初級翻訳・町の天使 第2話

小川 未明

「さあ、しっかりと私の背中におぶさりなさい」と、天使はいいました。
少年は、天使の白い背中にしっかりと抱きつきました。
いつしか、青い空と白い雲の間を縫うようにして、飛んでいたのであります。
目の下には、海が、悲しそうな歌をうたって、はてしもなく、うねりつづけていました。
風は、吹いて、吹いていました。
少年を乗せた天使は、北へ、北へと旅をつづけたのであります。
そのうちに、赤い潮の中から、一つの美しい島がうまれました。
天使は、その島の空を飛びまわりました。
見下ろすと、そこには、真っ白な大理石の建物が、平地にも、丘の上にもありました。
その様子は、見たばかりでも神々しさを覚えたのでした。
どんな人がこの島の中に住んでいるだろうか? 少年は、もし美しい人たちで、自分を愛してくれるような、やさしい人々であったら、自分はこの島に住みたいと思いました。
しかし、その島は、こんなふうに神々しかったけれど、しんとして音ひとつしなければ、また煙ののぼっているところもありませんでした。
地の上に、赤いところや白いところの見えるのは、花が咲いているのだと思われました。
そのうちに、下の道を白い衣服をまとった人々が、脇見もせずに歩いていくのが見えました。
その人々は、尼さんが会堂へいくときのように、笑いもしなければ、話もしませんでした。
これを見ると、体じゅうに寒けがしたので、この島へ降りてみようとは思わなくなりました。
「あんまり遅くなると、みんなが心配するから、もう、かえりたい」と、少年は天使にいいました。
小さな、美しい翼を持った天使は、たそがれの空を矢のように、速やかに飛んで、ふたたびなつかしい、わが家の見える野原の方へと飛んできました。
「さあ、ここですよ」といって、天使がおろしてくれたので、ほっとして少年は目を開きました。
すると、自分のまくらもとには、心配そうな顔をした医者と、青い顔をしたお母さんと、妹と、お父さんたちがすわって、自分の顔を見つめていたのでした。
少年は、どうしたことかと思って、不思議でならなかったのです。
それから、数日たちました。
少年の病気は、いいほうに向かいました。
医者は、眉を開いて笑いました。
母親の顔にもはなやかな笑いが浮かびました。
あいかわらず、あらしは窓の外に吹き、雪すらときどき風にまじって落ちてきました。
けれど、そんなに深くは積もりませんでした。
そのうちに、少年の病気はまったくよくなって、元気よく学校へ通うことができるようになったのであります。ある日、少年が、お菓子屋さんの前を通りかかったとき、「天使さんはどうしているだろう?」と思って、上を見あげてみました。すると、そこにはもう天使の姿はありませんでした。

びっくりして友だちに聞いてみると、このあいだの大きなあらしのとき、天使は落っこちてこわれてしまったんだよ、と教えてくれました。

少年が少し歩いていくと、道のはたに、天使の羽のかけらが落ちているのを見つけました。

少年は、「天使さんは、ついに本当の広い大空へ帰っていったんだなあ」と思いました。

それから、次の休みの日に、凍った雪の上を歩いていくと、林の中に赤い帽子がぽつんと一つ落ちていたのであります。

――一九二五・一〇――

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