初級翻訳・怪奇四十面相 第9話

怪奇四十面相

金の輪でできた石の台まで、ちゃんとついています。
風呂敷を解いてからポストの形ができるまで、三十秒もかからなかったでしょう。
こうして、四十面相はみごとに忍術を使ったのです。ポストという「かくれみの」の中に入り込み、この世から姿を消してしまったのです。
なんとまあ、奇抜なかくれみのではありませんか。
その町角には、もともとポストなんてなかったのです。
しかし、小林君はそんなことは知りません。
一度も来たことのない町ですから、それが本物のポストだとすっかり思い込んでしまったのです。
まさか四十面相が、こんな伸び縮み自在のポストを用意していようとは、いくら名探偵の小林君でも気がつくはずがありません。
小林君は、このお化けポストにまんまとだまされてしまったのです。

四十面相は、かくれみののポストを五センチほどの厚さに縮めてしまうと、ポケットに入れておいた風呂敷で、もとのように包みました。
大きなお盆のような形になったのです。
彼はその風呂敷包みをひと振りして、ヒョイとコンクリートの塀の中へ投げ込みました。
そして、そのそばに立っていた電柱に両手をかけたかと思うと、まるでサルのようにスルスルと登り、そこから塀の上にとびついて、そのまま大きな屋敷の中へ姿を消してしまいました。
四十面相は、そのあいだも絶えずニヤニヤと笑っていました。
小林少年という「チンピラ探偵」に、まんまと一杯食わせたのが愉快でたまらなかったのです。

しかし、チンピラ探偵は、本当に一杯食わされたのでしょうか。
子どもながらも、明智探偵の大事な弟子です。
しかも相手は、恨み重なる怪人四十面相です。
むざむざ負けてしまうはずがありません。
凶賊と少年探偵の戦いは、いよいよこれからなのです。
それにしても、四十面相はこのコンクリート塀の大邸宅に忍び込んで、何をするつもりでしょう。
ただそこから別の町へ抜け出して、逃げるためだけだったのでしょうか。
もっとほかに、大きな企みがあったのではないでしょうか。

やみの中の少女

四十面相がコンクリート塀の中へ消えたあと、町はまたシーンと静まり返って、動くものは何もありません。
まるで映画のフィルムが、突然ピッタリと止まってしまったような感じです。
待ち遠しい時間がノロノロと過ぎて、やがて五分ほどたったころです。
さっき四十面相のニセポストが立っていた町角のこちらから、小さな人間の姿がヒョイと、街灯の光の中にあらわれました。
ボロボロの服を着た乞食少年です。
小林君は立ち去ったと見せかけて、町角のこちらの真っ暗なところに隠れていたのです。
そして、四十面相が塀の中へ入ってしまっても、用心深くしばらく様子をうかがってからあらわれたのです。

小林君はチョコチョコと例の電柱のところまで走っていって、そこでまたじっと耳を澄ましていましたが、やっと決心したように電柱にとびつくと、スルスルとそれを登り、四十面相と同じようにコンクリート塀の上にまたがり、ヒラリと中へ飛び降りました。
そこは広い庭で、大きな木が林のように並んでいます。
小林君は物音を立てぬように気をつけながら、その真っ黒な木の幹の間を用心深く進んでいきました。
どこからか赤い光が差しています。
それを目当てに歩いていくと、やがて林のようなところを抜けて、広い場所に出ました。
向こうに洋館がヌーッと黒い巨人のようにそびえています。
その一階の右の隅の窓が一つだけ、明るく光っているのです。

小林君はその窓の方へ歩きかけたのですが、突然ハッとして立ち止まりました。
すぐ横の大きな木の下に、何か動いているものがあったからです。
四十面相が待ち伏せしていたのでしょうか。
いや、そうではありません。
そこに立っていたのは、もっと小さな人間だったのです。
小学校一年生ぐらいの、可愛い女の子だったのです。
オカッパ頭で赤い洋服を着た女の子が、両手を目に当ててシクシクと泣いていたのです。
そんな小さな女の子がたったひとりで、真っ暗な庭に立っているなんて、ただごとではありません。
どこか近くに大人がいるのではないかと、しばらく様子を見ていましたが、どこにもそれらしい姿は見えないのです。

小林君は思い切って女の子のそばにより、そっとその肩に手をのせました。
すると女の子はビクッとして小林君を見上げましたが、乞食の少年の姿を怖がって逃げ出すかと思いきや、逃げ出すどころか、いきなり恐ろしい勢いで小林君にすがりついてきました。
そして、小林君の体を抱きしめるようにして、ブルブルと震えているではありませんか。

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