初級翻訳・怪人二十面相 第5話

怪人二十面相

賊はその掛け金を外し、ガラス戸を開けてヒラリと窓枠にまたがったかと思うと、

「これ、壮二君のおもちゃにでもあげてください。ぼくは人殺しなんてしませんよ。」

と笑いながら、ピストルを部屋の中へ投げ込み、そのまま姿を消してしまいました。二階から庭へと飛び降りたのです。

壮太郎氏は、またしても出し抜かれました。ピストルはおもちゃだったのです。さっきからずっと、おもちゃのピストルにおびえて、人を呼ぶことすらできなかったのでした。しかし、読者諸君は覚えているでしょう。賊が飛び降りた窓というのは、少年壮二君が夢に見たあの窓です。その下には、壮二君が仕掛けておいた鉄の罠が、ノコギリのような口を開けて獲物を待ち構えているはずです。夢は正夢でした。すると、もしかしたら、あの罠も何かの役に立つのではありますまいか。ああ、もしかしたら!

◇

賊がピストルを投げ出して外へ飛び降りるのを見ると、壮太郎氏はすぐさま窓のところへ駆けつけ、暗い庭を見下ろしました。暗いといっても、庭にはところどころに公園の常夜灯のような電灯がついているので、人の姿が見えないほどではありません。

賊は飛び降りた拍子に一度倒れた様子でしたが、すぐにムクムクと起き上がると、ものすごい勢いで駆け出しました。ところが案の定、彼は例の花壇へと飛び込んだのです。そして、二、三歩花壇の中を走ったかと思うと、たちまち「ガチャン」という激しい金属の音がして、賊の黒い影はもんどり打って倒れました。

「誰かいないか! 賊だ! 賊だ! 庭へ回れ!」

壮太郎氏が大声で怒鳴りました。もし罠がなかったら、すばしっこい賊はとっくに逃げ去っていたことでしょう。壮二君の子供らしい思いつきが、偶然にも功を奏したのです。

賊が罠を外そうともがいている間に、四方から人々が駆けつけました。背広を着たお巡りさんたち、秘書たち、それから運転手、総勢七人です。壮太郎氏も急いで階段を降り、近藤老人とともに階下の窓から電灯を庭に向けて、捕り物の手助けをしました。ただ妙に思われたのは、せっかく買い入れた猛犬のジョンが、この騒ぎに姿を現さないことでした。もしジョンが加勢してくれたら、万が一にも賊を取り逃がすようなことはなかったでしょうに。二十面相がやっとのことで罠を外し、身を起こしたときには、懐中電灯を手に持った追っ手たちが、もう十メートルという至近距離まで迫っていました。
それも一方向からではありません。右からも、左からも、正面からもです。
賊は黒い風のように走りました。
いや、弾丸のようにと言ったほうがいいかもしれません。
追っ手の作る輪の一角を突破すると、庭の奥へと駆け込みました。
この庭は公園のように広大です。
築山があり、池があり、森のような木立が広がっています。
暗闇の中ですから、七人の追っ手をもってしても、決して十分な人数とは言えません。
ああ、こんなとき、ジョンさえいてくれたら……。
しかし、追っ手たちは必死でした。
とりわけ三人の警察官は、犯人逮捕にかけては腕に覚えのある強者たちです。
賊が築山の上の茂みの中へ駆け上がったのを見るやいなや、平地を走って築山の向こう側へ先回りしました。
後ろからの追っ手と挟み撃ちにしようというわけです。
こうしておけば、賊は塀の外へ逃げ出すことはできません。
それに、庭を取り囲むコンクリート塀は高さが四メートルもあり、梯子でも持ち出さない限り、乗り越える術はないのです。

「あっ、いたぞ! 賊はここにいる!」

秘書の一人が、築山の上の茂みの中で叫びました。
懐中電灯の丸い光が、四方からそこへ集中します。
茂みは昼間のように明るくなりました。
その光の中を、賊は背中を丸め、築山の右手の森のような木立へと、まるでボールのように駆け下りていきます。

「逃がすな! 山を降りたぞ!」

大木の木立の中を、懐中電灯の光がチラチラと、美しく走り回ります。
庭が非常に広く、樹木や岩石が多いこと、そして賊の逃走が巧みなために、相手の背中を目の前に見ながらも、どうしても捕まえることができません。
そうこうしているうちに、電話での急報を受けて近くの警察署から数名の警官が駆けつけ、ただちに塀の外を固めました。
賊はいよいよ袋のネズミです。
邸内では、それからもしばらくの間、恐ろしい鬼ごっこが続きましたが、そのうちに、追っ手たちはふと賊の姿を見失ってしまいました。
賊はすぐ前を走っていたはずなのです。
大きな木の幹を縫うようにして、チラチラと見え隠れしていたはずなのに、それが突然、消え失せてしまったのです。
木立を一本一本、枝の上まで照らして探しましたけれど、どこにも賊の姿はありません。
塀の外には警官の見張りがいます。
建物のほうも、洋館はもちろん、日本座敷の雨戸も開け放たれ、家中の電灯が明るく庭を照らしているうえに、壮太郎氏、近藤老人、壮二君をはじめ、お手伝いさんたちまでもが縁側に並んで庭の捕り物を眺めているのですから、そちらへ逃げるわけにもいきません。
賊は庭園のどこかに、身をひそめているに違いありません。
それなのに、七人もの人間がいくら探しても、その姿を発見することができないのです。
二十面相はまたしても、忍術を使ったのではないでしょうか。
結局、夜が明けるのを待ってから探し直すほかない、という結論に至りました。
表門と裏門、それに塀の外の見張りさえ厳重にしておけば、賊は袋のネズミですから、朝まで待っても大丈夫だというのです。
そこで追っ手たちは、邸外の警官隊を助けるために庭から引き上げたのですが、ただひとり、松野という自動車の運転手だけが、まだ庭の奥に残っていました。
森のような木立に囲まれて、大きな池があります。
松野運転手は人々に遅れてその池の岸を歩いていたとき、ふと奇妙なものに気づきました。
懐中電灯に照らし出された池の水際には落ち葉がいっぱい浮かんでいましたが、その落ち葉の間から、一本の竹切れが少しだけ顔を出し、ユラユラと動いているのです。
風のせいではありません。
波もないのに、竹切れだけが妙に揺れ動いているのです。
松野の頭に、ある非常に突飛な考えが浮かびました。
みんなを呼び戻そうかと思ったほどです。
しかし、それほどの確信はありません。
あまりに信じがたいことなのです。
彼は電灯を照らしたまま、池の岸にしゃがみ込みました。
そして、恐ろしい疑いを晴らすために、奇妙なことを始めたのです。
ポケットを探って鼻紙を取り出すと、それを細く裂いて、そっと池の中の竹切れの上に持っていきました。
すると、不思議なことが起こりました。
薄い紙切れが、竹の筒の先でふわふわと上下に動き始めたではありませんか。
紙がそんなふうに動くからには、竹の筒から空気が出たり入ったりしているに違いありません。
まさかそんなことが、と松野は自分の想像を信じることができません。
でも、この確かな証拠をどうすればいいのでしょうか。命のない竹切れが、呼吸をするはずなどありません。
冬ならば、少し考えにくいことです。
しかしそれは、前にも申しましたとおり十月のことで、それほど寒い気候ではありません。

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