初級翻訳・時計とよっちゃん 第2話

小川 未明

「まわったよ、お母ちゃん、針はまわったよ。」
と、よっちゃんはしきりに言いました。

七

「どれ、長い針がどこまでいったか、見てみましょうね。」
とお母さんは、よっちゃんがしきりに言うので、家にあがって茶だんすのところへやってきました。
そして、時計を見てびっくりしました。
「まあ、おまえはもう、こんな悪いいたずらをするの?」
と言って、お母さんはよっちゃんを抱き上げ、叱りながら頬ずりをしました。
「もう何時だか時間がわからなくなって、困るじゃないの。」
とお母さんは言って、外へ出ると、近所の人に時間を聞いてきました。
そして、時計の針を正しい位置に直しました。
「ねえ、お母ちゃん、お菓子くれないの。」
と、よっちゃんはねだりました。
「こんな悪いいたずらをする子は、お母ちゃんは嫌いですよ。」
とお母さんは言いました。
すると、よっちゃんは悲しくなって、泣き出してしまいました。
「もうこれから、こんなおいたをしなければあげますが、もうしない?」
とお母さんが聞くと、よっちゃんはかわいらしい手で目のあたりをこすりながら、こくとうなずきました。
よっちゃんはお菓子をもらうと、小さな下駄をはいて外へ遊びに出ました。
そして、今お母さんに叱られたことなど、もうすっかり忘れていました。

八

 夕方になって、お父さんが役所から帰ってくると、お母さんは、よっちゃんが針箱を踏み台にして時計の長い針をまわした話をしました。
お父さんは、よっちゃんはりこうだなと言って笑いました。
そして、あの時計も早くガラスをはめなければいけないな、と言われました。
しかし、時計屋へ直しに出してしまうと、あとに別の時計がないので不便なため、一日延ばしになってしまっていたのです。
お母さんは、もっと高いところに時計を置けばよっちゃんがいたずらしなくなるだろうと思い、翌日は、たんすの上へと置きました。
これでもう、よっちゃんは針箱を踏み台にしても手が届きませんでした。
また、衣服を入れるそのたんすは背が高いので、その前に立ってもよっちゃんは、丸くて白い時計の顔を見ることもできませんでした。
よっちゃんは、どんなにさびしく思ったことでしょう。
けれど、時計をそんな高いところに載せておくのは、お母さんにとっても不便なことでした。なぜならお母さんは、座ったままだと時間を確認することができなかったからです。
いつの間にか、お母さんはまた時計を茶だんすの上に戻しました。
よっちゃんは、またこれまでのように時計の丸くて白い顔を見ることができるようになったのです。

九

 ある日のこと、よっちゃんはお母さんと一緒に、近所でよっちゃんを可愛がってくれるおばさんの家へ行きました。
よっちゃんはお母さんに抱かれているうちにだんだん眠くなってきて、いつの間にか眠ってしまいました。
「そのまま、そっとここに寝かせてあげなさいよ。」
とおばさんはよっちゃんのお母さんに言いました。
「本当に手のかかる子なんです。」
とお母さんは言って、よっちゃんをおばさんが敷いてくれたお布団の上に寝かせました。
よっちゃんはいつもこの時間にお昼寝をするので、気持ちよさそうに眠りにつきました。
「目が覚めたら、私が家まで連れていってあげるからね。」
とおばさんが言ってくれました。
こうして、よっちゃんのお母さんはよっちゃんをそこに残して、いったん家に帰っていったのでした。
よっちゃんはぐっすり眠ると、自然に目が覚めました。
よっちゃんは寝起きがとてもいいのです。
ぱっちりと目を開けて、しばらく辺りをキョロキョロと見回していました。
すると、「チョット、チョット。」と、頭の上でいつも自分を呼んでくれる時計の音が聞こえなかったのです。
よっちゃんは「どうしたんだろう?」と不思議に思って辺りを探してみましたが、いつもとはまったく様子が違っていて、茶だんすも、あの丸くて白い顔の時計もありません。そのため、急に怖くなって泣き出してしまいました。

十

 おばさんはすぐによっちゃんのそばにやってきて、「よっちゃん、ここはね、おばさんのお家なんだよ。」となだめて言い聞かせましたが、よっちゃんは泣き止みませんでした。
おばさんはしかたなく、よっちゃんを抱っこしてよっちゃんのお家まで連れて帰りました。
そして、よっちゃんをお母さんの手に預けました。
よっちゃんはお母さんの顔を見ると、なんだかますます悲しくなってしまいました。
ちょうどそのとき、茶だんすの上にあった目ざまし時計が、「チョット、チョット。」と言って、頭の上によっちゃんを呼ぶ声を響かせました。
よっちゃんが時計の丸くて白い顔を見ると、やっと自分の家に帰ってきたことが分かって、心から安心しました。
その次の日も、よっちゃんはいつも通りにお昼寝をしました。
そして、ぱっちりと目が覚めると、また昨日と同じように「ここはよそのお家じゃないかな?」と心配になって、頭を持ち上げて辺りを見回しました。
すると、茶だんすの上にはいつもの見慣れた、丸くて白い顔をした時計がにこにこと笑いながら、「チョット、チョット。」と言ってよっちゃんに呼びかけているのでした。
よっちゃんはそれを見ると安心し、にっこりと笑顔を浮かべました。
そして、お母さんのほうへと走っていき、「お母ちゃん、お菓子……。」と言って、さっそくおねだりを始めるのでした。
お母さんはその声を聞くと、とても嬉しそうな顔をして、すぐによっちゃんのそばへとやってくるのでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました