それはどんな人だって、一生に一度は心の底を歌にうたいたい気持ちになる折があるもので、そういうとき、思った通りを紙に書けば詩になります。そこで紙にはこう書いてありました。
「ああ、金持ちでありたいな」
「ああ、金持ちでありたいな」俺はたびたびそう思った。
やっと二尺のガキのとき、俺はいろんな望みを起こした。
ああ、金持ちでありたいな――そうして士官になろうとした、
サーベル下げて、軍服姿に、負革かけて。
時節がくると、俺も士官になりすました。
さてはや、いっこう金はできない。なさけないやつ。
全能の神さま、お助けください。
ある晩、元気で浮かれていると、
ちいさい女の子がキスしてくれた、
おとぎ歌なら、持ちあわせは山ほど、
そのくせ金にはいつでも貧乏――
子供は歌さえあればかまわぬ。歌なら山ほどあるけれど、お金のこととなると、いつも情けないありさまだ。
全能の神さま、ごらんのとおりだよ。
「ああ、お金持ちでありたいな」
そんな祈りが、心のなかから聞こえてくる。
あの子はみるみるうちに、りっぱな娘になった。
りこうで、きれいで、心もやさしい娘になったんだ。
ああ、わかってほしい、俺のこの心のうちを。
もし娘がやさしい心を見せてくれるなら、それこそ大したおとぎ話になるだろう。
だけど金はないし、口に出すこともできない。
本当になさけないやつだ。
全能の神さま、あとはおこころのままに。
ああ、せめてかわりに、休息と慰めがほしい。
そうすれば、何もこんな心の悩みを紙に書く必要なんてないんだ。
俺の心をささげたおまえだ、どうかこの気持ちをわかってくれ。
若いころの思い出をつづった歌だ、読んでもくれよ。
だめだ、やっぱりこのまま暗い夜のなかに、そっとささげてしまうほうがましだろう。
未来は真っ暗だ、いやはや、俺も情けないやつだよ。
全能の神さま、どうかお恵みください。
そうです、人は恋をしているとき、こんな詩をつくったりするものです。
でも、用心深い人は、そんなものを人に見せたりはしないものです。
中尉と恋と貧乏、これが彼を取り巻く三角関係でした。
それとも、幸福のさいころの壊れた半かけとでも言いましょうか。
中尉はそんなことをつくづく考えていました。
そして、窓枠に頭を押しつけて、深いため息ばかりついていたのです。
「あそこの往来で寝ている貧しい夜番のほうが、俺よりずっと幸福だ。
あの男には、俺が悩んでいるような不足というものがない。
家もあり、かみさんも、子供もいて、あの男の悲しいことには泣いてくれて、うれしいことには一緒に喜んでくれる。
ああ、いっそあの男と入れ替わることができたら、今よりずっと幸福になれるのになあ。
あの男のほうが、俺よりずっと幸せなんだから」
中尉がこうひとりごとを言った瞬間、夜番はまたもとの夜番に戻ってしまいました。
なぜなら、「幸福のうわおいぐつ」のおかげで夜番の魂は中尉の体を借りたのですが、その中尉自身が、実は夜番よりももっと不満を抱えていて、「もとの夜番に戻りたい」と願ったからです。
そこで、その願い通り、夜番はまた夜番に戻ってしまったのでした。
「いやな夢だった」
と、夜番は言いました。
「だが、ずいぶんばかばかしかったな。
俺は向こうの二階の中尉さんになったつもりだったが、ちっとも愉快じゃなかった。
息が詰まるほどほおずりしようと待ち構えていてくれる、かみさんや子供の存在を忘れるなんて、とんでもないことだ」
夜番はまた座り込んで、こくりこくりと居眠りを始めました。
夢がまだはっきりと消え去ってはいません。
うわおいぐつは、まだ足にはまったままでした。
そのとき、流れ星がひとつ、空をすべって落ちました。
「ほう、星が流れたな」
と、夜番は言いました。
「だが、いくら流れたって、空にはまだたくさん星が残っている。
どうかして、もう少し星のそばに近づいてみたいものだ。
とりわけ月の正体を見てみたいね。
あれだけはどんなことがあっても、ただの星とちがって、手の下からすべって消えていくなんてことはないからな。
うちのかみさんが洗濯物をしてやっている学生の話では、人は死ぬと、星から星へと飛んでいくんだそうだ。
それは嘘だろうが、しかしずいぶん面白い話だと思う。
どうにかして俺も星の世界までちょいと飛んでいく工夫はないものか。
そうすれば、体ぐらいはこの階段の上に残していってもいいんだがな」
ところで、この世のなかには、お互いに口に出して言うことを慎まなければならないことがずいぶんあるものです。
とりわけ足に「幸福のうわおいぐつ」なんかを履いているときは、誰だって余計に注意することが肝心です。
さて、そのとき夜番の身の上に、どんなことが起こったと思いますか?
誰もが知っている通り、蒸気の力で物を運ぶのが早いことはわかっています。
それは鉄道でも試してみたことだし、海の上を汽船で通ってみてもわかります。
ところが蒸気の速力なんて、光が運ぶ速さに比べれば、なまけものがのそのそ歩いているか、カタツムリがむずむず這っているようなものです。
光は、第一流の競走者の千九百万倍も速く走ります。
電気となると、もっと速いのです。
死ぬというのは電気で心臓を撃たれるようなものなので、その電気のつばさに乗って、体を離れた魂は飛んでいくのです。
太陽の光は、二千万マイル以上の旅を、八分と二、三秒で済ませてしまいます。
ところで電気の早飛脚によれば、魂は太陽と同じ道のりを、もっと短い時間で飛んでいってしまいます。
天体と天体のあいだを行き来するのは、同じ町のなかで知っている同士が、いや、もっと近く、ついお隣同士が行き来するのと大して違ったことではありません。
でも、この下界では心臓を電気に撃たれると、体が働かなくなるという危険があるのです。ただ、この夜番のように「幸福のうわおいぐつ」を履いているときだけは、例外でした。
ほんの数秒のうちに、夜番は五万二千マイルもの道のりを駆け抜け、月の世界まで飛んでしまったのです。
そこは地上の世界とは違って、ずっと軽い素材でできていました。まるで降り積もったばかりの雪のように、ふわふわとしています。
夜番は、有名なメードレル博士の「月面大地図」で皆さんもよくご存じの、輪のように連なった山々のひとつに降り立ちました。
山がぐるりと取り囲む内側には、切り立った蜂の巣のような形のくぼみが、何マイルも深く掘り下げられています。
その穴の底に町がありました。その様子を例えるなら、卵の白身を水を入れたコップの中に落としたような雰囲気です。実際に触ってみると、卵の白身のようにぶよぶよと柔らかく、人間の世界にあるような塔や、丸い屋根のお堂、帆のような形をしたテラスが、薄い空気の中で透き通るように浮かんでいました。
その時、私たちが住む地球は、まるで真っ赤に燃える大きな火の玉のように、頭上の空にぶら下がっていました。
夜番はすぐに、たくさんの生き物に出会いました。
彼らはおそらく月の世界の「人間」なのでしょうが、その姿は私たちとは全く違っていました。
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