「こんなときの用意に、いいものを持ってきたよ」
小林君はそうささやいて、胸のボタンをはずすと、その中にかくしていた大きな薄べったいものをとりだしました。
それは四十センチ四方ほどの四角なボール紙でした。
その片側に、まっ黒にスミが塗ってあります。
そして、真ん中に直径一センチぐらいの、小さな穴があいているのです。
「それなんですか?」
山村君が、不思議そうな顔をして尋ねました。
「これは、のぞき板っていうんだよ。
七つ道具には入っていないけれども、夜の探偵には役にたつときがある。
ぼくが発明したんだ」
「どうやって使うの?」
「いまにわかるから、見ててごらん。
ほうら、一階のまどにあかりがついた。
外はすっかり夜だからね」
小林君はそう言いながら、明るくなった窓の方へ近づいていきました。
見つかっては大変ですから、五、六メートル離れたところから中をのぞいてみますと、そこは玄関のホールというような広い部屋で、手すりのついた階段が見えています。
「ここがいい、いまにだれか、あの階段をおりてくるかもしれないからね」
小林君はそうささやいて、のぞき板のボール紙を、黒いほうを向こうに向けて顔にあてました。
すると、顔はすっかりかくれてしまいます。
そして、あの小さな穴に目をくっつけて、向こうを見るのです。
「きみは遠くにいたまえ。
ぼくひとりで、のぞくからね」
そう言って窓に近づくと、窓わくの右下のすみにのぞき板をくっつけるようにして、じっと中をのぞきました。
黒くぬったボール紙ですから、中から見るとまっくらな庭と見わけがつきません。
まさか、そんなボール紙を顔にあててのぞいているなんて思いもよらず、うっかり見のがしてしまいます。
小林少年は、うまいことを考えついたものです。
しんぼう強くそうして待っていますと、しばらくして、二階からひとりの男がおりてきました。
さっきのやつにちがいありません。
ああ、やっぱりそうです。
そいつの顔はお能の面のように動かないのです。
人形の顔です。
その男は、小林君がのぞき板でのぞいているのを少しも気づかないで、階段をおりると、ろうかをむこうへまがっていってしまいました。
小林君は窓ぎわをはなれて山村少年のそばによると、ささやきごえで言いました。
「やっぱりそうだった。
ここは人形怪人のすみかにちがいない。
あのマンホールは、この家に通じているんだ。
そして井上君とポケット小僧は、この家のどこかにとじこめられているのかもしれない。
そればかりじゃない。
さっき、たすけをもとめた小さい女の子もいる。
明智先生に電話をかけよう。
そして、警視庁の中村警部に連絡してもらうんだ」
そこで、二少年は、あやしいやしきをぬけ出し、ちかくの町の公衆電話にかけどきまして、明智探偵事務所に電話をかけました。
人形怪人の家から百メートルほどはなれた町角で待っていますと、五分ほどして、二台のパトロール・カーがやってきました。
警視庁の本部から無電の命令をうけて、ちかくの町からかけつけたというのです。
話しているところへ、また一台、また一台、つごう四台のパト・カーが集まったのです。
そして十一人のおまわりさんが車をおりると、人形怪人のやしきへちかづいていきました。
「中村警部も明智探偵といっしょにあとからこられるそうです」
おまわりさんのひとりが、小林君に言いました。
警官隊は表門、裏口、庭の中と分かれ分かれになって、ぐるっとあやしい家をとりかこみました。そして、中村警部たちが来るのを待つことになったのです。
× × × ×
そのとき、落とし穴の中の井上少年とポケット小僧は、抱きあって水の中にたたずんでいました。
上の丸い穴から滝のように流れ落ちる水は、少しも勢いが衰えず、地下室にたまった水は、もうふたりの腰のへんまできていました。
そして、その水面が、ジリリジリリとあがってくるのです。
ああ、もう、おなかまでのぼってきました。
外には警官隊が、なにもしないで待っています。
明智探偵と中村警部は、いつやってくるのでしょうか。
早く、早く。
早くしないと間にあいません。
早くしないと井上君とポケット小僧が、おぼれてしまうではありませんか。
口まで水が
井上君とポケット小僧は、まっくらな、井戸の底のような、コンクリートの地下室に、水につかって立っていました。
上の穴からは、どうどうと、滝のように、水がながれつづけています。
それがせまい地下室にたまって、もう腹のへんまで、つかっているのです。
水はグングン増しています。
もう胸のへんまできました。
井上君は胸のへんですが、からだの小さいポケット小僧は、首まで水につかっているのです。
ふたりは、さっきぬいだ上着とズボンを小さくたたんで、頭の上にのせて、あごから、細引きでしばりました。
懐中電燈も、いつでもとりだせるように、細引きのあいだにさしこみました。
少年探偵団員は、日ごろから、長い細引きを、腰にまきつけて、用意しています。
なにか冒険をやるときには、きっと細引きがいりようだからです。
服を頭の上にくくりつけたのは、その細引きでした。
「井上さん、もうぼくは立っていられないよ」
ポケット小僧が、かなしそうな声を出しました。
「ああ、きみは、背がひくいからね。
水はどこまできた?」
くらやみの中で井上君がたずねます。
「あごまできたよ。
もうじき、口までくるよ。
そうすると、ものも言えないし、いきもできなくなるよ」
「じゃあ、およぐんだよ。
ぼくのからだにつかまってれば、らくだからね。
さあ」
そういって、井上君は両手をさし出しました。
ポケット小僧は、手さぐりで、それにつかまり、足をはなして、水にうきながら、井上君のからだに、だきつきました。
「うん、そうしてればいい。
らくに浮いてるんだよ。
いつまでおよいでいなければならないか、わからないのだからね。
ぼくも、いまに、およぐよ」
そのうちに、水は井上君の首まで、のぼってきました。
「たすけにきてくれるだろうか」
ポケット小僧が、こころぼそい声でいいました。
「きっとくるよ。
こういうときには、あくまで、がんばるんだ。
そうすれば、きっと運がひらけてくるよ」
井上君は、けなげに、こたえました。
「あっ、いけない。
水が口まできた。
もう、ものが言えない。
ぼくもおよぐよ。
からだをくっつけて、浮いていようね」
井上君も、からだを浮かせました。
さむいという気候ではありませんが、やっぱり水の中はつめたいのです。
いつまで、このつめたさを、がまんできるのでしょうか。
人形のへや
小林少年たちが見つけた、あやしい家には、明智探偵と中村警部が、五人の制服警官をつれて、かけつけていました。
まえにきていた十一人のパト・カーの警官とあわせて、警官のかずは十六人です。
小林君から、くわしい話をきくと、すぐに家の中へ、ふみこむことになり、明智探偵と中村警部と小林少年のほかに、八人の警官がつづきました。
のこる八人の警官は、家の表と裏に立ちばんをすることになりましたが、そのうちの三人は、そとのマンホールを見はるのです。
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