初級翻訳・楽聖物語 第21話

楽聖物語

ベートーヴェンは見た目も冴えず、浮浪人と間違えられて警察に捕まったことがあるほど、粗野な様子をしていたのです。若い頃、女優のマグダレーナ・ウィルマンに結婚を申し込んで「醜いから」という理由で断られたのを手始めに、テレーゼ・フォン・ブルンスウィックや、「月光ソナタ」を捧げたジュリエッタとも交際しましたが、テレーゼの写真を死ぬまで大切に持ち続け、「永遠の恋人」という伝説を残しただけで、結局誰とも結婚はしませんでした。

ベートーヴェンは、一般の女性に好まれるようなタイプの男性ではなく、彼の英雄的な魂について、伝記作家のパウル・ベッカーは「彼は女性のために一生を棒に振るような人間ではなかった」と述べています。

そのうえ、ベートーヴェンの音楽は当時の人々にはなかなか理解されず、文豪ゲーテでさえ「第五交響曲」を聴いて恐怖を感じたほどでしたし、弟子たちでさえ「第九」には不満を漏らしたほどでした。

ベートーヴェンが、長年住み慣れたウィーンに見切りをつけ、ヘンデルやハイドンがかつてそうしたように、イギリスに安住の地を求めようとしたのも、仕方のないことだったのです。

イギリスから送られた前金で、好物の魚を買って食べながら、イギリスでの新しい生活に夢を膨らませていた頃――、ベートーヴェンの体調は、すでに限界を迎えていました。

1827年3月26日、激しい春雷が鳴り響く中、「喜劇は終わった。諸君、喝采したまえ」と言い残し、彼はこの世を去りました。

その翌々日に行われた葬儀には数万人の参列者が集まり、混乱を防ぐために軍隊まで出動しましたが、ベートーヴェン本人がそれを喜んだかどうかは誰にも分かりません。

ベートーヴェンの作品は膨大な数にのぼり、その半分は世界中で愛される傑作や佳作です。

その中から本当に代表的なものを選ぶとすれば、9つの交響曲のうち「第五」「第六」「第九」、32のピアノ・ソナタのうち「熱情」「ワルドシュタイン」「作品109」「110」「111」、10曲のヴァイオリン・ソナタのうち「クロイツェル」、16の弦楽四重奏曲のうち「作品131」「132」「135」、ほかに「皇帝協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「大公トリオ」、そして「荘厳ミサ曲」を数えるべきでしょう。

ベートーヴェンの伝記や音楽について語り尽くすことは不可能です。

しかし、あらゆる芸術の分野を見渡しても、これほどまでに強大な力と情熱を宿した作品は他にない、ということだけは断言できます。

私たち凡人には経験できないような、激しい心の葛藤、深刻な悩み、それを乗り越える意志の力、そして異常なまでの歓喜といったものは、ベートーヴェンの音楽を通して最も深く理解できるはずです。

それは、この世に生まれ、芸術を知る者だけが味わうことのできる、大きな喜びだと言ってもよいでしょう。

**ベートーヴェンの作品とレコード**

ついに私は、ベートーヴェンのレコードについて語る番までやってきました。

ベートーヴェンへの深い尊敬は日本だけの現象ではありませんが、「ベートーヴェンがいなければ西洋音楽は存在しない」と言われるほどの熱狂は、多少行き過ぎだとしても、音楽が人々に広まり、文化に深く浸透していくという点では、実に素晴らしいことだったと思います。

とりわけ日本のような「音楽の処女地」に、急速に良質な芸術音楽を根付かせるために、ベートーヴェンが果たした役割は計り知れません。

彼の英雄的な魂と、力と情熱に満ちた音楽は、どんな人であれ一度聴けば、その世界へ引きずり込まれずにはいられなかったのです。

ここではレコードのことだけに絞ってお話ししますが、世界中の芸術的なレコード(いわゆる名曲レコード)のうち約2割はベートーヴェンの作品であり、レコード売上の半分はベートーヴェンが占めていると言っても過言ではないでしょう。

ベートーヴェンは常に音楽界の頂点に君臨しており、レコード雑誌の質問コーナーに寄せられる投書の半分は、「ベートーヴェンの第五交響曲とヴァイオリン協奏曲のどのレコードを選ぶべきか」という話題で持ち切りなのです。

その膨大なレコードの中から、本当に優れたものを選び出すのは至難の業ですが、その中から代表的な作品の、代表的なレコードだけを挙げていこうと思います。

**交響曲**

まずは9つの交響曲です。

これだけでもすべてのレコードを網羅しようとすれば数十ページは必要になりますので、できるだけ「一曲につき一レコード」という方針で話を進めていきます。

「交響曲第1番 ハ長調 作品21」は、録音の新しいテレフンケン・レーベルのメンゲルベルク指揮を選びましょう(53620-2)。オーケストラはアムステルダムのコンセルトヘボウ管弦楽団です。

続いて、ビクターのトスカニーニがBBC交響楽団を指揮したものは、少し古い録音ですが、聴いていて胸がすくような素晴らしい演奏です(JD1546-9)。

「交響曲第2番 ニ長調 作品36」は、コロムビア・レーベルのワインガルトナーがロンドン交響楽団を指揮した、その穏やかで上品な美しさに惹かれます(JW299-302)。テレフンケンのクライバーによる指揮も、それに続いて注目すべき演奏です。「第三交響曲(英雄)変ホ長調 作品55」はとても重要な作品で、レコードの数も山のようにあります。最近になって、ビクターからはN・B・C交響楽団を指揮したトスカニーニのレコードが、コロムビアからはアメリカのオーケストラを指揮したワルターのレコードが、そしてテレフンケンからはコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したメンゲルベルクのレコードが、なんと3種類も日本で発売されることになりました。
そのどれが一番良いかということは、おそらくこの本が出版される頃には、みんなの大注目の話題になっていることでしょう。
これまで日本で売り出されていた中では、ビクターのメンゲルベルクと、コロムビアのワインガルトナーの演奏がよく話題になっていました。

「第四交響曲 変ロ長調 作品60」には、テレフンケンのコンセルトヘボウを指揮したメンゲルベルクのレコードと、ビクターのBBC交響楽団を指揮したトスカニーニのレコードがありますが、オーケストラのすばらしさから言うと、前のメンゲルベルクの方により大きな魅力があります。

「第五交響曲(運命)ハ短調 作品67」となると、これはもう大変です!
電気での録音が始まってからのレコードだけでも、少なくとも12〜3種類はあって、その一つひとつが、世界の大指揮者たちが気合を入れて録音した名演ばかりなのです。
でも、「時間の経過」というのはすごいもので、少しでも古いものや、いまひとつなものは自然と消えていき、今では第一線で活躍する「第五」のレコードといえば、ワインガルトナー、メンゲルベルク、トスカニーニ、そしてフルトヴェングラーが指揮した4種類のレコードにしぼっても、まったく問題ないでしょう。
この中から、さらに長く聴き継がれるであろう「第五」を選ぼうとすると、結局のところ、10人のうち7、8人までは、トスカニーニかフルトヴェングラーの名前を挙げるはずです。

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