初級翻訳・幻術天魔太郎 第9話

幻術天魔太郎

天魔太郎は改めて、妹の月子、泉田筑後(いずみだちくご)の娘であるお千代、小僧の虎吉、野州の熊五郎を集めて、これからの活動について相談しました。

「父上、駿河大納言・忠長(ただなが)卿の志を継いで、将軍・家光に思い知らせるためには、八重の守りを打ち破り、千代田の奥へ忍び込んで本懐(ほんかい)を遂げるまで、心外道人(しんげどうじん)の教えに従って、百人の人を助けて徳を積まなければならぬ」

「……」

それは静かな夏の夜でした。八畳間をピタリと閉め切って、天魔太郎は声をひそめます。

「百人の人を助けるといっても、恥を知らない非道の悪人を助けても意味がない。幸い、父上である駿河大納言の家来で、将軍・家光に憎まれて伝馬町(てんまちょう)の牢に一生入れられている者や、徳川に弓を引いて人知れず土牢に入れられている者は少なくない。そのうえ、大阪城の残党や、天草のキリシタン宗徒で、命のある限り逃げ回っている者も大勢いることだろう」

「……」

「その徳川に背いた人々を片っ端から救い出せば、百人にも二百人にも上るはずだ。だが、おれはその仕事を始める前に、もっと痛快で、もっともっと胸のすくような仕事を考えているのだよ」

「それは一体何ですか、教えてくださいよ!」

物好きでは誰にも負けない虎吉が、一番先に膝を乗り出しました。「将軍家光を助けて、父上である駿河大納言に切腹を強いた、将軍家のゴマすり老中たちや、お茶坊主のような腰巾着の家来たちに、一人ずつ辛い目に遭わせてやりたいのだ」

「例えば、どんなふうにですか?」

「松平伊豆守、酒井左衛門尉と、並べれば数え切れないほどいるが、何よりも一番腹が立つのは、国松君と呼ばれた幼い頃から、父上を目の敵にして、とうとう死ぬところまで追い込んだ、大久保彦左衛門だ」

「えっ!」

それを聞いたみんなは、あまりのことに肝を潰しました。
大久保彦左衛門忠教といえば、徳川家康の時代からの名臣で、十六歳のときから戦場での手柄は数知れず、大名に取り立てられてもおかしくない身分でありながら、自ら八千石の旗本という立場に甘んじ、「着座席ご免」の将軍ご意見番として、江戸じゅうの人々に愛されている老武士です。

そんな人気者の老人を、親の仇として狙う天魔太郎にも、それ相応の深い理由がありました。
家光を将軍の後継者として押し立て、駿河大納言忠長を退けたのは、私心はなかったにしても、大久保彦左衛門と春日局の策略でした。忠長の子である天魔太郎からすれば、まさにこれは不倶戴天の親の敵なのです。

このいきさつを、細かく天魔太郎から説明されて、月子もお千代も、虎吉も熊五郎も、ようやく納得しました。

「なるほど、そう聞けばもっともなことです。また火焔車でもけしかけましょうか」

虎吉も、もう太くもない腕をさすりながら乗り気です。

「いや、今度は別の術だ。面白いぞ、虎吉」

天魔太郎は胸の中に何を秘めているのか、満々たる自信を見せました。

大久保彦左衛門は、その夜、机に向かって思い出の戦記を書いていました。
白髪の小さな髷を結い、大きなべっ甲の老眼鏡をかけて、五十年前の出来事を思い出しながら、自分のことはともかく、徳川家のこと、今は亡き戦友たちのことを、せっせと綴っていたのです。
彦左衛門は頑固一徹な武人でしたが、思いのほか文筆の才能に優れており、「三河物語」という名著は、彦左衛門が書いたのだという説もあるほどでした。

彦左衛門は筆を休めると、ポンポンと手を叩きました。
この屋敷には腰元も女中もいるはずがなく、同じ老用人の笹屋喜内(ささやきない)を呼んで、熱い茶を一杯もらおうと思ったのです。
まもなく後ろの唐紙がスーッと開いて、まだ注文もしていないお茶を持ってきて、

「お召し上がりください」

と、そっと膝のそばへ茶碗を滑らせたのは、可愛らしい女の子の声でした。
ハッとして驚き振り返ると、なんとそこにいたのは、髪を切り下げ、紫色の単衣(ひとえ)に赤い帯を締めてはいますが、顔を見ると目も鼻も口もなく、お白粉を塗ったしゃもじに、着物を着せたようなのっぺらぼうだったのです。

「な、何者だ、お前は!」

大久保彦左衛門、さすがに驚きはしませんが、膝を立て直して怒鳴りつけました。
天下に響く三大音と謳われたその大きな声は、たいていの者ならそれだけで目を回すほどでしたが、のっぺらぼうの少女は、

「お化けよ」

と、どこから声が出ているのか、口も目も鼻もない少女が、可愛らしい声で答えるのです。

「おのれ、妖怪め。大久保彦左衛門を侮るなッ」

手を伸ばしてのっぺらぼうの胸ぐらを掴み、引き寄せる勢いでパッと投げ飛ばしました。
年はとってもさすがに非凡な腕前です。まともにいけば、唐紙を突き破って、縁側に叩きつけられていたことでしょう。
ところが、のっぺらぼうは投げられながら二つほど宙返りして、畳の上にヒョイと立ちました。よく見ると、それは違い棚に置いてあったはずの、銀の香炉ではありませんか。

「おじいさん、勇ましいぜ」

見ると反対側から、ハゲ頭の三ツ目小僧が一人、彦左衛門の目の前に来て、ペロリと赤い舌を出すのです。

「おのれッ」

と怒鳴った先から、

「肩でも揉んでやろうか。自慢話ばかり書いていると、疲れるぜ」

振り返ると、カッパ小僧、大天狗、小天狗、官女、ろくろ首、見越し入道……まるで相馬の古御所の妖怪変化が、後ろから、横から、盛り上がるように重なり合って、八畳の部屋いっぱいにひしめき合います。

「や、出たな、化物ども。大久保彦左衛門の腕前を見ろ!」

彦左衛門はもはやこれまでと思い、左側に置いてあった刀を引き抜くやいなや、左から右へ、サッと一薙ぎ、必殺の太刀を振るいました。

「ハッハッハッハ、ハッハッハッ」

部屋中に響き渡る笑い声の大合唱。彦左衛門の一刀は手応えもなく右へと流れ、部屋の中はパッと明るくなり、妖怪変化はおろか、一匹の猫の子さえも消えていなくなりました。

「ハッ、ハッ、ハッ、彦左衛門、怒ったか?」

笑いの合唱は明らかに縁側から庭へと移りました。
一刀を後ろに引いて障子をサッと開くと、どこから射すのか、明るい光の中に、藤色の振袖に精好(せいごう)の袴、気品あふれる少年が一人、灯籠の上に吊り立って、何やら印を結んでいるのです。

「や、おのれか!」「曲者!」

彦左衛門は飛び出して一刀両断に切り捨てようとしましたが、どうしたことでしょう、部屋いっぱいに氷かガラスでも張り巡らされたかのように、手も足も動かせません。

「無礼だぞ、彦左」

灯籠の上の少年は、言うまでもなく天魔太郎です。ここで大久保彦左衛門に恨みを晴らそうとやってきたのですが、この頑固一徹な老武士を目の当たりにすると、心の底から親しみのような感情がわいてきて、死期が近い老人を殺す気にはなれませんでした。

「お前は何者だ」

「その方には主人筋にあたる、駿河大納言の嫡子、天魔太郎だ」

「な、なんと……」

彦左衛門も、さすがに肝を潰したようです。

「あのじじいをやっつけましょうか」

石灯籠の下から、天魔太郎の裾を引いたのは、小僧の虎吉でした。

「いや、放っておけ。

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