初級翻訳・一寸法師 第17話

一寸法師

でないと、私帰りますよ」

百合枝は無理をして何気ない声で、しかしかなり力強く言い放ちました。

「帰れるものなら、帰ってごらんなさい。そんな強がりを言ったところで無駄だ。あなたはどうしたって帰ることはできないんだ。電気を消したのはね、あなたが怖がるといけないからだよ」

そして、ゾッとするような含み笑いが、暗闇の中から響いてきました。

「あなたは忘れているだろうが、初めて山野の家で会ったのはもう十年も昔のことだ。その当時、あなたはまだ肩上げをした無邪気な娘さんだった。あなたはよく先妻のところへ遊びに来ていたね。山野の邸が西片町にあった時代だ。ねえ、思い出すだろう。私はその頃から、ちょくちょく山野の邸へ出入りするようになった。というのは、一つはあなたの顔が見たかったからだ。だが、そんなことは気配にも見せなかった。俺は人並みの恋などできる体ではなかったのだ。この世のことは何もかもあきらめ果てていた。それが、何の因果か百合枝さん、あなたのことだけは、あきらめてもあきらめても、あきらめきれなかった。いっそあなたを刺殺して、自分も死のうと思ったことが幾度あるか知れない。山野のところへ嫁入りした時などは、本当に短刀を懐に入れて、あなたに会いに行ったことさえある。俺はそれほど思いつめていたのだ。少しは不憫に思ってくれてもいいだろう」

途切れ途切れの切ない声でした。それが一言言うたびに、闇の中を這うようにして百合枝の方へ近寄ってきました。事実、声の主は少しずつ、少しずつ彼女の方へにじり寄ってきているらしく、黒いものがうごめく気配が、だんだんと身近に感じられました。

百合枝は変な気持ちでした。ただ怖いだけではなく、何か不気味な獣に襲われているような、妙な凄みを感じていたのです。それに不思議なことに、相手の告白を聞いているうちに、その蛇のような執念に、ある種の魅力を感じ始めていました。それは憐れみの情というよりも、もっと肉体的な、一種の懐かしさのようなものでした。

突然、柔らかなものが彼女の膝を這い回り、逃げる暇も与えずに、サッと彼女の手を握りました。冷たく汗ばんだ男の掌の感触がありました。

「あら」

百合枝は思わず低い叫びを上げて、それを振り払おうとしました。ですが、思い込んだ男の手は、まるでモチのように粘り強く、容易には離れませんでした。離れないばかりか、だんだんと強い力で彼女の華奢な指を締めつけていきました。

それと同時に、妙な音が聞こえ始めました。百合枝は最初、男が咳をしているのかと思いました。コホン、コホンと激しく喉が鳴りました。ですが、間もなくそれが鼻をすする音に変わり、そして不意に、ククククククククククと、むせ返るような声が起きました。男が泣き出していたのです。

彼は百合枝の手先を締めつけ、締めつけ、彼女の腕にポタポタと涙を落としながら、まるで気が狂ったように泣き続けました。百合枝は男の激情に引きずり込まれ、彼女自身もいつのまにか不思議な興奮を覚えながら、片手を男のなすがままに任せて、黙って彼の泣き声を聞いていました。手の上に雨のように降りかかる涙の感触が、彼女の恐怖を少しずつ和らげていきました。

「百合枝さん、百合枝さん」

男は泣きじゃくる間々に、幾度となく彼女の名を呼びました。そして、彼の一方の手は、まるで大きな昆虫のように、五本の指を足代わりに百合枝の全身を這い歩きました。
膝から帯を越え、むずがゆい感触を乳房の上に這わせ、なだらかな肩をすべり、背筋のくぼみを、あやすようになで回したのです。
百合枝は薄い着物越しに、ジトジトと汗ばんだ柔らかい掌が、まるで直接肌に触れられたかのような、不気味な感触を覚えました。
ですが、それは極めて不気味であるにもかかわらず、同時に怪しい力で彼女の理性を麻痺させていくようでもありました。
彼女はいつの間にか、抵抗する力を失っていました。
そのため、男の火照った顔が彼女の頬に触れ、熱い涙が彼女の唇を濡らし、焔のような吐息が彼女の呼吸と混じり合っても、彼女はそれを払いのけようとはしませんでした。
ですが、しばらくすると、突然彼女は恐怖の叫び声を上げ、男の腕から身を逃れようと焦りました。
そうしている間に、彼女は相手の体に起きたある恐ろしい変化に気づいたのです。
さっきから彼女の手は、無意識に男の体を探っていました。
そして、ふと足元に触れたとき、今まで彼が座っているとばかり思っていたのが、実は畸形的な短い足をいっぱいに伸ばして、立っていることを発見したのです。
彼の顔は彼女の顔と同じ高さにありました。
それなのに彼女は座っているというのに、相手は明らかに立ち上がっているのです。
つまり、男はいつの間にか、異常に背の低い畸形児に変貌していたのでした。
彼女は一瞬ですべての事情を悟りました。
男はかつらや眼鏡や外套によって、今夜変装していたのと同じように、普段の彼自身の姿もまた、一つの変装に過ぎなかったのです。
そのもう一つ奥には、このような忌まわしい彼の正体が隠されていました。
小林紋三に尾行され、百貨店の番頭に発見された、あの一寸法師こそ、この男だったに相違ありません。
彼女を脅迫している男と、三千子の死体を切断して罪深い悪戯をした男とが、全く同一人物であることに今まで気づかなかったのは、むしろ迂闊の極みでした。
彼が十年という長い年月、切ない恋を打ち明けられずにいたのも、このような犯罪事件の影に隠れて、彼女の弱みにつけ込み、その思いを遂げようとしたことも、彼が目も当てられぬ畸形児であったとすれば、誠に合点のいく話です。
相手が一寸法師だと分かると、いかに覚悟を定めていたとはいえ、彼女はもう我慢ができませんでした。
こんな怪物に、少しの間でも妙な魅力を感じていたかと思うと、彼女はゾッと背筋が寒くなりました。
彼女は必死になって怪物の腕を振り払おうともがきました。
ですが、相手は彼女が正体に気づいたと知ると、一層力を込めて犠牲者を抱きすくめました。
畸形児とはいえ、死にもの狂いの腕力に、か弱い女である百合枝がどうして抵抗できるでしょうか。
「今更逃げようたって逃がすもんか」彼は力み声を振り絞りました。
「声を立てるなら立ててみるがいい。
ソラ、まさか忘れはしまい。
そんなことをすればお前の身の破滅だぞ。
いいか。
山野一家の滅亡だぞ」
一寸法師は、立ち上がった百合枝の腰のあたりに絡みつき、脅し文句を並べながら、相手のひるむ隙を見て、短い足を彼女の足に絡め、恐ろしい力で彼女を倒そうとしました。
百合枝は叫ぼうにも叫ぶ自由を奪われ、逃げ出そうにも逃げ出す力を失い、まるで悪夢にうなされているような心地でした。
畸形児は不気味な軟体動物のように、ぺったりと彼女の半身に密着し、腰のあたりを締めつけた両腕は、刻一刻とその力を増していくのでした。
小林紋三は、底冷えするのを我慢して、執念深く路地の入り口に立ち尽くしていました。
まだ夜更けというほどでもないのに、その町はいやに暗く、静まり返っていました。
どの家もどの家も、まるで空き家のように黙りこくっていました。

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