地下室は十畳ほどの広さで、四方をコンクリートの壁に囲まれた、以前は物置きにでも使われていたらしい部屋でした。
どこかに階段があるはずだと思って探してみると、大きな木のはしごが、部屋の片方の天井に吊り上げてあるのがわかりました。出入り口を塞いだだけでは足りず、階段まで取り上げてしまうとは、実に用心深いやり方だと言わざるを得ません。この様子では、地下室から逃げ出すことなど思いもよらないのです。
部屋の隅には脚の壊れかけた長イスが置かれ、その上に一枚の古い毛布が丸めてあるほかには、道具らしいものは何一つありません。まるで牢獄のような感じです。小林少年は、その長イスを見て、思い当たることがありました。
「羽柴壮二くんは、きっとこの地下室に監禁されていたんだ。そして、この長イスの上で眠ったに違いない。」
そう思うと何だか懐かしい感じがして、彼は長イスに近づき、クッションを押してみたり、毛布を広げてみたりするのでした。
「じゃあ、ぼくもこのベッドでひと眠りするかな。」
大胆不敵な少年探偵は、そんな独り言を言って、長イスの上にゴロリと横になりました。
万事は夜が明けてからのことです。それまでに十分、鋭気を養っておかねばなりません。なるほど理屈はその通りですが、この恐ろしい境遇にあって、のんきにひと眠りするなんて、普通の少年にはとても真似のできないことでした。
「ピッポちゃん、さあ、眠ろうよ。そして、面白い夢でも見ようよ。」
小林少年は、ピッポちゃんの入っているカバンを大事そうに抱いて、闇の中に目を閉じました。そうしてまもなく、長イスの寝台の上から、すやすやと、さも安らかな少年の寝息が聞こえてくるのでした。
伝書バト
小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。
「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へんに明るいなあ。」
殺風景なコンクリートの壁や床が、ほんのりと、うす明るく見えています。
地下室に日がさすはずはないのだがと、なおも見まわしていますと、ゆうべは少しも気づきませんでしたが、いっぽうの天井に近く、明りとりの小さな窓がひらいていることがわかりました。
その窓は三十センチ四ほうほどの、ごく小さいもので、そのうえ太い鉄ごうしがはめてあります。
地下室の床からは、三メートル近くもある高いところですけれど、外から見れば、地面とすれすれの場所にあるのでしょう。
「はてな、あの窓から、うまく逃げだせないかしら。」
小林君はいそいで長イスから起きあがり、窓の下に行って、明るい空を見あげました。
窓にはガラスがはめてあるのですが、それがわれてしまって、大声にさけべば、外を通る人に聞こえそうにも思われるのです。
そこで、今まで寝ていた長イスを、窓の下へおしていって、それを踏み台に、のびあがってみましたが、それでもまだ窓へとどきません。
子どもの力で重い長イスをたてにすることはできないし、ほかに踏み台にする道具とても見あたりません。
では、小林君は、せっかく窓を発見しながら、そこから外をのぞくことも、できなかったのでしょうか。
いやいや、読者諸君、ご心配にはおよびません。
こういうときの用意に、なわばしごというものがあるのです。
少年探偵の七つ道具は、さっそく使い道ができたわけです。
彼はカバンから絹ひものなわばしごをとりだし、それをのばして、カウ・ボーイの投げなわみたいにはずみをつけ、いっぽうのはしについているかぎを、窓の鉄ごうしめがけて投げあげました。
三度、四度失敗したあとで、ガチッと、手ごたえがありました。
かぎはうまく一本の鉄棒にかかったのです。
なわばしごといっても、これはごくかんたんなもので、五メートルほどもある、長いじょうぶな一本の絹ひもに、二十センチごとに大きなむすび玉がこしらえてあって、そのむすび玉に足の指をかけて、よじのぼるしかけなのです。
小林君は腕力ではおとなにおよびませんけれど、そういう器械体操めいたことになると、だれにもひけはとりませんでした。
彼は、なんなくなわばしごをのぼって、窓の鉄ごうしにつかまることができました。
ところが、そうしてしらべてみますと、失望したことには、鉄ごうしは深くコンクリートにぬりこめてあって、万能ナイフぐらいでは、とてもとりはずせないことがわかりました。
では、窓から大声に救いをもとめてみたらどうでしょう。
いや、それもほとんど見こみがないのです。
窓の外は荒れはてた庭になっていて草や木がしげり、そのずっと向こうにいけがきがあって、いけがきの外は道路もない広っぱです。
その広っぱへ、子どもでも遊びに来るのを待って、救いをもとめれば、もとめられるのですが、そこまで声がとどくかどうかも、うたがわしいほどです。
それに、そんな大きなさけび声をたてたのでは、広っぱの人に聞こえるよりも先に、二十面相に聞かれてしまいます。
いけない、いけない、そんな危険なことができるものですか。
小林少年は、すっかり失望してしまいました。
でも失望のなかにも、一つだけ大きな収穫がありました。
といいますのは、今の今まで、この建物がいったいどこにあるのか、少しも見当がつかなかったのですが、窓をのぞいたおかげで、その位置がハッキリとわかったことです。
読者諸君は、ただ窓をのぞいただけで、位置がわかるなんてへんだとおっしゃるかもしれません。
でも、それがわかったのです。
小林君はたいへん幸運だったのです。
窓の外、広っぱのはるかむこうに、東京にたった一ヵ所しかない、きわだって特徴のある建物が見えたのです。
東京の読者諸君は、戸山ヶ原にある、大人国のかまぼこをいくつもならべたような、コンクリートの大きな建物をごぞんじでしょう。
じつにおあつらえむきの目じるしではありませんか。
少年探偵は、その建物と賊の家との関係を、よく頭に入れて、なわばしごをおりました。
そして、いそいで例のカバンをひらくと、手帳と鉛筆と磁石とをとりだし、方角をたしかめながら、地図を書いてみました。
すると、この建物が、戸山ヶ原の北がわ、西よりの一隅にあるということが、ハッキリとわかったのでした。
ここでまた、七つ道具の中の磁石が役にたちました。
ついでに時計を見ますと、朝の六時を、少しすぎたばかりです。上の部屋がひっそりしている様子では、二十面相はまだ熟睡しているのかもしれません。
「ああ、残念だなあ。せっかく二十面相の隠れ家を突き止めたのに、その場所がちゃんとわかっているのに、賊を捕まえることができないなんて」
小林君は小さな拳を握りしめて、悔しがりました。
「僕の体が、童話の仙女みたいに小さくなって、羽が生えて、あの窓から飛び出せたらなあ。そうすれば、すぐに警視庁へ知らせて、おまわりさんを案内して、二十面相を捕まえてしまうんだがなあ」
彼は、そんな夢のようなことを考えてため息をついていましたが、ところが、その妙な空想がきっかけになって、ふと、すばらしい名案が浮かんだのです。
「なんだ、僕は馬鹿だなあ。そんなことわけなくできるじゃないか。
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