僕にはピッポちゃんという飛行機があるじゃないか」
それを考えると、うれしさに顔が赤くなって、胸がドキドキと踊りだすのです。
小林君は興奮に震える手で、手帳に賊の巣窟の位置と、自分が地下室に監禁されていることを記し、その紙をちぎって細かく折りたたみました。
それから、カバンの中の伝書バトのピッポちゃんを出して、その足に結びつけてある通信筒の中へ、今の手帳の紙を詰め込み、しっかりとふたを閉めました。
「さあ、ピッポちゃん、とうとう君が手柄を立てるときがきたよ。しっかりするんだぜ。道草なんか食うんじゃないよ。いいかい。そら、あの窓から飛び出して、早く奥さんのところへ行くんだ」
ピッポちゃんは、小林少年の手の甲にとまって、かわいい目をキョロキョロさせてじっと聞いていましたが、ご主人の命令がわかったものと見えて、やがて勇ましく羽ばたきして、地下室の中を二〜三度行ったり来たりすると、ツーッと窓の外へ飛び出してしまいました。
「ああ、よかった。十分もすれば、ピッポちゃんは明智先生のおばさんのところへ飛んでいくだろう。おばさんは僕の手紙を読んで、さぞびっくりなさるだろうなあ。でも、すぐに警視庁へ電話をかけてくださるにちがいない。それから警官がここへ駆けつけるまで、三十分かな? 四十分かな? なんにしても、今から一時間のうちには、賊が捕まるんだ。そして僕は、この穴ぐらから出ることができるんだ」
小林少年は、ピッポちゃんの消えていった空を眺めながら、夢中になってそんなことを考えていました。
あまり夢中になっていたものですから、いつのまにか天井の落とし穴のふたが開いたことを、少しも気づきませんでした。
「小林君、そんなところで何をしているんだね」
聞き覚えのある二十面相の声が、まるで雷のように少年の耳を打ちました。
ギョッとしてそこを見上げますと、天井にポッカリあいた四角な穴から、昨夜のままの白髪頭の賊の顔が、逆さまになって覗いていたではありませんか。
アッ、それじゃ、ピッポちゃんが飛んでいくのを見られたんじゃないかしら。
小林君は、思わず顔色を変えて賊の顔を見つめました。
奇妙な取り引き
「少年探偵さん、どうだったね、昨夜の寝心地は。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶら下がっているじゃないか。ははあ、用意の縄ばしごというやつだね。感心、感心、君は実に考え深い子供だねえ。だが、その窓の鉄棒は、君の力じゃ外せまい。そんなところに立って、いつまで窓をにらんでいたって逃げ出せっこはないんだよ。気の毒だね」
賊は、憎々しげにあざけるのでした。
「やあ、おはよう。僕は逃げ出そうなんて思ってやしないよ。居心地がいいんだもの。この部屋は気に入ったよ。僕はゆっくり滞在するつもりだよ」
小林少年も負けてはいませんでした。
今、窓から伝書バトを飛ばしたのを賊に感づかれたのではないかと胸をドキドキさせていたのですが、二十面相の口ぶりではそんな様子も見えませんので、すっかり安心していました。
ピッポちゃんさえ無事に探偵事務所へついてくれたら、もうしめたものです。
二十面相がどんなに毒づいたって、なんともありません。最後の勝利はこっちのものだとわかっているからです。
「居心地がいいんだって? ハハハ……、ますます感心だねえ。さすがは明智の片腕といわれるほどあって、いい度胸だ。だが小林君、少し心配なことがありゃしないかい。え、君はもうおなかがすいている時分だろう。餓死してもいいというのかい」
何を言っているんだ。今にピッポちゃんの報告で、警察からたくさんのおまわりさんが駆けつけてくるのも知らないで。
小林君は何も言わないで、心の中であざ笑っていました。「ハハハ……、少ししょげたようだね。いいことを教えてやろうか。きみは代価を払うんだよ。そうすれば、おいしい朝ご飯を食べさせてあげるよ。いやいや、お金じゃない。食事の代価というのはね、きみの持っているピストルだよ。そのピストルを、おとなしくこっちへ引き渡せば、コックに言い付けて、さっそく朝ご飯を運ばせるんだがねえ」
賊は大きなことは言うものの、やはりピストルを気味悪がっているのでした。それを食事の代価として取り上げるとは、うまいことを思いついたものです。小林少年は、やがて救い出されることを信じていましたから、それまで食事を我慢するのはなんでもないのですが、あまり平気な顔をしていて、相手に疑いを起こさせてはまずいと考えました。それに、どうせピストルなどに、もう用事はないのです。
「残念だけれど、きみの申し出に応じよう。本当は、おなかがペコペコなんだ」
わざと、悔しそうに答えました。賊は、それをお芝居とは気付かず、計略が図に当たったとばかり、得意になって、「ウフフフ……、さすがの少年探偵も、ひもじさにはかなわないと見えるね。よしよし、今すぐに食事を下ろしてやるからね」と言いながら、落とし穴を閉めて姿を消しましたが、やがて、何かコックに命じているらしい声が、天井からかすかに聞こえてきました。
あんがい食事の用意が手間取って、ふたたび二十面相が、落とし穴を開けて顔を出したのは、それから二十分もたったころでした。
「さあ、あたたかいご飯を持ってきてあげたよ。が、まず代価のほうを、先にちょうだいすることにしよう。さあ、この籠にピストルを入れるんだ」
綱のついた小さな籠が、スルスルと降りてきました。小林少年が、言われるままにピストルをその中へ入れますと、籠は手早く天井へたぐり上げられ、それから、もう一度降りてきたときには、その中に湯気の立っているおにぎりが三つと、ハムと、生卵と、お茶の瓶とが並べられていました。とりこの身分にしては、なかなかのごちそうです。
「さあ、ゆっくり食べてくれたまえ。きみのほうで代価さえ払ってくれたら、いくらでもごちそうしてあげるよ。お昼のご飯には、今度はダイヤモンドだぜ。せっかく手に入れたのを、気の毒だけれど、一粒ずつちょうだいすることにするよ。いくら残念だと言って、ひもじさには代えられないからね。つまり、そのダイヤモンドを、すっかり返してもらうというわけなんだよ。一粒ずつ、一粒ずつ、ハハハ……、ホテルの主人も、なかなか楽しみなものだねえ」
二十面相は、この奇妙な取り引きが、愉快でたまらない様子でした。しかし、そんな気の長いことを言っていて、本当にダイヤモンドが取り返せるのでしょうか。その前に、彼自身がとりこになってしまうようなことはないでしょうか。
小林少年の勝利
二十面相は、落とし戸のところにしゃがんだまま、今、取り上げたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、得意の絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかって楽しもうと、何か言いかけたときでした。バタバタと二階から駆け下りる音がして、コックの恐怖に引きつった顔が現れました。
「たいへんです……。自動車が三台、お巡りさんがうじゃうじゃ乗っているんです……。二階の窓から見ていると、門の外で止まりました……。早く逃げなくっちゃ」
ああ、はたしてピッポちゃんは使命を果たしたのでした。そして、小林君の考えていたよりも早く、もう警官隊が到着したのでした。
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