初級翻訳・少年探偵団 第18話

少年探偵団

闇夜とはいえ、階下の部屋の窓明かりで庭がぼろげに見えているのに、その庭に、今飛び降りたばかりの二十面相の姿がないのです。
「おい、ここだ、ここだ。
きみはあべこべの理屈を忘れたのかい。
おれは飛び降りたんじゃなくて、昇天しているんだぜ。
悪魔の昇天さ。
ハハハ……。」

空中から響く二十面相の声に、ひょいと上を見た探偵は、あまりの意外さに思わず「アッ!」と声を立ててしまいました。
ごらんなさい。二十面相はまるで軽業師のように、大屋根からさがった一本の綱をつかんで、スルスルと屋上へとのぼっていくではありませんか。
ほんとうに悪魔の昇天です。
探偵には見えませんでしたけれど、大屋根の上には、白い上着を着た例のコックが、足をふんばって、屋根の頂上にむすびつけた綱を、グングンと引きあげています。
下からはたぐりのぼる力、上からは引きあげる力、その両ほうの力がくわわって、二十面相はみるみる大屋根にのぼりつき、かわらの上にはいあがってしまいました。
さいぜん、窓からコックの顔がのぞいたのは、綱の用意ができましたよというあいずだったのです。
彼はたぶん綱のはしにからだをくくりつけて、さかさまに窓の外へぶらさがったのでしょう。
こうして、怪盗の姿は、またたくまに、明智探偵の目の中から消えてしまいましたが、しかし、屋根の上などへ逃げあがって、いったいどうしようというのでしょう。
さびしい一軒屋のことですから、まわりは四ほうともあき地で、町中のように屋根から屋根を伝わって逃げる手段もありません。
それに、洋館ぜんたいが、おびただしい警官隊のために、とりまかれているのです。
まったく袋のネズミも同然ではありませんか。
屋根の上には飲み水や食料があるわけでもないでしょうから、いつまでもそんな場所にいることはできません。
雨でも降れば、ふたりはあわれな、ぬれネズミです。
「どうしたんです。
あいつは屋根へ逃げたんですか。」
入り口にいた五人の警官が、明智探偵のそばにかけよって、口々にたずねました。
「そうですよ。
じつにばかなまねをしたものです。
われわれはただ、この家をとりかこんで、じっと待っていてもいいのですよ。
そのうちに、やつらはつかれきって、降参してしまうでしょう。
もう捕縛したも同じことです。」
探偵は、賊をあわれむようにつぶやきました。
警官たちはすぐさま階下にかけおり、門の外に待機している警官隊に、このことをつたえました。
いや、教えられるまでもなく、警官隊のほうでも、もうそれを気づいていました。
命令いっか、五十人あまりのおまわりさんが、表口裏口から門内になだれこみ、たちまち建物の四ほうに、アリものがさぬ円陣をはってしまいました。
指揮官中村捜査係長のさしずで、ふたりの警官が、どこかへ走りさったかと思うと、やがて、五分もたたないうちに、付近の消防署から、消防自動車が邸内にすべりこみ、機械じかけの非常ばしごがやみの大屋根めがけて、スルスルとのびあがりました。
そのはしごを、帽子のあごひもをかけ、靴をぬいで靴下ばかりになった警官が、つぎからつぎへとよじのぼり、懐中電燈をふり照らしながら、屋根の上の大捕り物がはじまりました。
二十面相とコックとは、手をつなぐようにして、屋根の頂上近くに立ちはだかっていました。
大屋根にはいあがった警官たちは、それを遠まきにして、捕縄をにぎりしめ、ゆだんなくジリジリと賊にせまっていきます。
「ワハハハ……。」
やみの大空に、気ちがいのような高笑いが爆発しました。
賊たちは、この危急のばあいに、何を思ったのか、声をそろえて笑いだしたのです。
「ワハハハ……、ゆかいゆかい、じつにすばらしい景色だなあ。
ひとり、ふたり、三人、四人、五人、おお、登ってくる、登ってくる。
おまわりさんで屋根がうずまりそうだ。
諸君、足もとに気をつけて、すべらないように用心したまえ。
夜露でぬれているからね。
ここからころがり落ちたら、命がないのだぜ。
おお、そこへ登ってきたのは、中村警部君じゃないか。
ご苦労さま。
しばらくだったねえ。」
二十面相は傍若無人にわめきちらしています。
「いかにもわしは中村だ。
きさまも、とうとう年貢をおさめるときがきたようだね。
つまらない虚勢をはらないで、神妙にして、最後を清くするがいい。」
中村係長は、さとすようにどなりかえしました。
「ワハハ……、これはおかしい。
最後だって? きみたちは、おれを袋のネズミとでも思っているのかい。
もう逃げ場がないとでも思っているのかい。
ところが、おれはけっしてつかまえられないんだぜ。
おれの仕事はこれからだ。
あんな宝石一つぐらいで、年貢をおさめてたまるものか。
おい、中村君、ひとつなぞをかけようか。
おれたちがこの大屋根から、どうして逃げだすかというのだ。
とけるかい。
ハハハ……、二十面相は魔術師なんだぜ。
こんどは、どんなすばらしい魔術を使うか、ひとつあててみたまえ。」
賊はあくまで傍若無人です。
二十面相は虚勢をはっているのでしょうか。
いや、どうもそうではなさそうです。
何かたしかに逃げだせるという確信を持っているらしくみえます。
しかし、四ほう八ぽうからとりかこまれた、この屋根の上を、どうしてのがれるつもりでしょう。いったい、そんなことができるのでしょうか。
悪魔の昇天

 中村係長は、怪盗が何を言おうと、そんな口げんかには一切応じませんでした。
賊は、何のいみもない強がりを言っているだけだと思ったからです。
そこで、屋上にいる警官たちに、いよいよ最後の突撃のめいれいを下しました。
それと同時に、十数人の警官たちが、それぞれ大声でさけびながら、ふたりの賊めがけて一斉にとびかかりました。
屋根の上の警官たちの輪が、みるみるうちに狭まっていきます。
ふたりの賊は、屋根の一番高いところの真ん中で、お互いに手をつなぎ合ったまま立ちすくんでいます。
もう、これ以上どこへも逃げる場所がないのです。
「それっ!」
 というかけ声とともに、中村係長がふたりに向かってとびかかっていきました。
それに続いて、ふたり、三人、四人と、警官たちは賊をおさえつけようとするかのように、四方八方からその場所へかけよりました。
ところが、これは一体どうしたことでしょう。
中村係長がパッととびついた瞬間に、ふたりの賊の姿が、まるで魔法のようにかき消すようになくなってしまったのです。
そんなこととはつゆ知らず、まわりが暗かったこともあって、警官たちはうっかり勘違いをして係長に組みついていってしまい、しばらくの間は、何が何だかさっぱりわけのわからない仲間割れのような大混乱が続きました。
係長の恐ろしい怒鳴り声にはっとして我に返り、様子を確かめてみると、警官たちは、自分たちが今まで必死におさえつけていたのは賊ではなく、なんと自分たちの上官だったことに気づいたのです。
まるでキツネにでもばかされたような、不思議な気持ちでした。
「明かりだ! 明かりだ! 誰か懐中電灯を……!」
 係長が、もどかしそうにさけびました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました