初級翻訳・幸福のうわおいぐつ 第3話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

あなたは当然、古い書物を深く読み込んでいらっしゃるのでしょう?」

「ええ、ええ、それはもう」と、参事官は応じました。「わたしも有益な古書を読むのは大好きですが、現代の本もずいぶん読みますよ。ただ困るのは『その日、その日の話』というやつで、わざわざ本で読まなくても、毎日の出来事にはもう飽き飽きしているのですよ」

「『その日、その日の話』といいますと?」と、得業士は不思議そうに聞きました。

「いや、わたしの言っているのは、このごろ流行っている新作の小説のことですよ」

「ははあ」と、得業士はにっこり笑いながら言いました。「あれもなかなか気の利いたものでして、宮中ではずいぶん読まれていますよ。王様はとりわけ、アーサー王と円卓の騎士の話を書いた『イフヴェンとゴーディアンの物語』を好まれていて、ご家来の方々とその話をして楽しんでいらっしゃいます」

「それはまだ読んでいません」と、参事官は言いました。「ハイベルが出した新刊の本に違いありませんね」

「いや、ハイベルではありません。ゴットフレト・フォン・ゲーメンが出したのです」と、学士は答えました。

「へえ、その人は作家ですか?」と、参事官が尋ねました。「ゴットフレト・フォン・ゲーメンといえば、ずいぶん古い名前ですね。あれは確か、ハンス王の時代にデンマークで印刷業を始めた人ではありませんか?」

「その通り。この国で最初の印刷屋さんですよ」と、学士が答えました。

ここまではどうにか話が通じ合っていました。ところが今度は、町人のひとりが三年前に流行った伝染病の話をしだしました。ただ、それは一四八四年の話だったのです。参事官はそれを、一八三〇年代に流行したコレラの話をしているのだと思い込みました。そこで会話は、どうにかつじつまが合いました。

一四九〇年の海賊戦争もつい最近のことでしたから、これも話題に上らずにはいられませんでした。イギリスの海賊船が、やはり同じ波止場で船を略奪していった、とその男は語りました。折しも一八〇一年の事件をよく知っている参事官は、進んでその話に調子を合わせて、イギリス人たちを非難しました。

これだけはうまく噛み合いましたが、そのあとの話はそう上手くいきませんでした。話がひとつひとつ食い違うのです。学士先生は気の毒なほど何も知りませんでした。参事官がごく軽く口にしたことまでが、いかにもでたらめで、狂った話のように聞こえてしまったのです。そうなると、ふたりは黙って顔を見合わせるしかありませんでした。いよいよダメだとなると、学士はいくらか相手に分からせようとしてラテン語で話しましたが、それも全く役に立ちませんでした。

「あなた、ご気分はどうですか?」と、女将さんが言ってお酒を差し出し、参事官の袖を引きました。

ここではじめて、参事官は我に返りました。話に夢中になっている間は、これまでの奇妙な出来事をすっかり忘れていたのです。

「やあ、大変だ、わたしは一体どこにいるんだ?」と参事官が言って、その状況を思い出した途端、頭がくらくらとなりました。

「さあ、クラレットを飲もうよ。蜜酒(みつざけ)に、ブレーメン・ビールだ」と、客のひとりが叫びました。「どうです、一緒にやろうじゃないか」

ふたりの給仕の娘が入ってきました。そのひとりは、ふた色の染め分け帽子をかぶっていました。ふたりはお酒をついで回って、おじぎをしました。参事官は体中がぞっと寒くなるような思いがしました。

「やあ、一体これは何だ……」「これは一体、どういうことだ!」
と、参事官は叫びました。
けれども、いやでも彼らと一緒に飲まなければなりませんでした。客たちは実に巧みにこの紳士をあしらいます。参事官はすっかりがっかりしてしまいました。
誰かが「あの男、酔っ払っているよ」と言いましたが、参事官はその言葉が嘘だと怒る気力さえありませんでした。「どうか、辻馬車を一台頼む」と言うのが精一杯でした。ところがみんなは、彼がロシア語でも話しているのかと思い込みました。参事官は、これまでこんなに下等で乱暴な連中の輪に入ったことはありませんでした。
「これではまるで、デンマークの国が、異教徒の時代に逆戻りしてしまったようだ。こんな恐ろしい目に遭ったのは初めてだぞ」と、参事官は思いました。
しかしそのとき、ふと思いついて、参事官はテーブルの下にもぐり込み、そこから戸口の方へ這い出そうとしました。その試みはうまく運び、ちょうど出口までたどり着いたところを、他の客たちに見つけられてしまいました。みんなは参事官の足をつかんで引き戻しました。そのとき、大幸運なことに「うわおいぐつ」がスポリと脱げました。
――それで、一切の魔法が消えてなくなりました。
そのとき参事官ははっきりと、すぐ目の前に街灯がひとつ、カンカンと明るく灯っており、そのうしろに大きな建物が立っているのを見つけました。そこら中を見回しても、見慣れたものばかりです。それは、今の世の中で毎日見ている通りの東通りでした。参事官は玄関の戸に足を向けて、腹ばいになっていたのです。すぐ向こうには、町の夜番が座ったまま寝込んでいました。
「やあ大変だ、俺は往来で寝て、夢を見ていたのか」と、参事官は叫びました。「なるほど、ここは東通りだ。どうも何かがカンカンと明るくて、やけに賑やかだな。それにしても、いっぱいのパンチの効き目は実におそろしい」
それから二分後、参事官はゆうゆうと辻馬車の中に座って、クリスティアンハウンの自分の家のほうへ運ばれていきました。参事官は、たった今さんざん恐ろしい目や心配な目に遭ったことを思い出すと、今の世の中にはいろいろ悪いことはあっても、ついさっき連れて行かれた昔の時代よりはずっとましだということを悟りました。どうです、参事官はなかなかの物分かりの良い人でしょう。

三 夜番の冒険

「おやおや、あそこにうわおいぐつが一足ころがっている」と夜番は言いました。「きっと向こうの二階にいる中尉さんの物に違いない。すぐ門口に落ちているからな」
正直な夜番は、ベルを鳴らしてうわおいぐつを持ち主に渡そうと思いました。二階にはまだ明かりがついていました。けれど、家の中の他の人たちまで驚かせるのは気の毒だと思い、そのままにしておきました。
「だが、こういうものを履いたら、ずいぶん温かいだろうな」と、夜番は独り言を言いました。「なんて上等で柔らかい革が使われているのだろう」
うわおいぐつは、ぴったりと夜番の足に合いました。
「どうも、世の中はおかしなものだ。今ごろ中尉さんは、あの温かい寝床の中で横になっていればいられるはずなのに、そうではない。部屋の中を行ったり来たり歩いている。ありゃあ幸せなお人さ。おかみさんも子供もなくて、毎晩、夜会に出かけていく。俺があの人だったら、ずいぶん幸せな人間だろうな」
夜番がこう言って心の中の願いを口に出すと、履いていたうわおいぐつはみるみる効能をあらわして、夜番の魂はするすると中尉の体と心の中へ運ばれていきました。
そこで夜番は、二階の部屋に入って、小さなバラ色の紙を指のまたにはさんで持ちました。それには詩が、中尉君自作の詩が書いてありました。

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