初級翻訳・智恵の一太郎 第11話

智恵の一太郎

トックリバチは、そういう青虫の神経めがけて、得意の毒針をちょっとちくりと刺して、青虫が逃げだしたり暴れたりできないように、からだをすっかりしびれさせてしまうんだ。そしてそれを自分の脚ではさんで、ビューンと飛びかえって、壺の中へポンと入れる。
一匹だけじゃない。
十匹以上も同じようにして、何度も何度も運んできては、壺の中にどんどんためこんでいくんだよ。
さて、食糧の用意がぜんぶできあがると、トックリバチは、その壺の中に卵を一つポツンと生みつける。そして、さっきの土をこねた特製セメントで壺の口をそっときれいにふさいで、そのままどこかへ遠くへ飛び去ってしまうんだ。
生みつけられた卵は、暗い壺の中で殻をプチッとやぶって小さな幼虫になり、たっぷりと用意されていた青虫をモリモリ食べてだんだん大きくなっていく。そして最後には親蜂と同じ立派な成虫の姿になって、壺の壁をバリバリとやぶって、広い世界へと元気よく飛び出していく――これがトックリバチの一生の大まかな順序というわけさ。
人間のお母さんたちは、子どもをだいたり、おぶったり、おっぱいをのませたりして、赤ちゃんを育てるのにそれはそれは大変なご苦労をなさるけれど、トックリバチは、そういった子育ての苦労を、子どもが生まれる前にぜんぶすませてしまうんだね。
雨や風にふかれないように、太陽の強い光がジリジリ当たらないように、ちゃんと安全で居心地の良いお家をあらかじめつくっておいてやる。
それから、おっぱいをのませる代わりに、美味しそうな青虫をどっさりためこんでおいて、子どもがすっかり大人に成長するまで、お腹をすかせてひもじい思いをすることが決してないように、何から何まで完璧に用意してあるんだ。
その準備をしてやることこそが、お母さん蜂の生涯で一番大きくて大切な仕事なのさ。
十何匹もの青虫は、赤ん坊がすまるすくすく育つまでの大事な食糧だから、途中で腐ったりなんかしたら大変なことになってしまう。
だから、いつでも生き生きと新鮮でいなければならないんだ。
そこでトックリバチは、青虫の神経を上手に毒針で刺して、からだをしびれさせるだけで、けっして命までは奪わないんだよ。
もし殺してしまったら、すぐに傷んで腐ってしまうからね。
人間の一からお医者さまだって、こんな見事な注射はなかなかできやしない。
人間が外科の手術をするときに、患者の神経を一時的しびれさせておく麻酔の注射はあるけれど、あの注射の効き目はほんのわずかな時間だけで、トックリバチのように何日も長くつづいたりしないからね。
だから、トックリバチの赤ちゃんの食糧は、いつでもちゃんと生きているんだ。
青虫どもは、自分から逃げだすような力はもう残っていないけれども、口で何かをちょっとかんだり、もぞもぞとからだを動かしたりすることくらいはちゃーんとできるんだよ。
ところでね、ここからがものすごく不思議なお話なんだ。
よく聞いておくれ、トックリバチの生んだ卵というのは、まるで水晶のように透き通った細長い卵で、ほんとうにか弱くて小さなものなんだ。また、卵をやぶって生まれてくる幼虫も、小さなうじ虫みたいなもので、食料の青虫たちが、ちょっとでも、身動きすれば、おしつぶされてしまうぐらいだ。
餌になる青虫の方が、トックリバチの赤ちゃんよりも、ずっとずっと大きいのだからね。
たとえからだがしびれていても、だまっておとなしく赤ちゃんに食われてしまうはずはないのだよ。
ちょうど人間の赤ん坊を、十何匹の牛がかたまって眠っているまん中へ、ほうり出しておくようなもので、もし牛が身動きすれば、赤ん坊はおしつぶされてしまう。
トックリバチの赤ちゃんは、それと同じようなあぶない食料の中にいるのだ。
いったいこの弱々しい幼虫は、どうして身を守るのだろう。
いや、幼虫になる前の卵のうちに、おしつぶされてしまうかもしれない。
それをどうしてふせぐのだろう。
さあ、一太郎、お前のすきな謎の問題だよ。
考えてごらん。
これには、じつにびっくりするような仕掛があるのだからね」
 伯父さんはそこで言葉をきって、又にこにこお笑いになるのでした。
一太郎君は、伯父さんのお話がおもしろくてたまらないので、夢中になって聞入っていましたが、待ちかまえていた謎を出されますと、さあわかりません。
いくら考えてみても、この謎はとけないのです。
「伯父さん、僕にはとてもわかりませんよ」
 一太郎君はとうとうかぶとをぬいでしまいました。
「ははははは、お前にわからないのはもっともだよ。
有名なファーブルという昆虫学者にさえ、最初はわからなかったのだからね。
ましてファーブルよりも前の昆虫学者は、そんなことを、うたがってさえみなかったのだからね。
ファーブルというのは、今から三十二年ほど前に、九十何歳まで長生きをして、なくなった、フランスの昆虫学者で、一生涯、虫とお友だちになって暮した人だ。
「昆虫記」という大きな著書があって、日本語にも訳されているから、もう少し大きくなったら読んでみるといい。
その本にはまるで小説のように、おもしろく、くわしく、いろいろな昆虫の生活が書いてあるのだよ。
そのファーブルが、トックリバチの幼虫が、自分のからだの何倍もある青虫どもの中にいて、どうしておしつぶされないかということを、はじめて発見したのだ。
ファーブルは、トックリバチの壺を割って、幼虫と青虫を取りだし、ペン先を入れる小さな箱の中へ入れて、幼虫が青虫をたべて成長して行くありさまを見ようとしたが、どういうわけか、ペン箱の中では、幼虫が死んでしまう。
又別の壺を割って、同じようにためしてみても、やっぱり幼虫は死んでしまう。
何度くりかえしてもだめなんだね。
そこで、ファーブルは考えた。
壺から出すと死ぬんだから、きっと壺の中に何か仕掛があるにちがいない。
だから幼虫を壺から取出さないで、壺の壁をそっと切り開いて、そこから虫眼鏡でのぞいて見ることにしよう、とね。
口でいえば何でもないが、これはなかなかむずかしい仕事なんだよ。
よく切れるナイフの先で、壺の壁を、こわれないように用心しながら、切り開いて行くのだ。
壺ぜんたいが桜んぼくらいの小さなものだから、うっかりすると、やりそこなう。
気ながに、ゆっくりゆっくりやらなければいけない。
で、ファーブルは、やっとのことで、壺の横に四角な窓をあけたのだが、さて、そこからのぞいて見ると、壺の中には、どんな仕掛があったと思うね」
 伯父さんは、そこでまた言葉を切って、いよいよ種明しをするんだぞ、といわぬばかりに、一太郎君の顔をごらんになるのでした。
「伯父さん、それ、どんな仕掛だったんですか」
 一太郎君は、膝をのり出して、熱心にたずねました。
「窓に虫眼鏡をあててのぞいて見るとね、それはまだ母蜂が卵を生みつけて行ったばかりの壺だったが、その小さな水晶のようにすき通った卵が、どこにあったかというとね、おどろくじゃないか、壺の中の天井にぶら下っていたんだよ。
蜘蛛の巣のような細い糸に、卵がくっついてぶらさがっているのだ。
だから、青虫どもがいくら身動きしたって、卵まではとどかないのだよ。
卵はけっしておしつぶされる心配はないのだ。

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