係長さんが、“おい岡部、その瘤は、もぐらもちの真似をして、こしらえた瘤なんだろう”といった。
そうだそうだ。
僕は、なにをおいても、自分が地下戦車になったつもりで、まず自分で穴を掘ってみよう。
それがいい」
彼は、えらいことを悟った!
人間地下戦車
次の日から、一郎の生活が一変した。
彼は、朝早く起きると、例の手習いをすませ、その後で、この寒いのに、シャツとパンツとだけになって、庭におりた。
「さあ、僕は地下戦車だぞ。
どこから、もぐるかなあ」
彼の手には、シャベルが握られていた。
「さあ地下戦車前進!」
彼は自分で、自分に号令をかけた。
そして、えっさえっさと懸け声をして、シャベルで、庭の土を掘りだした。
弟の二郎が、その声をききつけて、とんできた。
「兄ちゃん。
そこを掘ってどうするの。
畑をこしらえて、お芋を植えるの」
「ちがうよ」
「じゃあ、ううッ、西瓜を植えるの。
玉蜀黍植えるの」
二郎は、自分の大好きなものばかりを、かぞえあげる。「ちがうよ、ちがうよ」
「じゃ、なにを植えるの。僕に教えてくれてもいいじゃないか。あ、分った。南京豆だい。そうだよ、南京豆だい」
「ちがうちがうちがう。ああ、くるしい」
一郎はふうふういって、泥だらけの手の甲で額を横なぐりに拭いた。
「あ、兄ちゃんが顔を泥だらけにした。お母ちゃんに、いいつけてこようッと」
二郎は、ぱたぱたと縁側をはしっていった。
一郎は、自分の掘った穴をみている。
こんなにふうふういって、穴を掘ったのに、その穴は、やっと自分の頭が、入るくらいの大きさに過ぎなかった。
「この人間戦車は、性能が悪いなあ」一郎は、嘆息した。
しかし、こんなことで、へたばっては、未来の地下戦車長もなにも、あったものではない。
そう思った一郎は、再びシャベルを握ると、さらに大きな懸け声を出して、えっさえっさと、穴を掘っていった。
ばたばたと、縁側に、足音がした。
「まあ、一郎!」母親の、呆れたらしい声だった。
「ほらね、お母ちゃん。兄ちゃんの顔、あんなに、泥んこだよ」
「一郎、朝っぱらから、なにをしているのです」
「僕は今、……」いおうと思ったが、一郎は、そこで、あやうくことばを呑んだ。
(ああ、もうすこしで喋るところだった。語るな、軍機だ! たとえ、母親にだって)
「ちょっと、いえないの。国防上、秘密のことをやってやるんですからねえ」
「え、国防上秘密のこと?」
母親は、聞きかえしていたが、やがて二郎の頭をなでて、
「二郎や。兄ちゃんは、防空壕を掘っているのだよ。出来たら、お前も入れてお貰い」
そういって、母親は安心して、奥に引込んでしまった。
(防空壕? ははあ、これが防空壕に見えるかなあ)
防空壕をつくるにしても、一人では、たいへんである。
シャベルをもつ一郎の両腕は、今にも抜けそうになってきた。
しかし彼は頑張って、土と闘った。
それでも二十分程かかって、やっと腰から下が入る位の穴が掘れた。
彼は、疲れてしまって、自分の掘った穴に、腰をかけた。
シャベルの先をみると、土とはげしく磨り合ったために、鋼鉄が磨かれて、うつくしい銀色に、ぴかぴか光っていた。
鉄と土との戦闘である――と、彼は、また一つ悟ったのであった。
それから彼は、また頑張って、庭を掘りつづけた。
ようやく、自分の体が入るだけの穴が出来たとき、また母親が顔を出した。
「一郎。もう三十分前だよ。会社へ出かけないと、遅くなりますよ」
「はい。もう、よします」
人間地下戦車は、土を払って、立ち上った。
さて、この調子では、いつになったら、本当の地下戦車が出来ることやら……。
だが、この一見ばからしい土掘り作業こそ、後の輝かしい岡部地下戦車兵団出現の、そもそも第一|頁であったのである。
だが、今ここでは岡部将軍も只の一少年工に過ぎなかった。
蘭丸と数値
「係長さん、僕は、けさ、人間地下戦車になって、活動を開始しましたよ」
岡部一郎は、会社へいってからお昼の休みの時間に彼をかわいがってくれる係長の小田さんに此報告をした。
「なんだって。その人間なんとかいうのは、なんだね」
係長さんは、鼻の下の小さい髭をこすりながら、一郎の顔をみた。
「人間地下戦車ですよ」
「人間地下戦車? なんだい、それは……」
係長さんは、目をぱちぱちして、鼻の下をやけにこすった。
この係長さんは、わからないことがあると目をぱちぱち、鼻の下をやけにこすりたくなるくせがある。
そうやると、頭がよくなって、理解力が出てくるらしい。
そこで一郎は、けさ、うちの庭で、シャベルをもって、土を掘ったことや、母や弟から、防空壕をつくっているのだと思われたことを話した。
「……人間地下戦車は、だめですね。ほんのぽっちりしか、穴が掘れないのですもの……」
と、一郎が残念そうにいうと、係長さんは「ふーん、それはまあ、そうだろうな」とうなずき、
「だが、岡部。ほんのぽっちりしか掘れなくても、もしもこれを毎日つづけて一年三百六十五日つづけたとしたら、どうだろう。計算してみたまえ」
「計算? 計算するのですか」
「そうだ。技術者というものは、すぐ計算をやってみなければいけない。多分このくらいだろうと、かんだけで見当をつけるのは、よくないことだよ。技術者は、必ず数値のうえに立たなくちゃ」
係長さんが、むつかしいことをいいだしたので、一郎少年は、わけがわからなくなった。
「数値のうえに立つとかいうのは、なんのことですか。石段の上でも、のぼるのですか」
「冗談じゃないよ。数値の上に立つというのが、わからないかね。岡部は森蘭丸という人を知っているかね」
「森蘭丸? 森蘭丸というのは、織田信長の家来でしょう。そして、明智光秀が本能寺に夜討ちをかけたとき、槍をもって奮戦し、そして、信長と一緒に討死した小姓かなんかのことでしょう」
「そうだ、よく知っているね。
どこで、そんなことおぼえたのかね。
ははあ分った。
浪花節をきいて、おぼえたね」
「ちがいますよ。
子供の絵本でみたんですよ」
「子供の絵本か。
僕は浪花節で、おぼえたのだよ。
あははは。
――まあ、そんなことは、どうでもよい。
その森蘭丸が、なかなか数値の上に立つ行いがあったことを知っているか」
「知りませんねえ」
「じゃあ、話をしてやろう。
信長が、或る日、小姓を集めていうには、お前たちの中で、もしも余の佩いているこの脇差のつかに、幾本の紐が巻いてあるか、その本数をあてたものには、褒美として、この脇差をつかわそう。
さあ、誰でも早く申してみい。
『はい』と答えて力丸ゥ……」
「係長さん、へんなこえを出さないでくださいよ。
今、所長さんが、戸口から、じろっとこっちを睨んで通りましたよ」
「なあにかまやしないよ。
別に悪いことをやっているんじゃない。
これで三味線がはいると、わしゃ、なかなか浪花節をうまく語るんだがなあ」
「係長さん、どうぞ、その先をいってください」
「うむ、よしきた。
『二十五本でございます』と、力丸はいった。
『あはは、ちがうちがう、お前は落第だ。
コメント