初級翻訳・はちとばらの花 第1話

はちとばらの花

蜂は、人間の邪魔にならないような、そして子供たちにもあまり見つからないような場所に、巣を作りはじめました。
仲間たちといっしょに、朝はまだ太陽も昇らないうちから早く起き、夜はすっかり日が沈んでしまうころまで、せっせと働き通したのです。
彼らがこうして働いている間、この世の中ではいろいろな面白いことや、あるいは面白くないことなどが起こっていましたが、決してそれに目を奪われることも、心を惹かれることもないほど、夢中になって働いていたのでした。
暇そうにとんぼが遊んでいたり、おしゃべりなせみが鳴いている間も、蜂はせっせと働きづめでした。

一匹の蜂が、巣を離れて外へ出かけ、少し時間が空いたときのことです。
「ああ、遅くなってしまった。早く帰ってお手伝いをしなければ」と思って、急いで青い空の下、自分たちの巣の方へ向かってまっすぐに飛んで帰ってきました。
すると、どうでしょう。留守の間に大変なことが起こっていたのです。
せっかく何日も、昼も夜も一生懸命に働いて、やっと半分まで作り上げた巣は、めちゃめちゃにたたき壊され、そのうえ仲間まで何匹も殺されていたのです。

これを見て、蜂は気絶しそうになるほど驚き、そして深く悲しみました。
「一体だれがこんなことをしたのだろう?」と考えましたが、それが人間の悪ガキどものいたずらだとすぐに分かりました。
そこへ、外に出ていた他の仲間たちも、次々と戻ってきました。
そして、みんなこの惨い様子を見て驚き、腹を立てない者はいませんでした。
壊された巣のまわりを飛び回りながら、どうしたらいいものかと途方に暮れました。
憎らしいいたずら子たちを針で刺してやりたいと思いましたが、どこへ逃げたのか、その子供たちの姿も形もあたりには見当たりませんでした。

「どうしたらいいんだろう……」
「また巣を作り直そうよ」
「そんな元気、私たちに残っているわけないよ」
蜂たちは口々に思い思いの言葉を交わしましたが、あまりのショックですぐには仕事り手がつかず、「いつかまた一緒に働くこともあるかもしれないけれど、この悲しみが癒えるまではみんな一旦別れよう」ということになりました。
一匹の蜂は、あてもなくその場を立ち去りました。
そのときの気持ちは、どれほど寂しかったことでしょう。

空を飛んでいると、下の方に花園があり、美しい薔薇(ばら)がいまを盛りに咲いているのが見えました。
蜂はふと降りてみようと思い立ち、その薔薇の上に止まって、甘い香りを思いきり吸い込むことにしました。
クリーム色の美しい花は、何の心配事もなさそうに、楽しげに見えます。
それに比べて自分の心には深い悲しみがあったので、蜂はどうしてもその薔薇の境遇をうらやましく思わずにはいられませんでした。

花は明るい顔を向けて、「あなたは、どうかなさったのですか?」と蜂に尋ねました。
蜂が、薔薇に優しく話しかけられて、どこから話したものかと考えていたその矢先、またしてもあの人間のいたずらっ子が、あちらからのこのこと花園の方へやってきました。
蜂は慌てて飛び立ち、少し離れたところに止まって様子をうかがいました。
子供はしばらくそこに立ち、花を眺めていました。
蜂は、何も起こらなければいいがと、薔薇の身の上が心配で胸がドキドキしていました。

そのとき、子供が手を伸ばして花に触れようとしました。
すると、薔薇はトゲでちくりと子供の指先を刺したのです。
子供はまだ小さかったので、すぐに泣き出して家の方へ駆けて逃げていきました。
蜂は、あの美しい花がそんな思い切ったことをしたのだと、驚いて見ていました。すると、家の中からお母さんが出てきました。
「今度は花がひどい目にあわされるだろうな」と、蜂は黙って身を縮こまらせ、様子をうかがっていました。しかし、お母さんは花に対しては何も怒らず、むしろ花を折ろうとした子供が悪いといって、子供を叱ったのです。

「あなたは何と幸せな方なのでしょう! 私たちが人間を針で刺してごらんなさい、人間はどれほど怒ることでしょう。私たちは何もしないのに巣を奪われたり、殺されたりするのです。一体これはどういうことなのでしょう……」
人間の姿が見えなくなると、蜂はふたたび薔薇の花の上に戻ってそう言いました。
クリーム色の薔薇の花は、とても傲慢(ごうまん)そうな顔つきに見えました。
「蜂さん、それは当たり前のことです。自分の言うのもおかしいですが、あなたは方々を飛び回っていらっしゃる。もし私よりきれいな花をご覧になったら、ぜひ教えてください。そして、あなたご自身の顔がどんなふうであるか、ちょっと水の面に映してごらんになれば、すべてお分かりになると思いますよ」」と、ばらの花は言いました。
はちは、なんだか少し恥ずかしいような気持ちになりました。
「いえ、ぼくは、まだあなたほど美しい花を見たことがありませんよ」
そう言うと、はちはすぐにその場所から飛び立って、近くの水たまりのところへやってきました。
そして、水面に自分の顔を映してみたのです。
「あっ!」
はちはびっくりして、うしろへひっくり返りそうになりました。
「どうして、ぼくたちハチは、こんなにこわくて、ブサイクな顔に生まれてきちゃったんだろう……?」
水たまりの中では、いつものように丸い顔をしたお日さまが、こちらをのぞきこんでいました。
お日さまは、はちのなんだかおかしくて、あわてている様子を見て、にこにこしながら笑っていました。
「お日さま、教えてよ。どうしてぼくたちばかり、こんなに不しあわせでいなきゃならないの?
それに、あのばらの花は、何をしたって怒られもしないし、それどころかずっと幸せに暮らしていけるなんて、いったいどういうことなんだろう?」
はちは、うらめしそうにお日さまへ訴えました。
でも、お日さまは何も答えず、ただにこにこと笑いながら、黙って話を聞いているだけでした。
はちはその夜、深い悲しみにくれながら、水たまりのそばで過ごしました。
そして次の朝、またあのばらの花のいい香りをかごうと思って、花園へとやってきました。
するとどうでしょう。あんなに元気だったばらの花は、いつのまにか枝の真ん中あたりからパッツリと切り取られてしまったらしく、もうそこには影も形もありませんでした。
はちはそのとき、この世のすべてのものに平等に訪れる「運命」というものについて、深く考えさせられたのでした。
――もし、あの人間につまみ取られてしまったばらの花からいまの自分たちを見たら、ぼくたちはどれほど幸せに見えるだろうか?
はちはもう一度がんばって働こうと決心し、散り散りになっていた仲間たちを呼び集めて、もう一度みんなで新しい巣を作るために、元気いっぱいに遠くへ飛んでいきました。

――一九二六・五――

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