初級翻訳・未来の地下戦車長 第13話

未来の地下戦車長

なぜなら、この戦車には、地上を走るための車輪さえついていなかったからです。
「とんでもないことになりましたね」
少佐のそばで目を丸くして立っていた、萱原(かやはら)というベテランの小隊長が、少佐に向かってそうつぶやいたのでした。危険信号

「何事も体験だ。それにしても、この地下戦車を目的の場所へ持っていくまでに、妙に手間がかかるものだな」
「はあ。やはり、これには車輪が必要でありますなあ」
「岡部伍長は、今度こそ車輪をつけると言い出すだろうよ」
「いや、少佐殿。今度は、岡部は砲弾みたいに、火薬の力でこの地下戦車を斜面に打ち込んでくれなどと言い出すのではないでしょうかね」
「うむ、言い出しかねないな、岡部のことだから……」
 そのうちに、準備が整った。
地下戦車の鼻先が、やわらかい赤土の中に少しばかり入り込んだ。
そして牽引車は、後ろへ下がった。
「では、始めます」
 地下戦車の蓋が開いて、岡部伍長が顔を出し、信号旗を振った。
加瀬谷少佐は、それに応えて手を振った。
岡部が中に引っ込むと、また一つの首が出てきた。
そして手を振った。
「やあ、ご苦労!」
 それは、同乗を命じられた工藤上等兵だった。
「萱原准尉。工藤は、命令を受けて、別に嫌な顔をしなかったか」
「いや、大喜びでありました。工藤上等兵と言ったら、命を投げ出すようなことには真っ先に志願する兵でありまして……」
「ははは、まさか、今日のところは命に別状はあるまい」
「そうですかなあ。私は心配であります」
 そう言っているうちに、地下戦車の蓋は、ぱたんと閉まった。
車体の後ろの排気管から、白い煙がもうもうと立ち上った。
「うむ、いよいよ出発するらしい」
加瀬谷少佐をはじめ、試験部隊の一同は、固唾(かたず)をのんで、問題の地下戦車の上に視線を集める。
そのときだった。
岡部伍長の乗った地下戦車が、ぶるぶるんと震えたようである。
ぎりぎりと音がして、戦車の頭部から、土がぱらぱらと飛び散った。
円錐形の回転きりが、いよいよ回転をはじめて、赤土を削り出しはじめたのだった。
「おお、もぐっていくぞ。案外いいじゃないか」
加瀬谷少佐は、戦車がはねとばす土を頭からかぶりながら、熱心に、地下戦車の回転きりのあたりをじっと見つめる。
ぶるぶるん、ぶるぶるん。
ぎりぎり、ぎりぎり。
地下戦車は、すさまじい勢いで土をはねとばしながら、少しずつ、斜面の土の中につき進んでいった。
「やるぞやるぞ、すごいぞ!」
そのうちに、土がとばなくなってしまった。
それは地下戦車が、頭部をすっかり土の中に突っ込んでしまったからである。
「おお、ここからいよいよ本当の前進だ。うまくいくかな」
少佐は、手に汗を握っている。
萱原准尉は、自分が運転をしているかのように、額に汗をにじませて少佐と並び、地下戦車の後ろから中を覗き込む。
地下戦車は、そこからさらに深く土中に入り込んだ。
およそ、全体の長さの三分の二ほどが土中に入り込んだのだが、そこからピタリと進まなくなってしまった。
「おや、進まなくなったぞ」
「エンジンはかかっているのですが……」
「そばへ行って、車体を叩いて様子を聞いてやれ」
「はっ」
萱原准尉がとんでいって、言われた通りに車体を上からどんどん叩いた。
「おい、岡部伍長、どうした?」
ところが、それには返事がなかった。
しかしそのとき、エンジンの響きは、さらに一段と大きくなった。
全馬力を出し始めたものらしい。
「おい岡部。どうした!」
重ねて、萱原准尉がとんとんと車体を叩いた。
しかし、答えはない。
そのうちに、准尉はびっくりしたような声をあげた。
「おや、これは変だぞ」
「どうしたのか、萱原」
「ああ、そうですか。車体が回っているのです。車体が左に回っております」
「なに、車体が左へ回っているだと。それは大変だ。それじゃあ、宙返りをやっているんじゃないか。飛行機じゃあるまいし、戦車の宙返りは感心しないぞ。岡部伍長、何をしている!」
そのうちに、戦車の排気管から、赤い煙がもうもうと吹き出してきた。
そしてエンジンが、ぱたりと停止してしまった。
少佐はそれを見て大きくうなずき、
「ああ、あれは危険信号だ。おい、全隊、土を崩して、地下戦車を急ぎ掘り出せ!」
と珍しい号令を出した。
待機していた小隊の全員は、つるはしとシャベルを持って、戦車のそばへと駆けつけた。
そして急いで土を崩し、地下戦車の救出にかかった。
どうやら、地下戦車第一号は、失敗に終わった巻のようである。

科学する心

 せっかく苦労して設計した地下戦車第一号が、ものの見事に失敗作となってしまったので、岡部一郎の落胆は非常に大きかった。
彼は、掘り出された無残な姿の地下戦車の中から、ガスにいぶされて真っ黒になった顔を外へ出したとき、その両目は悔し涙でいっぱいだった。
彼は戦車から這い出すと、今にも倒れそうな体を両脚で必死に支え、加瀬谷少佐の前に歩み出た。
「部隊長殿、自分は……」
とまでは言ったものの、あとはのどにつかえて、声が出なくなった。彼は、歯をくいしばって、われとわが横面を、がーんとなぐりつけた。
そして、はっとしたところで、彼は、懸命の声をふりしぼって、
「……自分は、すまないことをいたしました。
用意が足りんで、まことに、すまないであります」
 岡部一郎は、それだけいうと、もうたまらなくなって、思わず戦車服の袖で、両眼をおさえた。
ぽたぽたと、大粒の涙が、戦車帽の袖から、下に落ちて、土にしみこんだ。
加瀬谷少佐は、じっと岡部伍長のこの様子を見ていたが、そのとき、形を改め、
「岡部伍長、今日の地下戦車の試験は、ついに失敗におわった。お前の設計は、まだ充分でない。
そのことは、部隊長として、叱り置く」
 と、きめつければ、岡部伍長は、涙にぬれた顔をあげ、厳然と不動の姿勢をとって、
「はい」と、こたえた。
「だが、この失敗のためにお前に命じた地下戦車研究の志がもしすこしでも鈍るようなことがあれば、わしはお前をさらに叱りつけねばならん」
 加瀬谷少佐は、一段と声をはげましていった。
「はい」
「もし、ここでお前の志がくじけることあらば、わしは、お前の御奉公の精神をうたがう。
つまり、お前は、自分一個の慾心で、これまで地下戦車の研究をつづけていたのだと思い、わしはお前を新に叱るぞ」
「は」
「地下戦車の研究は、お前一個の慾望を充たすために、命ぜられているものではない。
おそれおおくも、皇軍の高度機械化を一日も速かに達成するため、特に地下戦車の設計製作の重責をお前が担っているのである。
お前は、それを忘れてはならぬ。
一日も速かに地下戦車が欲しいこの時局に、多大の物資を使って、而もついに失敗したということは、もちろん感心できないことである。
しかしながら、失敗を失敗として、そのまま終らせてはならぬ。
失敗はすなわち、かがやかしい成功への一種の発条であると思い、このたびの失敗に奮起して、次回には、更にりっぱな地下戦車を作り出せ。
そのときこそ、今日の不面目がつぐなわれ、それと同時に、皇軍の機械化兵力が大きな飛躍をするのだ。
泣いているときじゃない。
失敗を発条として、つよくはねかえせ。

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