初級翻訳・少年探偵団 第28話

少年探偵団

家にはこの秘密を知っているものはひとりもいないはずだし、それに、この部屋には、たえず、わしががんばっていましたから、置きかえるなんてすきはなかったはずですが……。」
「それは、ぼくが命じて置きかえさせたのですよ。」
 明智探偵は、あいかわらず落ちつきはらって答えました。
「え、あなたが? だれにそうお命じなすったのです。」
 大鳥氏は、意外につぐ意外に、ただもうあきれかえるばかりです。
「おたくには、つい近ごろ、やといいれたお手伝いさんがいるでしょう。」
「ええ、います。あなたのご紹介でやとった千代という娘のことでしょう。」
「そうです。あの娘をちょっとここへよんでくださいませんか。」
「千代に、何かご用なのですか。」「ええ、たいせつな用事があるのです。すぐ来るようにおっしゃってください。」
 明智探偵は、ますます妙なことを言いだすのでした。
 大鳥氏は面食らいながらも、すぐさま千代を呼びよせました。
 読者諸君はご記憶でしょう、千代というのは、たびたび奥座敷をのぞいていた、あのかわいらしい怪少女なのです。
 まもなく、りんごのようにあでやかなほおをした、かわいらしいおさげの少女が、座敷の入り口にあらわれました。
「ここへきてすわりなさい。」
 探偵は少女を自分のそばへすわらせました。
 そして、黄金塔の置きかえの説明をはじめるのでした。
「大鳥さん、あなたがたが、ほんものの塔を、床の下へうめようとしていらしたとき、裏の物置きに火事がおこりましたね。」
「ええ、そうですよ。よくご存じですね。しかし、それがどうしたのですか。」
「あの火事も、じつはぼくが、ある人に命じて、つけ火をさせたのですよ。」
「エッ、なんですって? あなたがつけ火を? ああ、わしは何がなんだか、さっぱりわからなくなってしまいました。」
「いや、それには、ある目的があったのです。あなたがたが火事に気をとられて、この部屋を留守になすっていたあいだに、すばやく黄金塔の置きかえをさせたのですよ。床下にかくしてあったのを、もとどおり床の間につみあげ、床の間のにせものを、床下へ入れておいたのです。火事場から帰ってこられたあなたがたは、まさか、あのあいだに、そんな入れかえがおこなわれたとは、思いもよらぬものですから、そのまま、にせもののほうを床下にうずめ、床の間のほんものをにせものと思いこんでしまったのです。」
「へえー、なるほどねえ、あの火事は、わたしたちはもちろん、みんなをこの部屋から立ちさらせるトリックだったのですかい。しかし、それならそうと、ちょっとわしに言ってくださればよかったじゃありませんか。何も火事までおこさなくても、わし自身で、ほんものとにせものとを置きかえましたものを。」
 大鳥氏は不満そうにいうのです。
「ところが、そうできない理由があったのです。そのことはあとで説明しますよ。」
「で、その塔の置きかえをやったというのは、いったいだれなのですね。まさかあなたご自身でなすったわけじゃありますまい。」
「それは、このお手伝いさんがやったのです。この人は、ぼくの助手をつとめてくれたのですよ。」
「へえー、千代がですかい。こんなおとなしい女の子に、よくまあそんなことができましたねえ。」
 主人はあっけにとられて、かわいらしい少女の顔をながめました。
「ハハハ……、千代は少女ではありませんよ。きみ、そのかつらを取ってお目にかけなさい。」
 探偵が命じますと、少女はにこにこしながら、いきなり両手で頭の毛をつかんだかと思うと、それをスッポリと引きむしってしまいました。
 すると、その下から、ぼっちゃんがりの頭があらわれたのです。
 少女とばかりに思っていたのは、そのじつ、かわいらしい少年だったのです。
「みなさん、ご紹介します。これはぼくの片腕とたのむ探偵助手の小林芳雄君です。こんどの事件が成功したのは、まったく小林君のおかげです。ほめてやってください。」
 明智探偵はさも自慢らしく、秘蔵弟子の小林少年をながめて、にこやかに笑うのでした。
 ああ、なんという意外でしょう。
 少年探偵団長小林芳雄君は、小娘のお手伝いさんに化けて、大鳥時計店にはいりこんでいたのです。
 そして、まんまと二十面相にいっぱい食わせてしまったのです。
「へえー、おどろいたねえ、きみが男の子だったなんて、うちのものはだれひとり気がつかなかったのですよ。なかなかよくはたらいてくれましたね、いい人をお世話ねがったとよろこんでいたくらいですよ。小林さん、ありがとう。ありがとう。おかげで家宝をうしなわなくてすみましたよ。明智さん。あなたは、いいお弟子を持たれて、おしあわせですねえ。」
 大鳥氏は、ホクホクとよろこびながら、小林君の頭をなでんばかりにして、お礼をいうのでした。
「ですが、明智さん、たった一つざんねんことがありますよ。さいぜん二十面相のやつが、どこからか、わしたちに話しかけたのです。ざまをみろといってあざわらったのです。あなたが、もう一足早く来てくだされば、あいつをとらえたかもしれません。じつにざんねんなことをしましたよ。」
 大鳥氏も、黄金塔をとりかえしても、賊を逃がしたのでは、後日またおそわれはしないかと、寝ざめが悪いのです。
「大鳥さん、ご安心ください。二十面相はちゃんととらえてありますよ。」
 明智探偵は、意外なことをズバリといってのけました。
「エッ、二十面相を? あなたがとらえなすったのですか。」「いつ? どこで? そして、今あいつはどこにいるんです。」
 大鳥さんはびっくりしすぎて、言葉がうまく出てきません。
「二十面相はこの部屋にいるのです。
ぼくたちの目の前にいるのです。」
 明智探偵の声が、重々しく部屋に響きわたりました。
「ええっ、この部屋にですか? だって、この部屋にはごらんのとおり、ぼたち四人のほかにはだれもいないじゃありませんか。
それとも、どこかにかくれてでもいるんですかい。」
「いいえ、かくれてなんぞいませんよ。
二十面相は、ほら、そこにいるじゃありませんか。」
 そう言いながら、ぼくたちの名探偵は、何か含みのある笑みを浮かべました。
読者のみんな、明智探偵はなんてとんでもないことを言いだしたのでしょう。
大鳥さんも門野(かどの)支配人も、自分の目がどうかしてしまったのではないかと、キョロキョロとまわりを見まわしました。
でも、その部屋にはだれの姿も見当たりません。
ああ、それではやっぱり、二十面相はあのずる賢い魔術で、気体のようなものに化けて、この部屋のどこかのすみにでも立っているのでしょうか。
そして、だれの目にも見えないその怪物の姿が、名探偵・明智小五郎の目にだけは、はっきりと見えているのでしょうか。
きみが二十面相だ!

 大鳥さんはびっくりして、またキョロキョロと部屋の中を見まわしました。
しかし、どろぼうの姿なんてどこにも見あたりません。
「ははは……、ご冗談を。
ここには私たち四人のほかには、だれもいないじゃありませんか。」
 たしかに、戸をしっかりとしめきった十畳のお座敷には、主人の大鳥さんと、年をとった支配人の門野と、明智探偵と、小林少年の四人だけで、ほかにだれもいません。

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