臨時放送だ!
「テレ・ラジオの臨時ニュースですよ、おじさん!」
矢木三根夫は、伯父の書斎のドアを勢いよく叩き、伯父に声をかけました。
さっきまで、三根夫はひとりで事務室にいたのです。ニュース記事の切り抜きを整理していたところ、突然、あの緊迫した予告音楽が耳に飛び込んできました。
(あッ、臨時放送がはじまるぞ。いったい何があったんだ?)
三根夫は椅子から飛び上がって、テレ・ラジオを見つめました。予告音楽はそこから流れており、画面には臨時放送がはじまることを知らせる赤と青の渦巻き模様が映し出されていました。
テレ・ラジオというのは、ラジオとテレビが一体になった機械のことです。みなさんも、もう知っていますよね。
……
(もうすぐはじまる。そうだ、すぐにおじさんに知らせなくちゃ。あとで『なぜそんな重大なことを教えてくれなかったんだ!』なんて目をむいて怒るおじさんだから、伝えておいたほうがいい)
三根夫は事務室を飛び出すと、廊下を全速力で駆け抜け、伯父の書斎までたどり着いてドアを連打しました。
中から、大人の声が聞こえました。
「臨時ニュースか。よし、わかった。鍵はかかっていない。こっちへ入って、ミネ君も一緒に聞くといい」
伯父は三根夫のことを、いつも「ミネ君」と呼びます。探偵をしているだけあって、少し気難しいところもありますが、根はとてもやさしい人です。
三根夫がドアを開けて書斎に入ると、帆村荘六(ほむらそうろく)伯父さんは、パジャマの上にガウンを羽織ったまま、暗号解読器を必死に回しながら目を光らせていました。どうやら夜中に飛び起きて、何かの暗号を解こうとしているうちに朝を迎えてしまったようです。
伯父さんの髪はくしゃくしゃで、長い前髪が額にかかり、目をふさぎそうになっています。卵のような立派な顔つきも顔色が悪く、目はひどく腫れぼったい。三根夫はそんな伯父さんに同情し、仕事に熱中しすぎる健康状態を心配せずにはいられませんでした。
三根夫が入ってきても、伯父さんはチラリと甥を見ただけで、あとは振り返りもせず、声をかけることもなく、ますます忙しそうに暗号解読器を回し続けています。
その時、臨時放送が始まりました。アナウンサーの田村さんの声が、いつも以上に鋭く響きました。
――
「お待たせしました。臨時ニュースをお伝えします――」
部屋の隅の棚に置かれたテレ・ラジオが話し出します。画面の中には、緊張した面持ちの田村アナウンサーが映っていました。
「――地球連合通信、九時五分発表。サミユル博士以下六十名が搭乗している宇宙艇『宇宙の女王』号が、遭難したもようです。遭難地点は、地球から約四千万キロメートルの地点と見られます。『宇宙の女王』号が金星探検のために宇宙旅行中であったことは、みなさんご存知の通りです。地球時間の本日七時五十五分、同号から謎のメッセージを伴う無線が入りました。その内容は以下の通りです。
『……航行不能に陥った。原因は不明。艇および艇内の気温が異常に急上昇しており、室温は摂氏三十五度に達した。乗員は裸で過ごしている。二等運転士の佐伯が、前方に怪星を発見。太陽系の惑星でも彗星でもなく、軌道法則にも従わない不審な物体だ。ただいま突然、怪星が怪しい光を放ちながら輝き、急激に接近している。われわれは今、怪星ガン……』
電文はここで途切れております。それ以降、『宇宙の女王』号からの連絡は一切なく、すでに一時間以上が経過しており、乗員の安否が非常に心配されています。同号には非常時に五種類の救難信号を発する設備がありますが、現時点では一つも受信できておりません。
このことから、『宇宙の女王』号は、先ほどの謎の無線が途切れた直後に、恐ろしい破壊、あるいは爆発に見舞われたものと考えられます。なお、遭難地点に近い宇宙を航行中の宇宙艇に対し、救助のため現場へ急行するよう依頼しました。調査によると付近に三隻の宇宙艇が確認されており、最も近いのは、現場から千三百万キロメートルの空間にいる宇宙採取艇『ギンネコ』号です。
以上が現在の全情報ですが、十時の定時ニュースにて追加情報をお伝えする予定です。サミユル博士の『宇宙の女王』号遭難に関する臨時ニュースを終わります」
国際電話で
臨時ニュースを聞き終えると、三根夫はすがりつくような思いで、伯父の方を振り返りました。すると帆村は、いつのまにか暗号器からはなれていて、小さな腰掛のうえに腰をおろして足を組み、膝のうえにメモをひらいて、鉛筆をにぎっていました。
三根夫が見たとき、帆村はメモのうえに書きつけた速記文字を熱心に見入っていました。
「おじさん。たいへんなことがおきたものですね」
すると帆村は無言のままメモを持って立ちあがり、しずかに事務机のうえにおきました。
このとき帆村の唇が、ぎゅっとへの字にまがりました。
それはこの名探偵が、何かある重大なる手がかりをつかんだときにするくせでした。
「おじさん。どうしたんですか」
三根夫は、伯父からしかられるだろうと思いながらも、そういって聞かずにはいられませんでした。
「うん。これはまさに重大事件だ。わら小屋の一隅に、マッチの火がうつされて、めらめら燃えあがったようなものだ。見ていてごらん。いまに世界じゅうをあげてさわぎだすようになるだろう」
「いまではもう世界的事件になっているではありませんか。臨時ニュースで放送されるくらいですもの」
「いや、それでもいまは、まだマッチの火がわら束にうつったくらいだ。やがて世界じゅうの人々が火だるまになってわら小屋からとびだしてくるだろう。――おや、おや、僕はとんでもない予言をしてしまったね。予言することは、このおじさんはほんとは大きらいなんだが……」
そのとおりでした。
伯父は、事件の捜査にあたって、いろいろな証言や証拠品がそろって、もうだれにも「かれが犯人だ」といえるようになっても、伯父はけっしてそれを、ひとにいわないのでした。
また次の日、犯人がある場所へあらわれることを知っていても、それをけっしていわない人でした。
そういうときは、伯父はその日になってその場所へいって待っているのです。
そして犯人がほんとに姿をあらわしたときに、伯父ははじめて「そうだ。そうこなくてはならなかったのだ」と一言つぶやくのが例でした。
だから伯父帆村荘六が、いままでになく『宇宙の女王』号の遭難事件が、やがて全世界の人々をすっかりおびやかすほどの大事件にまで発展することを予言したのは、伯父がこの事件について、よほどおどろいたせいなのでしょう。
いや、さもなければ、伯父はなにかこういう事件の発生を待ちかまえていたところだったので、臨時ニュースを聞いているうちに、それだと知ってきゅうにおどろいたのかも知れません。
伯父がメモに取った速記は、いまの臨時ニュースの全文のうつしなのであろう――と、三根夫は思いました。
「世界じゅうの人々がさわぎだす事件て、それはいったいどんなことが起こるんですか」
「さあ、それはしばらくようすを見まもっているしかないね」
このときはやくも伯父は、いつもの慎重な探偵の態度にもどってしまいました。
そのときでした。
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