一
あるところに、センイチという猟師がいました。
とても腕のいい猟師でしたが、ある日、どうしたわけか、獲物が一匹もとれませんでした。
鉄砲をかついで、一日中山の中を歩き回りましたが、小鳥一羽、ネズミ一匹さえ見当たりません。
「変な日だな。今日はだめかな」
そうつぶやいて、彼は家に帰ろうと、大きな森を通りかかりました。
もう日が沈んで、あたりは薄暗くなっていました。
「この俺が、何一つ獲物を持たずに帰るなんて、今日は不思議な日だ」
ぼんやりと考え込みながら森の中を歩いていると、なんだか、誰かが後ろからついてくるような気がしました。
振り返ってみて、彼は少しびっくりしました。柄の長い鍬(くわ)をかつぎ、黒い着物を着て、大きな帽子をかぶった百姓のような男が、すぐ後ろをついてきているのです。
男はいきなり彼に話しかけました。
「お前さんは、どちらから来たんだい?」
「どっちからって……」と彼はどぎまぎして答えました。「わたしは猟師だ。鉄砲をかついで一日歩き回っているんだから、どっちからなんてことはない」
「ふむ、それでも見たろう」と男は言いました。
「何を……」
「穴を掘ってるところをさ」
「穴だって……」
「栗の木の下にさ……」
「栗の木……」
「わたしが栗の木の下に穴を掘っているのを、お前さんは見ただろう」
「栗の木の下に穴を掘ってる……そんなもの見やしない」
「本当に見なかったか?」
「見ないよ。だが、そんなことを聞いてどうするんだい?」
「ふむ、その様子じゃ、本当に見なかったらしいな」
男はそれきり何も言いませんでしたが、やはり彼についてきます。変な奴だな、とセンイチは思いました。大きな森の中だし、もう薄暗くなっているし、なんだか気味が悪くて、黙って足を早めました。
それでも男はついてきます。センイチはときどき横目で男の様子をうかがいました。柄の長い鍬、黒い着物、大きな帽子、百姓のような身なり……。
ところが、森から出て砂利道にさしかかると、その男の足音が変に響きました。まるで牛か鹿が歩いているような音なのです。センイチは立ち止まって、男の足をじっと見ました。
「お前さんは何を履いているんだい?」
「ああ、この足か」と男は答えました。「わたしの足は一風変わっているよ。見せてあげよう」
男が差し出した足を見ると、二つに割れたひづめがついていて、牛とそっくりの足でした。センイチはびっくりして、さらによく男の様子を見ると、手の指には長い爪があり、お尻からは長い尾が下がっています。
「ははあ、気づいたな」と男は言いました。「もっと不思議なものを見せてあげよう」
そして男が帽子を脱ぐと、頭には二本の角が生えていました。
二本の角、長い爪、長い尾、二つに割れたひづめ……。
センイチはいきなり鉄砲を突きつけました。
「悪魔……! お前は悪魔だな。何をしに出てきたんだ。引っ込め! 撃ち殺すぞ!」
「おっと、待ってくれ。まあ待ってくれ」と悪魔は言いました。「鉄砲なんか撃ったって、俺にはあたりはしないが、とにかくそんなものは危険だ」
「何をしに俺の前に出てきたんだ!」とセンイチは鉄砲を突きつけたまま言いました。
「いや実はね、俺が穴を掘っているところを見られやしなかったかと思って、ちょっと聞いてみただけさ。それだけのことだが、お前の様子を見ると、今日は一匹も獲物がなくてひどくしょげているようだな。どうだ、そうだろう?」
悪魔はセンイチの顔をじっと見ました。
「そこで、さっきちょっとひらめいたんだが、俺の道具をお前に貸してやろうじゃないか。第一、この足はどんな山坂でも藪の中でも、自由に駆け回ることができる。この手の爪は、どんな木でも崖でも自由に登ることができる。それから、この角を持っていると、どんな猛獣も毒蛇も怖がって決して近づかない。それから、この尻尾は魔法の尻尾で、俺にはとても大切なものだが、お前が使えば遠くの獲物を呼び寄せることができる。どうだ、それを全部お前に貸してやろうじゃないか。思い通りに獲物がとれるよ」
センイチは考え込みました。悪魔はさらに言い続けました。
「もっとも、俺がこんなことを言い出したのが納得いかないんだろう。だがそれには、俺の方にだってちょっと考えがあるんだ。俺はもうしばらく都に出たことがないので、近日中に行ってみようと思っている。ところが、こんな姿をしていると、いくら上手に人間に化けたつもりでも、うっかりした拍子にいつ見破られないとも限らない」「だから、都に行っている間、お前に貸してやろうというんだ。それも、お前が借りたくなければ、無理には勧めない。実はおれの方はどうだっていいんだ。お前が一日猟に出て、手ぶらで帰るのを見て、少し気の毒になったから、貸してやろうと思ったんだが、どうともお前の心まかせだ。だがこれがあれば、十分いい猟ができるがね……」
「そして、どれくらいの期間貸してくれるんだい?」とセンイチは尋ねました。
「あまり長くは貸せないね。おれが都に行っている間だけだ。都から帰ってきたら、すぐお前の家に行くから、返してもらう」
「よし、それじゃ借りよう」とセンイチは決心して答えました。
「そうさ、ただで貸そうというんだからね。借りるのがあたりまえさ。だが、ただ一つことわっておくがね、森の中におれが掘った穴を探そうなどと、ばかな気を起こしちゃいけないよ。そんなことをしたら、もう約束は取り消しだから、よく覚えておくといい」
それをセンイチは承知して、悪魔から角と爪とひづめと尾を借りることにしました。悪魔が尾でセンイチの体をなでると、すぐにセンイチは悪魔の姿になり、悪魔はセンイチと同じように人間の姿になりました。悪魔はセンイチの姿と自分の姿とを見比べて、満足そうに言いました。
「ほう、よく似合うよ。おれの方もよく似合うだろう。じゃあ、さようなら。おれが都に行っている間に、思う存分猟をして、たくさん金を稼いでおくといいよ」
センイチがあっけにとられてぼんやりしているうちに、悪魔は森の中の暗がりにかくれてしまいました。
二
悪魔の姿を借りたセンイチは、明日から十分猟ができると思って、急いで家へ帰っていきました。小さな村の端っこにあるセンイチの家には、奥さんのセイが一人で、もう夕食の支度を済ませて、センイチが帰るのを待ちながら縫い物をしていました。ところが、表から勢いよく入ってきたセンイチの姿を見ると、彼女は「あっ」と声を上げました。
「お前さんは誰だい?」
「何を言ってるんだ」とセンイチは笑いながら答えました。「おれじゃないか」
「誰だい?」とセイは繰り返しました。
「おれだよ。センイチだよ。何をとぼけているんだ」
「センイチだって……ああ、二本の角、手の爪、足のひづめ、それからしっぽ……。悪魔だ、お前は悪魔だ。出て行って!」
「あははは……」とセンイチはなお笑いました。「これはおれが悪かった。面白い話があるんだ。まあ聞けよ」
センイチは家に上がり込んで、まだびくびくしているセイに、森の中のこと、悪魔の姿を借りたことを詳しく話して聞かせました。その話を聴きながら、セイは彼の顔をじっくりと眺めていました。
コメント