いったい明智さんは何を言っているのでしょう。
頭がどうかしてしまったのでしょうか。
「そうです。
ここには、ぼくたち四人だけです。
しかし、二十面相はやっぱりこの部屋にいるのです。」
「先生、あなたのおっしゃることは、私たちにはさっぱりわけがわかりません。
もっとくわしく教えていただけないでしょうか。」
白髪の老支配人は、オドオドしながら探偵にたずねました。
「ほう、あなたにもまだわからないのですか。
それでは、あなたは二十面相がどこにいるのか、知りたいとおっしゃるのですね。
それを言ってもいいですか。」
明智探偵は老支配人の顔をじっと見つめてから、意味ありげに言いました。
「えっ、なんとおっしゃいました?」
門野老人は、なぜかドキッとしたように探偵を見かえしました。
「だれが二十面相なのか、正体を暴いてしまってもかまわないというのですか。」
明智探偵の目に、電光のような鋭い光がかがやき、じっと相手をにらみつけました。
老支配人はその強い視線に圧倒されたように、返す言葉もなく、思わず目を伏せました。
「ははは……、おい、二十面相、よくも化けたものだな。
まるで六十歳の老人そっくりじゃないか。
だが、ぼくの目をごまかすことはできないぞ。
きみだ! きみが二十面相だ!」
「そ、そんなはずは……。
そ、そんなばかなことが……。」
門野支配人はまっさおになって、必死に言いわけしようとしました。
主人の大鳥さんも、あわてて言葉をそえます。
「明智先生、それは何かのおまちがいに違いありません。
この門野は、親の代からわしのお店につとめているまじめな男です。
この男が二十面相だなんて、そんなことは絶対にありませんよ。」
「いや、あなたは、二十面相が変装の大名人であることを忘れています。
なるほど、ほんものの門野君はまじめな番頭さんでしょう。
しかし、この男は門野君ではありません。
あの予告のあとすぐ、二十面相はほんものの門野君をどこかの場所に閉じこめて、自分が門野君になりすまして、お店に出てきていたのです。
いや、お店に出てきていただけではありません。
門野君の家にも、ずうずうしく毎晩帰っていたのです。
家族の人たちでさえ、それを少しも怪しいとは思わなかったのですね。」
ああ、そんなことが本当にあるのでしょうか。
今、目の前に立っている老人は、どう見ても門野支配人にそっくりです。
怪しいところなんて、どこにもありません。
いったい、どうやったらそんなに見事に変装できるのでしょうか。
みんながあっけにとられて明智探偵の顔を見つめている、まさにそのときでした。
ああ、またしても、どこからともなく、あのおそろしい声が聞こえてきたではありませんか。
「フフフ……、明智先生もすっかり年をとったものだな。
二十面相を取りにがしてしまった言いわけに、何も知らない老人に罪を着ようなんて……。
おい、先生、目をよく開けて見るがいい。
おれはここにいるんだぜ。
二十面相はここにいるんだぜ。」
ああ、なんと大胆不敵なんでしょう。
どろぼうはまだ、この部屋のどこかにかくれているのでしょうか。
「先生、あれです!
あれが二十面相です!」やっぱり天井から聞こえてくる。
ね、おわかりでしょう。
門野君じゃございません。
門野君は二十面相じゃございません。
」
大鳥氏は、恐怖にたえぬもののように、ソッと天井を指さしながら、ささやくのでした。
しかし、明智探偵は少しもさわぎません。
口をつぐんだまま、じっと大鳥氏を見かえしています。
と、とつじょとして、どこからともなく、まったく別の声がひびいてきました。
「おいおい、子どもだましはよしたまえ。
ぼくが腹話術を知らないとでも思っているのか。
ハハハ……。
」
大鳥氏はそれを聞いて、ゾッとふるえあがってしまいました。
ああ、なんというふしぎなことでしょう。
それはまぎれもなく明智探偵の声でした。
天井から明智の声がひびいてきたのです。
しかも、当の探偵は目の前に、じっと口をつぐんですわっています。
まるで魔法使いです。
明智探偵が、とつじょとしてふたりになったとしか考えられないのです。
「おわかりになりましたか、ご主人。
これが腹話術というものです。
口を少しも動かさないでもいう術です。
今のようにぼくがこうして口をふさいでもいうと、まるでちがった方角からのように聞こえてくるのです。
天井と思えば天井のようでもあり、床下と思えば床下からのようにも聞こえます。
おわかりになりましたか。
」
今こそ、大鳥氏にもいっさいが明白になりました。
腹話術というものがあることは、大鳥氏も話に聞いていました。
さいぜんからの声が、みんな腹話術であったとすれば、すっかりつじつまがあるのです。
天井や床下などをあれほどさがしても、二十面相の姿が発見されなかったわけが、よくわかるのです。
それでは、やっぱり二十面相は門野老人に化けているのでしょうか。
大鳥氏はまだ半信半疑のまなざしで、じっと門野老人を見つめました。
門野老人はまっさおになっています。
しかし、まだへこたれたようすは見えません。
顔いっぱいにみょうな笑いをうかべて、何かいいだしました。
「腹話術ですって、おお、どうしてわたくしが、そんな魔法をぞんじておりましょう。
明智先生、あんまりでございます。
このわたくしがおそろしい二十面相の賊だなんて、まったく思いもよらぬ、ぬれぎぬでございます。
」
ところが、この老人のことばが終わるか終わらぬに、部屋の板戸を、外からトントンとたたく音が聞こえてきました。
「だれだね。
用事ならあとにしておくれ。
今はいって来ちゃいけない。
」
大鳥氏が大声にどなりますと、板戸の外に意外な声が聞こえました。
「わたくしでございます。
門野でございます。
ちょっと、ここをおあけくださいませ。
」
「エッ、門野だって? きみは、ほんとうに門野君か。
」
大鳥氏は仰天して、あわただしく板戸をひらきました。
すると、おお、ごらんなさい、そこにはまぎれもない門野支配人が、やつれた姿で立っていたではありませんか。
「だんなさま。
じつに申しわけございません。
賊のためにひどいめにあいまして、つい先ほど、明智先生に助けだしていただいたのでございます。
」
門野老人はわびごとをしながら、部屋の中のもうひとりの門野を見つけ、思わずさけびました。
「アッ、あんたはいったい何者じゃ!」
なんというふしぎな光景だったでしょう。
いや、ふしぎというよりも、ゾーッと総毛立つような、なんともいえぬおそろしいありさまでした。
そこには、まるで鏡に写したように、まったく同じ顔のふたりの老人が、敵意に燃える目でにらみあって、立ちはだかっていたのです。
おそろしい夢にでもうなされているような光景ではありませんか。
だれひとり、ものをいうものもなければ身動きするものもありません。
数十秒のあいだ、映画の回転がとつぜん止まったような、ぶきみな静止と沈黙がつづきました。
初級翻訳・少年探偵団 第29話
少年探偵団
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