初級翻訳・楽聖物語 第49話

楽聖物語

「靴屋の踊りと名歌手の入場」には、コロムビアにワルターが英国の管弦楽団を指揮したものがあります(J八一七五)。
「懸賞の歌」は非常に美しく、一般にも親しまれる歌ですが、不思議なことにこれが良いという決定的なレコードがありません。
『トリスタンとイゾルデ』にはストコフスキーによる「交響的接続曲」がありますが、編集も上手く、指揮も巧みではあるものの、それだけのことであって、劇的な展開やゆとり、ふくらみや余情といったものが失われてしまっています。「前奏曲」と「イゾルデの愛の死」を組み合わせたレコードは、フルトヴェングラーがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したもので、ポリドール盤(60196-7)や、コロムビアの名盤集第三集(S1044-5)に収録されています。
フルトヴェングラーによる「トリスタンとイゾルデ」は、天下一品という評価を受けており、どちらのレコードも素晴らしい出来栄えです。
録音自体はコロムビア盤の方が少し新しいはずです。

ニーベルンゲンの指環

「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の四部から成るこの壮大な楽劇は、レコードでも部分的にたくさん発売されています。
「ワルキューレ」については、ワルターがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、レーマン(ソプラノ)、メルヒオール(テノール)、リスト(バス)が歌う第一幕の全曲盤がコロムビアから出ています(JS6-13)。
これは今日、レコードで聴くことができる演奏としては最高のもので、歌手も指揮者もオーケストラも、ワグナーの魅力を完璧に引き出しています。
他にもストコフスキーが指揮したダイジェスト版があり、古いところではコーツやブレッヒが指揮した全曲盤がビクターにありますが、今となってはわざわざ取り上げるほどのものではありません。
一枚もののレコードでは、ストコフスキー指揮の「魔の火の音楽」(ビクター愛好家協会第六集)や、フラグスタートが歌う「ホー・ヨー・トー・ホー」(ビクターJE128)などがあります。
「ジークフリート」は、バイロイトの祝典レコードのほかに、「森の囁き」をメンゲルベルクがニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したものがビクターにあります(JD1570)。
非常に美しい演奏ですが、少し古くなってきました。
ストコフスキーによるダイジェスト版は、あまりおすすめできません。
「神々の黄昏」も、ストコフスキーの大げさなダイジェスト版以外には、あまり良いレコードがありません。
「ラインの旅」は非常に美しい曲ですが、これはムックがベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮したものがビクターにあります(6859-60)。
「葬送行進曲」もいくつか種類がありますが、やはりムックの指揮したものに心が惹かれます(ビクター6861)。
新しいものとしては、ワルターやフルトヴェングラー、クライバーが指揮したものがあります。

パルジファル

ワグナーの楽劇の最後を飾る頂点であり、非常に静かで深い瞑想に満ちた作品です。
「前奏曲」と「聖金曜日の音楽」は、ビクターからストコフスキー指揮のもの(JD1653-6)、コロムビアからフルトヴェングラー指揮のもの(JS47-9)が出ています。
どちらも名演ですが、アメリカ風の豪華さを売りにしたストコフスキーよりも、フルトヴェングラーの内省的で静かな演奏の方が優れているでしょう。
フルトヴェングラーの「パルジファル」もまた天下一品といえるもので、ストコフスキーほどの技巧派であっても、これほどの境地に達することは難しいはずです。
オーケストラはそれぞれ、フィラデルフィア管弦楽団とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。
他にもコッポラやムック、ボールトが指揮したものがありますが、もはやここで紹介するまでもないでしょう。

ジークフリート牧歌

ワグナーが晩年になり、息子ジークフリートが生まれた喜びのあまり、妻コジマ夫人の誕生日とクリスマスのお祝いを兼ねて作った曲です。クリスマスの朝、小さなオーケストラに自宅の玄関で演奏させ、コジマ夫人を大感激させたというエピソードがあります。
楽劇「ジークフリート」のメロディを使い、ドイツの古い子守唄を織り交ぜた、ワグナーにしては珍しく非常に美しい曲で、隅々まで愛情があふれています。
レコードはいくつもありますが、ワルターがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したコロムビア盤が一番でしょう(J8567-8)。
愛情がたっぷりこもった、とても手際の良い演奏です。
トスカニーニが指揮したものも個性的なレコードですが(ワグナー名曲集)、彼らしい少し素っ気ない雰囲気があるかもしれません。
もう一つ、ワグナーの息子で、すでに亡くなったジークフリート・ワグナー自身が指揮したレコードがビクターにあります(D1297-8)。
彼はあまり指揮が上手ではありませんでしたが、記念品としては非常に興味深いものです。
まとめると、ワグナーのレコードとしては、「バイロイトの祝典レコード」、トスカニーニの「ワグナー名曲集」、ムックが指揮する楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」序曲、「神々の黄昏」、「パルジファル」前奏曲、そしてフルトヴェングラーの「パルジファル」、ワルターの「ワルキューレ」は、絶対に外すことができません。
ストコフスキーのものは技巧的ではありますが、あえて聴かなくてもよいでしょう。

音楽の隠聖フランク

近代音楽の歴史の中で、控えめながらも堂々とそびえ立つセザール・フランクの姿は、尊く、懐かしいものです。
人生の大部分を聖クロティルド教会のオルガン奏者としてひっそりと過ごし、死ぬ直前になってようやく世間から喝采を浴びたフランクこそは、まさに「音楽の聖者」であり、「近代のバッハ」と呼ぶにふさわしい人物だと言えるでしょう。フランクの作品がことごとくカトリックの信仰から生まれており、世俗の人々や音楽界の騒がしい流行を一切気にかけなかったことは、彼が世間に広く知られるのが非常に遅れた原因でもあります。しかし同時にそれは、ルーテル派の信仰に生涯を捧げ、教会のオルガン奏者としての生活に満足しきっていたヨハン・セバスチャン・バッハと、一世紀半という時を超えて通じ合う尊さでもありました。そして、その真摯な態度こそが、最も気高く、最も素晴らしい「真の芸術」を生み出す理由でもあったのです。

フランクの音楽は、どれほど外見が壮麗であっても、かつてのバッハと同じく、深く信仰に根ざしたものでした。言い換えれば、世俗を離れて神を求める心、そして懺悔と救いを求める音楽だったのです。フランクが単なる「美の追求」のためだけに音楽を書くようなことは一度もなかったということは、少しでも彼を知る人なら誰でも納得することでしょう。

例えば、古今のバイオリンとピアノのためのソナタの中でも傑作とされる「ソナタ イ長調」のような、豪華で華やかな曲の中でさえ、フランクは宗教的な情熱と、清らかな歓喜を描かずにはいられなかったのです。

多難の時代

セザール・フランクは、1822年12月10日、ベルギーのリエージュで生まれました。

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