初級翻訳・恐竜島 第5話

恐竜島

筏は急に揺れ始め、波頭がのこぎりの歯のように鋭く立ってきました。

ぽつ、ぽつ、ぽつ。

大粒の雨が、玉太郎の頬を打ちました。と思う間もなく、車軸を流すような豪雨となりました。太い雨です。滝壺の下にいるようです。あたりは真っ暗に閉じ込められて、十メートル先の方はまったく見えなくなりました。雨と波とが、上と下から噛み合っています。そこへ横合いから風が暴れ込んできました。

ものすごいことになりました。帆柱はひとたまりもなくへし折れ、帆は吹き飛ばされました。筏はバラバラになりそうです。ラツールは玉太郎を励ましながら、筏の材料を結びつけてある綱を締め直し、さらにその上から、使えるものはすべて利用して筏の各部をしっかりと縛り付けました。
ポチは体が小さいので、何度も海の中へ吹き飛ばされそうになりました。
玉太郎はポチを、折れ残った帆柱の根元に、綱を使ってしっかりと縛り付けました。
大波が筏を飲み込むたびに、ポチは波の下に隠れ、やがて潮が引くと、ポチは顔を出してキャンキャンと鳴きました。
風雨は、だんだんとひどくなっていきました。
山のようにそびえ立つ怒濤は、筏を何度もひっくり返そうとしました。
あるときは奈落の底へ突き落とされ、次の瞬間には、高く波頭の上へと突き上げられました。
刃物のような風がヒューヒューと吹きつけます。
メキメキと音がしたと思ったら、筏の一部が簡単に割れてしまい、あっという間に荒波にさらわれてしまいました。
もう誰も、生きていられるとは思えません。
風と雨に叩かれ、怒濤にもてあそばれ、おまけに冬のような寒さがやってきて、手足の感覚がなくなり、凍え死にそうになりました。
天地は真っ暗で、方角もわからなければ、太陽も地球もどこへ行ってしまったのか、見当もつきません。
ラツールと玉太郎は、もう万事あきらめて、互いにしっかりと抱き合い、ポチも二人の間に入れて、最期が来るのをただ待つしかありませんでした。
それから、かなりの時間が経ちました。
「もうだめだ、今度の波で筏はバラバラになるだろう。次は海の底へ突き落とされるに違いない」と不安に怯えているうちに、二人はすっかり疲れ果てて、そのままバタリと倒れ、意識を失ってしまいました。

気がつくと、風は静まり、波も低くなっていました。空は明るさを取り戻し、雲の間から薄日が漏れていました。
「おお、助かったらしい」一番先に気がついたのは玉太郎でした。
彼はすぐにラツールを揺り起こしました。
「ラツールさん、嵐は過ぎましたよ」
「ううーん……」ラツールは目を開きました。
そして玉太郎の顔を不思議そうに眺めていましたが、
「やあ、君か。汚れた顔の天使がいるものだと感心していたら、何のことだ、玉太郎君じゃないか。天国じゃなくて、ここはやっぱり筏の上なんだね」と、にこにこしながら半身を起こしました。
ポチも起き上がって、ブルブルと体に溜まった水を振り払ったので、それが玉太郎の顔にまともに当たってしまいました。
「ポチ公、行儀が悪いぞ。ペッ、ペッ」
玉太郎は顔をしかめました。
ラツールは大きな声で笑いました。玉太郎もつられて笑いました。命拾いをした喜びは、何にも代えがたいものでした。

【恐ろしい影】
雲がどんどん流れ去り、太陽が顔を出しました。
太陽の高さから考えると、嵐は五時間ほど続いていたようです。
「いったい、ここはどこなんでしょう」玉太郎が尋ねました。
「さっぱり方角が分からん。太陽がもう少しどちらかへ傾いてくれれば見当もつくんだが、なにしろ今は頭の真上で輝いているからね」
赤道直下では、正午には太陽は頭の真上にあります。筏の上に立っても影法師は見えません。よく探してみれば、影は足の下に隠れているのです。
「どっちを見ても空と海ばかり……おや、島じゃないでしょうか。あれは……」
玉太郎は、筏の周りをぐるっと見回しているうちに、雲の下にうす鼠色の長いものが横たわっているのを見つけました。
「あれかい。あれは雲じゃないかなあ。僕もさっきから見ているんだが……」
「島ですよ。山の形が見えます」
雲がどんどん動いていったので、やがてそれが島であることがはっきりしました。
二人の喜びは最高潮に達しました。筏の上で、踊り上がって喜びました。
筏の上には食料品がもうほとんど残っておらず、水もありません。だからこそ、あの島に上陸できれば、腹を満たすものと、おいしい水にありつけるはずです。
「また帆を張ろうや」ラツールがそう言うと、玉太郎も賛成し、すぐさま残りの材料を集めて二度目の帆を張り出しました。
島との距離は、案外近いようです。海上三キロほどでした。最初はそうとう大きな島だと思っていましたが、空がすっかり晴れてみると、小さな島であることが分かりました。
風がまだ残っていたので、帆を張ると筏は軽やかに走り出しました。それに、どうやら潮の流れも島の方へ向かっているらしく、筏はどんどん島へと近づいていきました。
しかし、いよいよ島の近くに達するまでには四、五時間かかりました。
太陽はすでに西の海に沈み、空は美しく夕焼けに染まっています。その頃になって、島の上に生えている椰子の木が、はっきりと見えるようになりました。
「明るいうちに島へ着きたいものだね」
「漕ぎましょうか」
「漕ぐったって、櫂(かい)も何にもない」
風と海流の力に頼るしかありません。
「家らしいものは見えないね。煙も上がっていない」
島の方を眺めながら、ラツールはひどく失望した様子でした。「無人島でしょうか」
「どうもそうらしいね」
「人食い人種がいるよりは、無人島の方がいいでしょう」
「それはそうだが、食べ物がないとやり切れないからね」
二人は、日が暮れるのも忘れて、夢中になって島を眺めつくしました。
「ほう、無人島でもないようだ」ラツールが、声を張り上げました。
「人がいますか」
「いや、そんなものは見えない。しかし島の左の端のところを見てごらん。舟つき場らしい石垣が見えるじゃないか」
島は中央に、山とまではいかないが高い丘が飛び出していて、それが方々にとんがっています。そのまわりは一面に深い密林です。椰子もあるし、マングローブ(榕樹)も見える。その間に、ところどころ白い砂浜がのぞいています。ラツールが発見した石垣は、ずっと左の方にあり、なんだかそこが、密林の入口になっているようでもあります。正確なことは上陸してみれば、すぐ分かるでしょう。
「もうあの島には、人が住まなくなったのでしょうか」
「それにしては、あの石垣がもったいない話だ」
夕焼けの空は、赤から真紅に、真紅から緋色に、そして紫へと色を変えていきました。それまでは見えなかったちぎれ雲が、まるで生き物のようにあやしい色に映え、大空から下に向かって威嚇を試みます。島の丘の背が、赤褐色に染まって、薄気味悪い光を帯び始めました。
「おやあ、これはちょっと変だぞ」ラツールが叫びました。
「どうしたんですか」
「この島は、恐竜島じゃないかなあ。たしかにそうだ。あの丘を見ろ。恐竜の背中のようじゃないか。気味の悪いあの色を見ろ。もしあれが恐竜島だったら、われわれは急いで島から離れなくてはならない」
ラツールは、不思議なことを言い出しました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました