箱の中に横たわっていたのは、本当にただの人形だったのでしょうか? もしかしたら、あの魔法使いのおじいさんが、ルミちゃんを人形にしてしまったのではないでしょうか? お姉さま人形の紅子さんは、だんだん体が硬くなっていって、しまいには本当のお人形になってしまうのだと言いました。それと同じことが、ルミちゃんの体にも起こったのではないでしょうか。
お父さんとお母さんは、ともかくも、ルミちゃん人形が入った箱を奥座敷に運ばせると、その前に座って、心配そうに顔を見合わせながら考え込んでいました。するとそのとき、隣の部屋にある電話のベルがけたたましく鳴り響いたので、甲野さんが受話器を耳に当てました。お母さんがこちらから見ていますと、受話器を取った甲野さんの顔がサッと青ざめ、ギョッとしたように目が大きく見開かれるのが、よくわかりました。
「き、きみは、いったい、だれだっ?」
甲野さんが、どもりながら怒鳴りつけました。受話器を持つ手が、ぶるぶる震えています。
(小林少年)
甲野さんがびっくりしたのは、無理もありません。受話器からは、実に恐ろしい言葉が聞こえてきたのです。
「甲野光雄さんかね。わしは黒沢というものだ。きみのルミちゃんは、わしが預かっている。なぜ預かっているかは、言うまでもないことだ。きみから身代金をちょうだいしたいからだ。一千万円でよろしい。それも、どこそこへ持ってこいというのじゃない。わしのほうから取りに行く。きみの書斎の机の引き出しへ、札束を入れておけばよろしい。明日の夜十時に、きっと取りに行く。そのとき、警察などを呼んでわしを捕まえようとしたら、ルミは本当に人形になってしまうぞ。わしは、生きた人間で人形をつくる方法を心得ているからね。そして、どこかのショーウィンドーに飾るのだ。それがいやだったら、わしを捕らえようとしてはいけない。わかったかね。明日の晩は、別にわしの入る入口を用意しておいてくれなくてもよろしい。いくら鍵がかかっていても、わしには自由に開く力があるのだ。それじゃ、約束したよ。もし、このわしの指図に従わなかったら、ルミが人形になるのだ。わかったね」
そして、こちらが何も答えないうちに、電話が切れてしまいました。
「まあ、あなた、今の電話、誰からでしたの? あなたのお顔、真っ青ですわ」
ルミちゃんのお母さんが、自分も青くなって、心配そうに尋ねました。甲野さんは女中さんたちを遠ざけておいて、お母さんに電話の意図を話して聞かせました。
「警察に届けるのが当たり前だが、そうすると新聞に書き立てられる。身代金を渡そうとしても、渡せなくなる。あいつは逆上して、ルミをどんな目に合わせるかもしれない。それよりも、わしはそっと私立探偵に頼もうと思う。明智小五郎という名探偵がいる。わしの友だちが世話になったことがあるので、明智さんの腕前はよく知っている。一千万円が惜しいのではない。ルミの命が一千万円で買えるなら安いものだ。しかし、何もしないで相手の言うままになるのも残念だし、金だけ取られてルミが帰ってこなかったら大変だ。それで、腕のある探偵に頼んで、そういうことがないように、よく相談しようと思うのだよ」
甲野さんの言うことはもっともなので、お母さんもそれに賛成しました。そこで甲野さんは、奥まった部屋の別の電話で明智探偵事務所を呼び出しますと、子どもらしい声が電話口に出ました。
「明智先生は事件で旅行中です。四〜五日お帰りになりません。急ぎのご用ですか?」
「実は、非常に重大な、急ぎの用件なのですが、困ったな」
「では、ぼくがお伺いしましょうか」「ぼく、先生から留守中のことを任されている、小林というものです」
「ああ、きみが、うわさに聞いている小林君ですか。それじゃあ、すぐ来てくれませんか」
甲野さんは、小林少年の手柄話をいろいろ聞いていました。それに、小林少年に会えば、明智探偵の旅行先もわかり、電話で相談することもできるのですから、ともかく来てもらうことにして、道の順を教えました。麹町アパートの明智探偵事務所と、赤坂の甲野さんの家とはごく近いので、それから二十分もたったころには、応接間のテーブルを囲んで、甲野さん夫婦と小林少年とが、ひそひそ話をしていました。
「電話でも黒沢と名乗っていたが、これはどうも偽名らしい。ルミの友だちが、『青山の黒沢』といったのを覚えていたので、警察では、青山辺りを手をつくして調べたが、黒沢という家は発見できなかったのです」
甲野さんが説明しますと、小林少年は、しばらく考えていましたが、
「ルミちゃんの人形は、運送屋が運んできたのですね。お宅の方で、その運送屋の名を覚えている人はないでしょうか」
「それは女中さんが知っているかもしれません」
そこで、女中さんたちを呼んで尋ねてみますと、荷物を受け取った女中さんは、運送屋が送り状を残していかなかったので、名前は覚えていないと答えましたが、もう一人の女中さんが、大変物覚えがよくて、トラックの横に大きく書いてあった運送屋の名を覚えていました。それは「木の宮運送店」というのでした。
「珍しい名前ですから、同じ店がたくさんあるはずはありません。電話帳を見ればわかるでしょう。ぼくは、ともかくその運送店を探ってみます。それから、明智先生に電話で相談したうえで、今日のうちに、人形じいさんの家へ忍び込んでみます。いまはまだ二時ですから、十分時間があります。それには、このままの姿ではだめです。ぼく、女の子に変装します。そして、人形じいさんと知恵くらべをやるのです」
てきぱきと、こともなげに言う小林君の顔を、甲野さんは感心して見つめていましたが、
「あんたが女の子に化けるんだって? 相手に気づかれないように、そんな変装ができるかしら」
と、心配らしく尋ねました。
「だいじょうぶです。ぼく、何度もやったことがあるんです。いつも、ばれたことはありません。ぼくの体に合う女の子の洋服も和服も、いつでも使えるように、事務所にちゃんと用意してあります」
「それならいいが、いずれにしても、明智先生に電話で相談のうえでやってくださいよ。もし、相手に気づかれたら、ルミがどんなことになるかわからないのだからね。わしのほうは、明日の晩までに、一千万円の現金を用意しておきます。金を渡すのは、少しも惜しいわけではない。ただ悪人をそのままほうっておくのが残念なのです。それで、ルミを取り返したあとで、そいつを捕まえてやりたいのですよ」
「わかりました。ですから、ぼくは、甲野さんとはなんの関係もないものとして、探偵します。お金を取りに来る邪魔などは、決してしません。ただ、相手の住みかをつきとめておいて、ルミちゃんが帰ってこられたあとで、警察に連絡するつもりです。そして、捕まえてもらいます」
「では、やってみてください。くれぐれも、相手にさとられないようにね」
そこで、小林少年はいとまを告げると、急いで明智探偵事務所へ引き返しました。
お化け屋敷
小林少年は事務所に帰ると、木の宮運送店の住所を調べ、電話で明智探偵の大人の助手を呼び、その店を調べてもらうことにしました。
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