初級翻訳・サーカスの怪人 第9話

サーカスの怪人

きみは、そのきみの手でじぶんの子どもを殺すことになるのだ。
それがきみの運命だから、どうすることもできない。
いくら用心しても、この運命をまぬがれることはできないのだ。」

二人の警官はそれを読むと、びっくりして顔を見合わせました。
「すぐに本庁へ知らせなければいけない。それから、笠原さんにもこれを見せておくほうがいいだろう」
一人の警官は本庁へ電話をかけるために飛び出していきました。
残った警官は二人の少年を連れて、笠原さんの大型バスへ急ぎました。
笠原さんは顔や手に包帯をしてバスの中のベッドに寝ていましたが、警官が入ってくるのを見てベッドの上に起き上がりました。
そして、警官からことの次第を聞き、恐ろしい手紙を読むと真っ青になってしまいました。
「すぐに警官隊を呼んで、あいつを捕まえてください。ゾウに乗っていたとすれば、まだそのへんをうろうろしているかもしれません。わたしはゾウのバスを調べてみます。そのバスには、ゾウ使いの吉村という男が番をしているのです。どうしてゾウを盗み出されたか、わけがわかりません」それから笠原さんは、警官や少年たちといっしょに、ゾウの小屋になっている大型バスへ駆けつけましたが、番人の吉村というゾウ使いは、さるぐつわをはめられ手足を縛られて、遠いところに転がされていました。
そして、ゾウは、いつのまにか、もとのバスにもどっていました。
骸骨男は、ゾウを戻しておいて、早くもどこかへ逃げ去ったのです。
なんというすばしっこい怪物でしょう。
それにしても、骸骨が残していった手紙は、いったい、どういう意味なのでしょうか。
小林少年は、そんな馬鹿なことが起こるはずがないと思いました。
しかしそう思う下から、なんともいえない不気味な考えが、むらむらとわきあがってくるのを、どうすることもできないのでした。

ふしぎなじゅうたん

笠原さんは、骸骨男の手紙を読んでから、すっかり怯えてしまって、バスの中などで暮らさないで、もっと厳重な家に住むことにしました。
幸い、同じ世田谷にアメリカ人の住んでいた西洋館が空いていましたので、すぐにそこを借りることにし、ふたりの子どもといっしょに、その西洋館に引っ越しをしました。
そこから毎日、サーカスの大テントへ通うつもりなのです。
笠原さんは、自分たち親子と女中さんだけでは心細いので、サーカス団員の中から、力が強く勇気のある三人の男を選んで、西洋館に住まわせることにしました。
そして、三人が交代で、昼も夜も、正一君たちの部屋の見張り番をすることになったのです。
さて、引っ越しを済ませた、翌日のお昼ごろのことです。
笠原さんが、これからサーカスへ行こうとしているところへ、電話がかかってきたので、受話器を耳にあてますと、気味の悪いしわがれ声が聞こえてきました。
「うふふふ……、バスでは危ないと思って、西洋館へ逃げ込んだな。
うふふふ……、だが、おれは魔法つかいだ。
どんなところへだって、忍び込むよ。
うふふふ……、それよりも、気をつけるがいい。
きみのかわいい子どもを、自分で殺さなければならない運命なのだ。
それは家を変えたくらいで、逃れられるものではない。
うふふふふ……気の毒だが、きみは、そういう運命なのだよ。」
そして、ぷっつりと電話が切れてしまいました。
笠原さんは青くなって、二階の正一君とミヨ子ちゃんの部屋へ駆けつけました。
その部屋の前には、ひとりのサーカス団員が、椅子にかけて頑張っています。
「いま、骸骨男から電話がかかってきた。
もうここへ引っ越したことを知っている。
油断はできないぞ。
しっかり、番をしてくれ。
だが、子どもたちは、だいじょうぶだろうな。」
「だいじょうぶです。
窓には鉄格子がはまってますから、外からは、入れません。
入り口はこのドアひとつです。
ほら、聞こえるでしょう。
歌の声が。
正一ちゃんも、ミヨ子ちゃんも、元気に歌をうたっていますよ。」
「うん、そうか。」
笠原さんはドアを開いて、ちょっと中をのぞくと、安心したようにうなずいて、
「だが、わしはこれから、サーカスのほうへ出かけるから、あとは、くれぐれも頼んだぞ。
いいか。」
「はい、三人で代わりあって、じゅうぶん見張っていますから、ご心配なく。」
団員は、さも自信ありげに答えるのでした。
笠原さんは、そのまま出かけていきました。
サーカスは夜までやっていますから、帰りはおそくなるでしょう。
その日の四時ごろのことです。
西洋館の門の前に、一台のトラックが止まって、ふたりの男が、電柱ほどもある太い棒のようなものをトラックから下ろし、それを担いで玄関へやってきました。
ベルを鳴らしたので、サーカス団員のひとりがドアを開けますと、ふたりの男はいきなり、その棒のようなものを、西洋館の中へ担ぎ込みながら、
「こちらは、近ごろ引っ越しをされた笠原さんでしょう。
みの屋から、これをお届けに来ました。」
「エッ、みの屋だって? それは、いったい、なんだね?」
サーカス団員が、面食らったように聞き返しました。
「じゅうたんですよ、三部屋ぶんのじゅうたんですよ。」
長さは二メートルあまり、太さは電柱よりも太いような、でっかい棒は、三部屋ぶんのじゅうたんを、固く巻いたものでした。
サーカス団員は、変な顔をして、
「じゅうたんを注文したことは聞いていないね。
間違いじゃないかね。」
「いいえ、間違いじゃありません。
この町には、ほかに笠原という家はないのです。
それに、引っ越しをした家も、ここ一軒です。
間違いありませんよ。」
「だが、ぼくは聞いていないので、代金を払うわけにはいかないが……。」
「代金ですか? それなら、もう済んでいるんですよ。
前払いで、ちゃんといただいてあります。」「それじゃ、ここへおいていきますよ。」

ふたりの男は、そのでっかい棒を、玄関の板の間のすみへ横にころがしておいて、さっさと帰っていきました。
サーカス団員は、きっと笠原さんが注文したのだろうと思ったので、笠原さんの帰るまで、そのままにしておくことにしました。
やがて、なにごともなく日がくれ、正一君とミヨ子ちゃんと三人の団員は、食堂に集まって、ばんごはんをたべていました。
ちょうどそのころ、玄関の板の間のうす暗いすみっこで、ふしぎなことが起こっていたのです。
そこに、横だおしになっている棒のように巻いたじゅうたんが、まるで生きもののように動きはじめたではありませんか。
じゅうたんの棒が、しずかにごろんところがって、巻いてあるじゅうたんのはじがとけ、またもうひとつ、ごろんところがると、とけたじゅうたんが倍になり、三どめに、ごろんところがったとき、中から、なにか、まっ黒なものがはいだしました。
それは人間の形をしていました。
ぴったり身についた黒シャツと黒ズボン、黒い手ぶくろに、黒い靴下、ぜんしん、まっ黒なやつです。
そいつが、立ちあがって、こちらをむきました。
その顔! やっぱりそうでした。
骸骨です。
骸骨の顔です。
骸骨男は、じゅうたんの中にかくれて、しのびこんだのです。
なんという、うまいかくれ場所でしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました