車のなかで労働者に変装して、このバラックへとびこんだのさ。小林くんが戸をあけたときにはヒヤッとしたが、このわしの完璧な変装が見やぶれるわけがない。じいさんはあっちへ逃げたぞと、まっかなウソをおしえてやったのさ。ハハハ……!」
そう、労働者にばけていたのは、あの魔法博士だったのです!
まず白ひげのおじいさんに変装して陶器屋から黄金のトラを盗みだし、自動車の中で手ばやく労働者にばけてバラック小屋にかけこみ、タバコをふかして知らんぷりをしていたのです。
はじめからこの場所で船にのるつもりだったため、自分のランチをあらかじめここへまわすように命令しておいたのでした。
「先生、黄金のトラは無事ですか?」
部下の船員が心配そうにたずねると、博士はニヤリと笑って、
「ちゃんとここにあるよ」
と言いながら、ポケットからセトモノ(陶器)に見せかけたトラを取りだしました。そして表面の絵の具を指でこすり落とすと、中からピカピカとまばゆい黄金の光があらわれました。
「さあ、島へいそぐんだ! 全速力で行くぞ!」
その「島」とは、いったいどこの島なのでしょうか?
◇
――お話がわかって、こちらは今井くん兄弟です。
いくら川岸をさがしても白ひげのおじいさんが見つからないので、しかたなくもとのバラック小屋のそばへもどってきました。
そのときにはもう、博士のランチは出発したあとでした。
さっき、小林団長が今井くんに別れ際、
「あとで、バラックの横の大きな石の上を見てくれよ」
と、耳打ちしていったのを思い出した今井くんは、いそいでその石をさがしました。すると、すぐに見つかりました。
大きな石の上に、一枚の手紙がのせてあったのです。
その手紙には、さっきのランチのかたちや色がくわしく書かれていたあとに、こんな指示が残されていました。
「両国橋のそばにある『ミナトヤ』という貸しボート屋へいそげ。そこの主人は明智先生を知っているから、すぐにモーターボートを貸してくれるはずだ。いちばん早いボートを出させて、あのランチのあとを全力で追跡せよ!」
今井くんたちが隅田川の下流をじっと見つめると、はるかむこうの川面に、手紙に書いてあったとおりの白いランチが、小さく動いているのが見えました。
「あれだっ! あれが魔法博士のランチにちがいない!」
「よしっ、ランチと自動車のきょうそうだっ!」
今井くんのおにいさんは大はりきりでさけびました。
ふたりはすぐに橋のたもとへとってかえすと、自動車にとびのり、ボートを借りるための場所へむかって全速力で車を走らせたのでした。今井くんたちの自動車は、二百メートルも川下の白いランチを追って、川岸を走りましたが、じきに、道が行きどまりになってしまいました。
川っぷちに家がならんでいるので、まわり道をしなければならないのです。
ランチのほうは一直線に走るのに、こちらは、町かどをグルグルまわっていくのですから、おくれるばかりです。
でも、やっと両国橋のミナトヤにつきました。
川下を見ると、白いランチは、やっぱり二百メートルもむこうを走っています。
すぐに明智先生に電話をかけ、ミナトヤの主人に、快速力のモーターボートを借りることにしました。
それには、ミナトヤで、いちばんうでききの青年運転士が、のりこんでいるのです。
今井くんたちも、そのボートにのりました。
「むこうに、小さく見える白いランチです。」
「見なれないランチだが、ずいぶん速力がありますね。
しかし、このカモメ号は、隅田川第一の快速艇ですから、すぐに追いついてみせますよ。」
カモメ号は出発しました。
へさきに滝のような白波をたてて、グングン速力をまし、ランチとのあいだが、みるみる、せばまっていきます。
こちらは、白いランチのなかです。
労働者の変装をといて、ピッタリ身についた黒いシャツとズボンをつけ、顔も、あのピンとはねたひげのある、西洋悪魔の顔になっていました。
「先生、へんなモーターボートが近づいてきますよ。
おそろしい速力だ。
このランチを、追っかけているようですぜ。」
船員のひとりが、双眼鏡を魔法博士に渡しました。
博士はそれを目にあてて、
「うん、子どもがひとりと、青年がふたりのっている。
ああ、そうだ。
あの子どもは今井というセトモノ屋の子だ。
わしのあとを追っているんだ。
しかし、へんだな。
小林君の姿が見えないぞ。
……おい、もっと速力が出せないか。
これじゃ、じきに追っつかれるぞ!」
サーッ、サーッ、滝のように白波をたてて、矢のように走る二せきの快速艇。
あたりの船の人たちはあっけにとられて、見おくっています。
「先生、だめです。
もう、これいじょう速力は出ません。
モーターボートは、グングンせまってきます。
三分もしたら、追っつかれますよ。」
「よし、心配するな。
こっちには、まだ、おくの手があるんだ。
いまにあっといわせてやるぞ。
島が見えたら、五十メートルぐらいまで近づいて、左へまがるんだ。
そして、おきのほうへ、逃げるんだ。」
魔法博士はおなじことを二度くりかえして、ねんをおしてから、船室のドアを開くと、となりの荷物のおいてあるうす暗い小部屋へ、とびこんでいきました。
そして、そこにある大きな箱のふたを、開くのでした。
箱のなかから、へんなものを取りだし、博士は、それを黒シャツの上にきました。
きゅうくつなほど、ピッタリ身についたビニールの服です。
頭から足のさきまで、ひとつになった、けいべん潜水服です。
顔のまえはガラスばりになっていて、手足のさきには大きな水かきがつき、背中には、酸素のボンベ(鉄のくだ)が、二つならんでついています。
そのボンベから、細いくだが、ガラスばりの顔の内がわにつづいていて、それを口にあてれば、水のなかでも、息ができるのです。
この、けいべん潜水服をきた魔法博士は、荷物部屋の小さな戸を開いて、ソッと、うしろのほうをながめました。
モーターボートは、もう三十メートルにせまっています。
前のほうには、品川のお台場が大きく見えてきました。
魔法博士はさっき、ランチをお台場に近づけてから、左のほう、つまり、おきのほうへ、まがるように命じておきました。
運転手は、そのとおりにランチを進めて、お台場から五十メートルほどのところで、きゅうに方向をかえ、おきのほうへ、つきすすみます。
「よしっ、いまだっ!」
ランチが方向をかえたので、博士ののぞいているドアは、うしろのモーターボートからは、見えなくなったのです。
それを待ちかまえていた博士は、いきなりドアの外に出て、海へとびこみました。
ビニールの潜水服をきていますから、からだは、すこしも、ぬれません。
酸素のボンベで、息はらくにできます。
また、大きな水かきで、じゆうに泳げるのです。
博士は海の底を、お台場のほうへ泳いでいきます。
そのとき、もし、博士がうしろをふりかえって見たら、なんだか大きなサメのような怪物が、あとを追ってくるのに気づいたでしょうが、博士は、一度も、うしろを見なかったのです。
いや、サメではありません。
やっぱりビニールの潜水服をきた、博士よりは、すこし小がらな人間でした。
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