでいました。
ちょうどそのとき、目の前を白い犬がうつむきながら通りかかりました。
ねこはそれを見ると、はっと驚きました。
しかしすぐに、その犬は、よく自分の家の勝手口のほうへやってきては、自分が脅かして追い払っていた犬だということがわかったので、ねこは思い切って声をかけてみることにしたのです。
「もしもし。
私ですよ。
どう行ったらお家に帰れるか、教えてくれませんか」と、ねこは言いました。
白い犬は振り返って、近づいてきました。
「あなたでしたか……。
どうしてこんなところにいるのです……」
「私は、捨てられたのです」と、ねこは正直に答えました。
すると、犬はかるいため息をつきました。
「やっぱり、あなたにもそんな運命がまわってきたのですね。
あなたは昔、いばっていましたね。
私がおなかを空かせて、なにか食べ残しにでもありつけないかと思って勝手口に顔を出すと、あなたは飛びかかろうとするような恐ろしい顔をして、私を脅かしたことを忘れてはいないでしょうね」と、犬はねこに向かって言いました。
ねこはこう言われると、さすがに気恥ずかしくなりました。
「本当に、私が悪かったのです。
いま自分がこういう立場になっておなが空く苦しさを味わっているからこそ、あのときのあなたの気持ちがよく分かります。
もしもう一度私がお家に帰ることができたなら、これからはあなたに対してあんな冷たい態度はけっしてしません……」と言いました。
白い犬は黙っていました。
「あなたは、いつからお家がないのですか?」と、ねこは尋ねました。
「私はお家を失ってから、もう三年になります。
私の主人たちは私を捨ててどこかへ引っ越してしまったのです。
私はそのころ、どんなに泣いたことか。
いまではこうした宿なしの生活にもすっかり慣れてしまいましたが……。
だけどあなたは捨てられたのですから、たとえ戻ったとしても、お家には入れてもらえないでしょうね」と、犬は答えました。
ねこは、頼りなさとなんとも言えない悲しさ、そして空腹の苦しさに、ふたたび体を震わせたのです。
「入れられなくてもいいから、どうかもう一度、私をお家のほうへ連れていってください」そして万が一、私がまたお家に飼ってもらえるようになったら、そのときはきっと、あなたに恩返しをしますから……」と、小ねこは白い犬にお願いしたのでした。

ちょうどそのとき、家では三人の子どもたちがこんな話を交わしていました。
「ねこは、今ごろどうしているだろうね」
「きっとお家に帰れなくて、道に迷ってうろうろしているよ。かわいそうだなあ」
「そんなふうに言うなら、最初から捨てなきゃよかったのに……」と、最後に一番上のお姉さんが言いました。
「僕が勝手に捨てたわけじゃないよ! お姉ちゃんだって『あんなねこ、捨ててしまえ』って言ったじゃないか!」と、上の弟が怒って言い返しました。

そんなことで三人の子どもたちが言い争っていると、そのそばで聞いていたお母さんが、こう言いました。
「もし今晩にでも、ねこが帰ってきたら、三人はかわいそうだから、しっかりお世話をしてあげるんですよ」
「今度帰ってきたら、お母さん、僕が一人でちゃんと面倒を見てあげるんだ」と、一番下の末の弟が答えました。
「それなら、もう二度と捨てたりしないわ」
「ほんとうに、これからはうんと可愛がってあげようね」
三人はそう言って、昨日までの冷たい態度とはすっかり変わり、どうか無事にねこが帰ってきてくれますようにと心から願ったのでした。

しかしその夜は、結局ねこは帰ってきませんでした。
そして、二日目の夜になって、勝手口のほうでねこが泣く声が聞こえてきたのです。
「あっ! ねこが帰ってきた!」
そう叫ぶと、三人の子どもたちは大急ぎで飛び出していきました。
子どもたちは我先にと争うようにして、ねこを抱き起こしたのです。
「よく頑張って帰ってきたねえ!」
「本当にえらかったわね」
一番下の弟は、ねこの体に自分のほおをすりよせました。
「おなか、すごく空いているんだろうな……」

ねこがしきりに鳴いてお腹がペコペコなことを訴えていたので、上の弟は削り節を用意して、ご飯といっしょに差し出しました。
ねこは飛びつくように大喜びして、のどをゴロゴロと鳴らしながら夢中で食べました。
「お母さん、ねこが鰹節のご飯をすごく喜んで食べてるよ!」と、子どもたちは嬉しそうにお母さんに報告しました。
するとお母さんは、
「これからは生魚ばかりをあげないようにして、どんなものでも残さず食べる習慣をつけさせないといけませんね。あまりわがままをさせていると、ねこだって駄目になってしまいますから」と、子どもたちに言いました。

それから四、五日たったころ、あの白い犬が勝手口に顔を出しました。
昔のねこだったら、すぐに背中の毛を逆立ててシャーッと怒るところでしたが、そのときのねこは、やさしい声でニャーと鳴いただけでした。
白い犬ははじめ、少し遠慮している様子でしたが、ねこのご飯の茶碗へとそっと歩み寄ると、残っていたご飯をきれいに平らげました。
そして、そのままどこかへ帰っていっていったのです。

その後、何度も何度も、白い犬はやってくるようになりました。
そして、ねこのご飯を食べていくのがいつもの日課になったのです。

一度捨てられて、死ぬほどの苦しみを味わったねこは、あのときの恐ろしさ、心細さ、空腹のつらさ、そして悲しさを、いつまでも忘れることができませんでした。
だからその思い出がよみがえるたびに、白い犬と交わした約束をしっかり果たそうとしたのでした。

ある日、白い犬がやってきて、ねこのご飯をもぐもぐと食べていました。
子どもたちはそれに気がつきました。
白い犬はあわてて物陰に隠れましたが、子どもたちはねこを捕まえて、
「おまえはなんてお人好しなんだ。自分のご飯を食べられているのに、じっとおとなしく見てるやつなんているもんか」
と言って、ねこの頭をポン、ポン、と軽く叩きました。

それを知った白い犬は、ねこが自分をかばったせいで怒られたのだと思い、ねこを気の毒に思いました。
それからというもの、白い犬はその家の勝手口には二度と姿を見せなくなったのでした。

――一九二七・一〇作――

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