初級翻訳・怪人と少年探偵 第6話

怪人と少年探偵

井上君は、万年筆型の懐中電燈を出して、コンクリートのかべを、てらしていましたが、なにを見つけたのか、「あっ」と、声をたてました。
「あれ、なんだろう?」
 懐中電燈のまるい光が、コンクリートのかべの上のほうを、てらしています。
その光の中に、黒いまるい穴が見えるのです。
直径十五センチぐらいの穴です。
「あっ、ひょっとしたら……」
 ポケット小僧も、あることに気づいて、思わず、さけびました。
ああ、その小さな黒い穴は、いったい、なんだったのでしょうか。

窓の顔

 少年探偵団長の小林少年と、BDバッジを見つけた山村少年は、あのマンホールのちかくにある大きなやしきを、一けん一けん、さぐりあるいていました。
もう太陽がしずみかけて、あたりは、うすぐらくなっていました。
二けんは、なんのあやしいこともなく、いま三げんめのやしきに、しのびこんだところです。
コンクリートべいに、鉄の門がついていて、大きい門はしまっていたが、わきの小さい門が、あいていたので、そこから、しのびこんだのです。
なんだか、あやしげなやしきでした。
庭には、ぼうぼうと草がのびていますし、古ぼけた木造の二階建て洋館は、おばけやしきのように、あれはてています。
門に名札が出ていないので、だれのうちかわかりません。
もしかしたら、あき家かもしれないのです。しかしここには何者かが住んでいるという感じがします。
人間だか、人間でない動物だかわかりませんが、なにかがいるにちがいないと思われました。
小林、山村の二少年は、ポーチのよこの、やぶれたかきねから、うら庭のほうへしのびこんでいきました。
そして、建物を、よこから、ながめたのですが、やっぱり、どの窓もしまったままで、人のけはいはありません。
そのくせ、このうすぐらい建物の中には、なにものかが、うごめいているという感じが、だんだん、つよくなってくるのです。
ふたりは、あれはてた庭の木のしげみにうずくまって、目のまえの建物を、じっと見つめていました。
空はまだ、あかるいのですが、庭は、ほとんど、くらくなり、大きな建物が、黒い怪物のように、そびえているのです。
そのとき、ふたりは、ギョッとして、きき耳をたてました。
とつぜん、家の中から、人の声がひびいてきたからです。
「たすけてえ……、だれかきてえ……」
 二階の窓から、白いものが、のぞきました。
人の顔です。
それも、小さいこどもの顔のようです。
「あっ、女の子だっ」
 小林君が思わず声をたてました。
それは野村みち子ちゃんだったのです。
怪人のすきをうかがって、窓ぎわにかけより、たすけをもとめたのにちがいありません。
しかし、小林君たちは、みち子ちゃんが怪人にかどわかされたことは、すこしも知りませんから、その女の子がだれかは、わからないのですが、いずれにしても、小さい女の子が、たすけをもとめるというのは、ただごとではありません。
この家にあやしいやつが、住んでいることは、もうまちがいないのです。
「たすけてえ……、たすけてえ……」
 また、つんざくような、さけび声。
すると、その少女の顔のうしろから、もう一つの顔が、ヌーッとあらわれたかと思うと、少女をだきすくめるようにして、そのまま、おくへきえていきました。
小林君は、夕やみの中に、その顔を見ました。
それはお面のように、動かない顔でした。
じつに、えたいの知れない、きみのわるい顔だったのです。
「あっ、あの人形みたいな顔。
ひょっとしたら、デパートで人形にばけて、宝石をぬすんだやつかもしれないぞっ」
 小林君は、ハッと、それに気がついたのでした。
水が! 水が!

 二メートル四方ぐらいの、ふかい井戸の底のようなコンクリートの地下室におちこんだ井上少年とポケット小僧は、懐中電灯で、コンクリートの壁の上のほうに、直径十五センチほどの丸い穴があいているのに気づきました。
なんだかきみのわるい穴です。
空気ぬきの穴かとおもいましたが、どうもそうではなさそうです。
いまに、あの穴から、なにかおそろしいものが出てくるのではないかと気が気ではありません。
やがて、ドドドド……と、みょうな音がきこえてきました。
「あっ、そうだ。
やっぱりそうだっ」
 ポケット小僧が、ひとりごとをつぶやきました。
りこうなポケット君は、はやくも、それを察したのです。
穴から、チョロチョロと、なにか、ながれ出してきました。
はじめは、ひかった、ほそいひものように見えましたが、それが、たちまち、ふとくなり、しまいには、しぶきをたてて、まるで発射するようないきおいで、とび出してくるのです。
水です。
水がおそろしいはやさで、あふれ出しているのです。
もう、せまいコンクリートの床が、すっかり水におおわれてしまいました。
「あっ、わかった。
水ぜめだっ」
 ポケット小僧がさけびました。
「えっ、水ぜめって?」
「ぼくらは、水におぼれて、死んでしまうのだよ。
あの穴は、ぼくらの背の倍もある。
水がいっぱいになれば、おぼれてしまうよ」
「きみはおよげるかい」
 井上君が、まっさおになって、ききました。
「およげるよ。
きみは?」
「ぼくのクラスで、いちばんおよぎがうまいんだよ」
 そのとき、頭の上から、大きなわらいごえが、きこえました。
「わはははは……きみたち、せいぜいおよぐんだな。
だが、何時間およげるね。
その水は一日や二日では、ひかないんだぜ。
そんなにながくおよぎつづけられるかね。
わはははは……それじゃ、あばよ」
 人形の顔をもつ怪人が、高いおとし穴の口から、そう言ったかとおもうと、パタンと、そこの戸をしめてしまいました。
その戸は上のへやの床板と見わけられないようにできているので、こんなところに、おとし穴があるなんて、だれにもわからないのです。
いよいよ運のつきです。
丸い穴から、あふれ出す水のいきおいは、すこしもおとろえません。
おそろしい音をたてて、おとし穴の床におち、床にたまる水は、だんだんふかくなっていきます。
水はもう、立っているふたりの、ひざのちかくまでのぼってきました。
まだ秋のはじめですから、つめたくてたまらないほどではありません。ふたりは、いざとなったら泳ぐつもりで、上着やズボンを脱いで、その準備を始めました。
「ぼくたち、助かるだろうか」
井上君が、心細い声をだしました。
「BDバッジを、だれかが見つけて、小林団長に知らせてくれるかどうかで決まるよ。
ぼくは、きっと知らせてくれると思うよ。
あんなにたくさん、ばらまいたんだもの」
ポケット小僧は、井上君を励ますように言うのでした。

警官隊

こちらは、小林少年と、BDバッジを見つけて知らせた山村少年です。
偽のマンホールの近くの家を、かたっぱしから調べて、一軒の怪しげな家に忍び込み、二階の窓から、小さな女の子が助けを求めているのを見ました。
女の子は、すぐに何者かに部屋の奥の方へ引き戻されてしまいましたが、その引き戻した男の顔が、人形のように見えたのです。
「あイツは、新聞で騒がれている人形怪人かもしれないぞ」
小林少年はそう思いましたが、夕暮れの暗い光でちらっと見ただけですから、もっと確かめてみなければなりません。

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