初級翻訳・智恵の一太郎 第13話

智恵の一太郎

蛍なれば、ポツポツと、点になって見えるはずですし、とてもこんなに明るく光るわけがないのです。
「虫といっても、目に見えるような大きな虫じゃないのだよ」
 高橋さんはそこの椅子にかけて、青白い光の中に笑顔を見せながら、話しはじめました。
「光る虫といえば、すぐ蛍を思い出すけれど、その外にも光る動物や植物はたくさんあるんだよ。
光る動物は水の中にすんでいるものが多いのだが、ホタルイカもそうだし、もっと深い海にいるユウレイイカも自分で光る。
それからクラゲ類の内にも、青白く光るやつがずいぶんある。
イソギンチャクにも光るのがある。
深海魚という、深い海の底にすんでいる魚は、たいてい、からだのどこかが光るようにできている。
深い海の底は、真の闇だから、提灯がいるというわけなんだね。
植物では光るキノコがたくさんある。
たとえば、ツキヨダケという毒茸は、山の中の枯木の幹などに生えているのだが、その裏側全体が、蛍のように光るのだよ。
ツキヨダケという名も、その光からおこったのだね。
ずっと小さいものでは、夜光虫がある。
君もよく知っているだろう。
闇夜の海で、ボートにのったことがあれば、一等よくわかる。
オールで水をかくたびに、海の水が青白くキラキラと光るね。
それから、ボートの通ったあとの海面に、帯のように光ったすじがのこる。
この美しい光は、海水にすんでいる夜光虫や、そのほかの光る微生物のためにおこるのだよ。
夜光虫も目では見えないほど小さな生物だが、それよりもずっとずっと小さな光る虫がある。
正しくいえば、虫ではなくて植物にはいるんだがね 発光バクテリヤという、顕微鏡でなくては見えない微生物なんだよ。
その微生物のからだ全体がぴかぴか光っているのだ。
ここにある青白い電燈は、その発光バクテリヤが、ガラス瓶の内側に、何百億ともかぞえきれないほど、くっついていて、こんなに美しく光っているのだよ。
ガラス瓶の内側には、ゼラチンにいろいろの薬をまぜた、うすい膜がはってあるのだ。
そのゼラチンの膜に発光バクテリヤをぬりつけておくと、一日のうちにこんなにいっぱいにふえてしまうんだよ。
ゼラチン膜を養分にして繁殖するんだね」
 一太郎君は、この青白く光っている丸い瓶の内側が、目にも見えぬ虫のついている膜だと聞いて、すっかり驚いてしまいました。
そして、そのおもしろさに、夢中になってしまいました。
「じゃ、さっきの旗や矢印も、やっぱり発光バクテリヤだったんですか」
「そうだよ。
闇夜にお客さんが来ても、まごつかないように、目印を作っておいたんだよ。
このバクテリヤの青白い光は遠くからよく見えないけれども、そばによると、かなり明かるいのだ。
ここに雑誌があるから、バクテリヤの光で読んでごらん。
ね。
よく読めるだろう」
 一太郎君はその雑誌をバクテリヤ・ランプに近づけて、読んでみましたが、高橋さんのいうとおり、小さな活字でもよく見えるのです。
「そればかりじゃない。
このバクテリヤ・ランプにもっと工夫をくわえて、明かるいものができたら、電燈の代りにだってなる時が来るかもしれないのだよ」材料は安いものだし、この光にはほとんど熱がないから、どんな危ないところで使っても、火事をおこす心配がないのだからね。
さわってごらん。
冷たいだろう。
火というものは熱いのがあたりまえのように思っているが、このバクテリヤ・ランプは水のように冷たいのだ。
冷たい火だ。
だから鉱山の穴の底だとか、火がおきやすい薬品をあつかう工場などのランプとしては、本当におあつらえむきなんだよ」
「それで、その発光バクテリヤはどこにいるんですか。
どこで手に入れるのですか」
「海の水の中なんかに一番たくさんいるんだが、海まで行かなくても、たやすく手に入れる方法があるんだよ。
君にだって実験ができるんだよ。
そのやり方を教えてあげようか」
「ええ、教えて下さい。
僕やってみたいなあ」
 一太郎君はもう夢中です。
青白い光の中に浮かびあがって見える高橋さんの顔を、またたきもせず見つめています。
「それはね、魚屋さんから生のよいイカを一匹買って来るんだよ。
どんなイカでもいいんだ。
それを水で洗ったりしないで、そのままお皿にのせて、海の水ぐらいの塩辛さの塩水をつくって、イカの上にぶっかけて、そのお皿を、どこか冷たい場所に、十時間ぐらいおいておくのだよ。
そして、十時間ぐらいたってから、そのイカをまっ暗な場所へ持って行って、顔を近づけてみると、イカのからだ全体に、青白く光るポツポツがたくさんできている。
そのポツポツが発光バクテリヤのかたまりなんだよ。
そのままにしておくと、数時間のうちに、バクテリヤがふえて、イカのからだ一面に光り出し、それからまた、数時間たつと、今度はイカが腐り出して、バクテリヤの光がだんだんうすれて来る。
それは発光バクテリヤが、ほかのもっと強いバイキンに食われて死んでしまうからだよ。
だから、そうならない前に、イカのからだがポツポツと光りはじめたころに、実験をはじめなければいけない。
実験の道具としては、ピッチリ蓋のできる、瀬戸物の鉢があればいい。
ガラスの入れものでもいい、その中へ卵を一つわって入れ、よくかきまわしておいて、そこへ、海水ぐらいの塩辛さに塩をとかした水を、大コップに一杯ほど入れるんだ。
そしてまたよくかきまわす。
それから、お母さんにご飯蒸しを借りて、そこへ今の鉢を入れ、三四十分よく蒸すのだ。
これは発光バクテリヤを食うような、ほかのバイキンを殺してしまうためだよ。
そして、ご飯蒸しから卵と塩水を入れた入れものを出してみると、ちょうど茶碗蒸しの汁のように、卵がかたまっている。
そこへイカのからだについている発光バクテリヤを、ぬりつけるのだよ。
そのやり方は、針金の先で、イカのよく光っている所を、そっとこすって、バクテリヤのかたまりを、すくい取り、それを卵の表面にぬりつけるのだ。
何度も同じことをくり返して、なるべくたくさんのバクテリヤをぬりつけるのだ。
そうして、その入れものに蓋をして、やはり冷たい所へ数時間おいておくと、ぶよぶよした卵の表面全体が、発光バクテリヤで一杯になって、青白く光り出す。
塩水と卵のまじった汁を養分にして、バクテリヤがものすごい早さでふえるからだよ。
もっとも、このやり方では、間もなく光がうすれて、やがて消えてしまうが、ここにあるゼラチン膜のバクテリヤ・ランプは、そうじゃない。
五日でも、六日でも、やり方によっては、数ヶ月だって、光りつづけるのだよ。
しかし、この方はなかなかむずかしいから、まず今言った、やさしい方の実験をしてみるんだね」
 高橋さんは話しおわって、一太郎君のうれしそうな顔をさも満足げに眺めるのでした。
魔法眼鏡

 あしたは秋季皇霊祭という、九月二十三日の夜、一太郎君はお父さまのお許しを受けて、近所の大学生の高橋さんのお家へ遊びに行きました。
一太郎君は高橋さんがだんだん好きになって来ました。
いろいろな科学のお話をしてくれるからです。
しかもそのお話は、さすがの一太郎君も、少しも考えていなかったような、なんだかびっくりするような珍しいことばかりだからです。

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