初級翻訳・びんの中の世界 第2話

びんの中の世界

これじゃありませんか……?」
おじいさんは歯の抜けた口をもぐもぐさせながら、細い、しわだらけの手を伸ばしてびんを受け取りました。
そして、びんのまわりをなでまわすと、正坊がやったように、びんの口を太陽の方へ向けました。
「おお、これだ、これだ、まちがいなくこれじゃ!」と、おじいさんはうれしそうに叫びました。
「わしはついに、このびんにめぐりあえた。
もう一生のうちには出会えないとあきらめておったのに……。
だが、お前のおじいさんは、どうやら亡くなってしまったようだな……。」
おじいさんはびんを持って、暗い家の中に入っていきました。
しばらくするとおじいさんは、びんの中にほんのわずかばかりの油を入れて、二人の前に戻ってきました。
「長年しまっておいたこの油も、もうこれだけになってしまった。
あとほんの少し時がたっていたら、油は一滴もなくなってしまっていたことだろう……。
わしが昔、海の上でくらしていたころ、兄弟の契りを交わした仲間がいたんだ。
二人はおたがいに助け合って生きてきた。
そして別れるときに、『もう一度たずね合って、ふたたび会おう』というまじないとして、インドの魔法使いからもらったびんと、その中身の油をそれぞれ分けて持ち帰ったのだ。
こうすればいつか、びんと油はかならずめぐりあう――。そう言った魔法使いの言葉を、わしたちは信じ続けたのさ。
子どもよ! お前のおじいさんは、黒い板を持っていたはずじゃ……。
この油を火にともして、その板を見るがよい……。」
そう言って、油の入ったびんは正坊に手渡されたのでした。
正坊は、この町と、このおじいさんと、この家をしっかりと心に刻んでおこうと、一生懸命にまわりを見つめました。
男はふたたび、正坊を馬に乗せてくれました。
そして自分もまた馬にまたがり、むちを打つと、馬はやってきた道を引き返して走り出しました。
日はいつしか海に沈み、野原に咲いていた赤い花も黒ずんで見えました。
やがて月が大空にぽっかりと浮かび、その下を流れる川の水は、一本の銀の棒を置いたように白く光って見えました。
二人を乗せた馬は、村の通りまで来るとピタリと止まりました。
そこからは、もう正坊の家はすぐそこでした。
「さあ、ここからならもうひとりで帰れるだろう。」
そう言って、男は正坊を馬の背から下ろしてくれました。
「おじさん、あの町はなんという名前なの?」と、正坊は振り返ってたずねました。
「…………」
男はそれだけを言い残すと、馬にむちを打って走り去っていきました。
正坊には、男が最後に言った言葉が、よくはっきりと耳に入りませんでした。
馬のひづれの音はだんだん遠ざかり、その影は月の明かりの中で、しだいに小さくかすんで消えていきました。
おばあさんは門から出たり入ったりしながら、ずっと正坊を探していました。
そこへ正坊が帰ってきて、その日におこった不思議な出来事のすべてを話すと、おばあさんは首を横に振って言いました。
「ばかなこと言うんじゃないよ……。」「きっと、おまえは、きつねにでもばかされたのだろう……。」
おばあさんはそう言いました。
正坊は、あの町の名前を聞きもらしてしまったことが、とても残念でなりませんでした。
おそらくそのことは、大人になってもずっと、正坊にとって心残りなことだったにちがいないのです。
なぜなら、子どもの小さな頭で、いつまでも鮮やかにその町を覚えておくことは難しかったからです……。
けれど、それが夢なんかじゃなかったという動かぬ証拠は、びんの中にちゃんと油が入っていたことでした。
正坊はすぐにその油を小さなお皿(土器)に移し、火をともしました。そして、おばあさんと二人でじっと黒い板を見つめました――。
すると、見たこともないような不思議な帆船(はんせん)の姿が、板の表面にありありと浮かび上がってきたかと思うと、その姿はまるで煙のように、しだいにうすれて消えていったのでした。

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