初級翻訳・怪人二十面相 第14話

怪人二十面相

地下室で、この騒ぎを聞きつけた少年探偵は、うれしさで飛び立つばかりです。この不意打ちには、さすがの二十面相も仰天しないではいられません。

「なに?」

と、うめいて、スックと立ち上がると、落とし戸を閉めることも忘れて、いきなり表の入り口へ駆け出しました。でも、もうそのときは遅かったのです。入り口の戸を、外からはげしくたたく音が聞こえてきました。戸のそばに設けてある覗き穴に目を当ててみますと、外は制服警官の人だかりでした。

「ちくしょうっ」

二十面相は、怒りに身をふるわせながら、こんどは裏口に向かって走りました。しかし、中途までも行かぬうちに、その裏口のドアにも、はげしくたたく音が聞こえてきたではありませんか。賊の巣窟は、今や警官隊によって、まったく包囲されてしまったのです。

「かしら、もうだめです。逃げ道はありません」

コックが絶望の叫びを上げました。

「しかたがない、二階だ」

二十面相は、二階の屋根裏部屋へ隠れようというのです。

「とてもだめです」すぐ見つかってしまいます。」

コックは泣きだしそうな声でわめきました。
賊はそれにかまわず、いきなり男の手をとって、ひきずるようにして、屋根裏部屋への階段をかけあがりました。
ふたりの姿が階段に消えるとほどなく、表口のドアがはげしい音をたてて、たおれたかとおもうと、数名の警官が屋内になだれこんできました。
それとほとんど同時に、裏口の戸もあいて、そこからも数名の制服警官。
指揮官は、警視庁の鬼とうたわれた中村捜査係長その人です。
係長は、表と裏の要所要所に見はりの警官を立たせておいて、残る全員をさしずして、部屋という部屋をかたっぱしから捜索させました。

「あっ、ここだ。ここが地下室だ。」

ひとりの警官が例のおとし戸の上でどなりました。
たちまちかけよる人々。そこにしゃがんで、うす暗い地下室をのぞいていたひとりが、小林少年の姿をみとめて、
「いる、いる。きみが小林君か。」
と呼びかけますと、待ちかまえていた少年は、
「そうです。早くはしごをおろしてください。」
と叫ぶのでした。

いっぽう、階下の部屋部屋は、くまなく捜索されましたが、賊の姿はどこにも見えません。

「小林君、二十面相はどこへ行ったか、きみは知らないか。」

やっと地下室からはいあがった、異様な身なりの少年をとらえて、中村係長があわただしくたずねました。

「つい今しがたまで、このおとし戸のところにいたんです。外へ逃げたはずはありません。二階じゃありませんか。」

小林少年のことばが終わるか終わらぬかに、その二階からただならぬさけび声がひびいてきました。

「早く来てくれ、賊だ、賊をつかまえたぞ!」

それっというので、人々はなだれをうって、廊下の奥の階段へ殺到しました。
ドカドカというはげしい靴音。階段をあがると、そこは屋根裏部屋で、小さな窓がたった一つ、まるで夕方のようにうす暗いのです。

「ここだ、ここだ。早く加勢してくれ。」

そのうす暗い中で、ひとりの警官が、白髪・白ひげの老人を組みしいて、どなっています。
老人はなかなか手ごわいらしく、ともすればはねかえしそうで、組みしいているのがやっとのようすです。
先にたった二、三人が、たちまち老人に組みついていきました。
それを追って、四人、五人、六人、ことごとくの警官が折りかさなって、賊の上におそいかかりました。
もうこうなっては、いかな凶賊も抵抗のしようがありません。
みるみるうちに高手小手にいましめられてしまいました。

白髪の老人が、グッタリとして、部屋のすみにうずくまったとき、中村係長が小林少年をつれてあがってきました。首実検のためです。

「二十面相は、こいつにちがいないだろうね。」

係長がたずねますと、少年はそくざにうなずいて、

「そうです。こいつです。二十面相がこんな老人に変装しているのです。」

と答えました。

「きみたち、そいつを自動車へ乗せてくれたまえ。ぬかりのないように。」

係長が命じますと、警官たちは四ほうから老人をひったてて、階段をおりていきました。

「小林君、大手がらだったねえ。外国から明智さんが帰ったら、さぞびっくりすることだろう。相手が二十面相という大物だからねえ。あすになったら、きみの名は日本中にひびきわたるんだぜ。」

中村係長は少年名探偵の手をとって、感謝にたえぬもののように、にぎりしめるのでした。

かくして、たたかいは、小林少年の勝利に終わりました。
仏像は、最初からわたさなくてすんだのですし、ダイヤモンドは六個とも、ちゃんとカバンの中におさまっています。
勝利も勝利、まったく申しぶんのない勝利でした。
賊は、あれほどの苦心にもかかわらず、一物をも得ることができなかったばかりか、せっかく監禁した小林少年は救いだされ、彼自身は、とうとう、とらわれの身となってしまったのですから。

「ぼく、なんだかうそみたいな気がします。二十面相に勝ったなんて。」

小林君は、興奮に青ざめた顔で、何か信じがたいことのようにいうのでした。

しかし、ここに一つ、賊が逮捕されたうれしさのあまり、少年探偵がすっかり忘れていたことがらがあります。
それは二十面相のやとっていたコックのゆくえです。
彼は、いったいどこへ雲がくれしてしまったのでしょう。
あれほどの家さがしに、まったく姿を見せなかったというのは、じつに、ふしぎではありませんか。
逃げるひまがあったとは思われません。
もしコックに逃げるよゆうがあれば、二十面相も逃げているはずです。
では、彼はまだ屋内のどこかに身をひそめているのでしょうか。
それはまったく不可能なことです。
大ぜいの警官隊のげんじゅうな捜索に、そんな手ぬかりがあったとは考えられないからです。

読者諸君、ひとつ本をおいて、考えてみてください。このコックの不気味な行方不明には、一体どんな意味が隠されているのでしょうか。

おそろしき挑戦状

戸山ヶ原(とやまがはら)の廃屋での捕り物から二時間ほどたったころ、警視庁の薄暗い取調室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。
何の飾り気もない薄暗い部屋には机が一つ。そこに中村捜査係長と、老人に変装したままの怪盗が、二人きりで向かい合っています。
賊は後ろ手に縛られたまま、傍若無人に立ちはだかっています。先ほどから口をきかず、まるで口のきけない人のように一言も発しません。

「ひとつ、君の素顔を見せてもらおうか」

係長が賊のそばへ寄り、いきなり白髪のかつらに手をかけて、スッポリと引き抜きました。すると、その下から黒々とした髪が現れました。次に、顔いっぱいに貼られていた白髪の付けひげをむしり取ります。ついに賊の素顔がむき出しになりました。

「おやおや、君は案外、ぶ男(おとこ)なんだねえ」

係長がそう言って怪訝(けげん)な顔をしたのも無理はありません。賊は、狭いひたい、クシャクシャと不ぞろいな短い眉、その下にギョロリと光るどんぐり眼、ひしゃげた鼻、しまりのない分厚い唇という、まったく利口そうには見えない、まるで野蛮人のような異様な顔つきをしていたからです。

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