初級翻訳・怪人と少年探偵 第11話

怪人と少年探偵

それに、窓がありませんから、中でなにをしていても、外からはわからないのです。
変装箱のむこうに、鏡がかかっています。
怪人は、その鏡にむかって、これから変装をはじめるのです。
「よし、出発してくれ。
ゆっくり走るんだ。
ゆくさきは、練馬区、知っているだろう。
みち子のおやじのうちだ。
野村家だよ」
 怪人は、運転席の部下にめいれいすると、箱の中から一枚の写真をとりだし、それを見ながら、変装にとりかかりました。
その写真は、どうして手にいれたのか、中村警部の半身像でした。
せびろすがたです。
怪人は、化粧筆をとって、いろいろな絵の具をまぜあわせながら、自分の顔をいろどっていくのです。
じつに名人です。
たちまち、顔がかわってきました。
いままでの怪人の顔は消えうせて、まったくべつの顔ができあがったのです。
それは、中村警部とそっくりの顔でした。
それから、写真のせびろと似たような服を箱の中からとり出して、それを見につけました。
「うふふふふ、よくできたぞ。
こんなら、ちょっと見たのじゃ、わからない。
だいじょうぶ、ごまかせる。
これで、野村家へのりこむんだ。
そして、くれないの宝冠を手にいれるのだ。
なんと、ぬけめのない、かんがえじゃないか。
みんなおれのすみかへ、集まっている。
警察も、明智探偵も、少年探偵のチンピラどもも、あすこへ集まって、野村家はからっぽだ。
そのすきをめがけて、宝冠をちょうだいにあがるのだ。
うふふふ……
 そのうえ、中村警部にばけて、先生をあっといわせるのだからな。
われながら、すばらしいおもいつきだよ……おい、もういいから、とばしてくれ。
何分あれば先方につく?
 なに五分。
そうか、もうそんなに来ていたのか。
よし、よし、ともかく、いそいでくれ」

やみの中の口笛

 やがて、葬儀車は、野村さんのやしきのそばにつきました。
怪人は百メートルほどてまえで、車を止めさせると、まず、うしろのとびらを、すこし開いて、あたりに人のいないことをたしかめてから、いきなりパッと、そとへとびだし、そのまま、野村さんの門のほうへ急ぐのでした。
ところが、そのとき車をおりたのは、怪人ひとりではありません。
さいぜんから、ずっと尾行をつづけていた、アケチ一号とよく似た車からも、黒い人影が、とびおりたのです。
みなさんおさっしのとおり、それは小林少年でした。
「中村警部とそっくりだ。
しかし、まさか中村さんが葬儀車にのっているはずはない。
怪人の変装にきまっている。
うまいもんだなあ」
 小林少年も変装の名人でしたが、それだけに、相手のうでまえが、よくわかるのです。
小林少年は、ぴったりと、へいにからだをつけて、くらやみの中をすかしてみました。
野村さんの門は、まだ開いたままです。
中村警部にばけた怪人は、門をくぐって、どうどうと、げんかんのほうへ歩いていきます。
ベルをおすと、書生がドアを開きました。
「わたしは、警視庁の中村です。
みち子ちゃんは、もうかえっているでしょうね。
それについて、ちょっと、ご主人に、お話ししたいことがあるのですが」
 書生は、いちどおくへはいって、すぐにもどってきました。
そして「どうぞ、こちらへ」といって、応接室へ案内するのでした。
小林少年は、怪人がドアの中へ消えるのを見さだめてから、ソッと門内へすべりこみました。門から玄関までは五十メートルもあって、たくさんの木が植えられています。
小林少年は、腰をかがめ、その木のあいだをぬうようにして、裏口とのさかいに近づきました。
そして、やみの中に身をひそめながら、口笛をふきました。
西洋の民謡のひとふしらしく、ヒュー、ヒュー、ヒューッと、なんだかものさびしいメロディです。
おなじふしを、二、三度、くりかえしていると、裏庭とのさかいの戸が、音もなくスーッと開いて、黒い人影があらわれました。
小林少年は、そのほうへ、近づいていきます。
大きいのと、小さいのと、ふたつの影が、かさなりあうように見えました。
なにかひそひそと、ささやいています。
「あいつは、中村警部にばけています。
そして、玄関から、堂々と乗りこみました。
気をつけてください。
おそろしく変装のうまいやつです」
 小林少年のそんなことばが、とぎれとぎれに聞こえてきました。
「ふーん、さすがにあいつだな。
相手にとって、不足はない。
いまに、とっちめてやるから、見ているがいい」
 なんだか、聞いたような声です。
しかし、まっくらで、顔が見えないので、たしかめることができません。
読者のみなさんは、もうとっくに、おわかりですね。
その人は、小林少年と話しおわると、また戸をあけて、裏庭のほうへ、はいっていきます。
小林少年も、そのあとにしたがいました。

一 人二役

 中村警部にばけた怪人は、応接室にはいると、いちどは、いすに腰かけましたが、あんないした書生が「ちょっと、お待ちください」といって、出ていってしまうと、なにを思ったのか、すっと立ちあがって、ろうかへ出ていきました。
そして、うすぐらいろうかのすみに、身をかくすと、ポケットから、ぐにゃぐにゃしたビニールの仮面をとりだして、あたまから、すっぽりとかぶりました。
れいの人形仮面です。
それから、背広の上着をぬぐと、くるっと、うらがえしにして、また、それを着ました。
うらも、おもてと同じように、できている、変装用の上着なのです。
しかも、そのうらがわは、赤のひといろ、まるで道化師のようなまっかな上着でした。
そこへ、ろうかのむこうから、この家の主人の野村さんが、和服すがたでゆったりと、歩いてきました。
みち子ちゃんが、とりもどせたので、すっかり安心しているのです。
それをみると、人形怪人は、ろうかのすみから野村さんの前に、ぬーっと、まっかなすがたを、あらわしました。
「あっ、きみはだれだっ」
 野村さんが、びっくりして、どなりつけました。
「世間では、おれのことを人形怪人といっている。
いうまでもなく、くれないの宝冠を、もらいにきたのだ」
 たしかに人形の顔をもった怪物です。
野村さんは、そいつが、はやくも、この家にあらわれた、すばやさに、おどろいてしまいました。
「中村さん、くせものです。
はやくきてください」
 すぐよこの応接室にいるはずの中村警部に、大声で、よびかけました。
ところが、その中村警部が、じつは、にせもので、仮面をかぶって、ここへあらわれているのですから、いくらよんでも、くるはずはありません。
怪人と野村さんとは、ろうかのまんなかで、むかいあって、つったっていました。
じりっ、じりっと、怪人が、こちらへ近づいてきます。
それにつれて、野村さんは、だんだん、あとずさりをしていくのです。
ふたりの間に、応接室のドアがあります。
やがて、怪人はそのドアのまえに、たどりつきました。
さっと、身をひるがえして、ドアを開き、応接室の中へ、とびこんでいきました。
「やっこさん、警部さんがいるとも知らず、応接室へはいっていったぞ。
いまに、ひどいめにあうだろう」
 野村さんは、そう思って、しばらく、耳をすまして、待っていましたが、なにごともおこりません。

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