我が国の桃には、実がたくさんなることから「百(もも)」という言葉が由来だという説明もありますが、これもやはり、たくさん子供を産む力(多産力)という視点から見れば、この風習が始まった理由の説明にはなるでしょう。
人間以外のものにすごい力があり、それが人間に働きかける力がよいものであっても、悪いものであっても、人間の力ではとてもかなわないような場合、私たちの祖先は、それに「神」という名前を与えました。
猛獣や毒蛇の仲間も、昔の人々は「神」と言いならわしていました。
山や川、草や木、岩などの仲間もまた、神の名前を背負っているものがたくさんあります。
桃が「オオカムヅミ(大神)」という神さまであることも、少しも不思議ではありません。
神様の名札がついているからといって、「神話の時代に本当にこの出来事があったにちがいない」というような議論は、まったく問題になりません。
さて、ここからは「桃太郎」のお話です。
お話が現在のかたちのような骨組みにまとまったのは、おそらく室町時代のことであろうと思われます。
しかし、そのお話の「種(もと)」は、もっと昔からずっとあるのです。
私たちの神話や伝説、そして昔話は、古い本からまた別の本へと受け継がれていき、最後に人々の口から語られるようになったのだ――というような考え方は、まったく意味がありません。
昔の本というものは、伝えられたものの全体のほんの一部(一斑)すらも伝えきれてはいないのです。
とはいえ、大昔のお話を調べようと思ったら、本から集めるほかに方法はありません。だから、同じように本から知識を取り入れるにしても、そこには十分な用心が必要です。
聖徳太子と並んで、日本の民間芸術(アート)の最初の仕掛け人だと考えられてきた「秦河勝(はたのかわかつ)」は、伝説によってさまざまな飾りつけ(潤色)がなされてきた人物です。
昔、三輪川(みわがわ)を流れてきた「甕(かめ)」を開けてみたところ、中から赤ん坊が出てきた。
そして、その赤ん坊が大きく成長したのが、先ほど名前を出した河勝であると言い伝えられています。
このお話の種は、決して新しい時代のもの(近世のもの)ではありません。
秦氏(はたし)という一族が外国からやってきた帰化人であるのと同じように、このお話の根本もまた、海を渡ってきた「舶来のもの」なのです。
私たちの祖先は、頭の中では、中国のことも朝鮮のことも、口では「もろこし」と言い、「韓(から。古い時代には朝鮮半島の一部分を指していました)」と言って区別はしていましたが、どちらも「海の向こうの外国」という点では、ごちゃまぜにしていた跡がたくさん見られます。
中国からやってきたとされている秦氏に、この河勝の「水から生まれたという出生のお話(出生譚)」があるところから見ると、秦氏の故郷の人々がもっていた考え方に対して、一つの大きな疑問が浮かんできます。
そもそも、朝鮮の神話に登場する帝王たちの誕生を説明するものには、「卵」から生まれたとするお話がたくさんあります。
その中には、河勝と同じように、水の上をプカプカと漂流していた卵から生まれたとするものさえあるのです。
竹の節の中から生まれた「かぐや姫」と、朝鮮の卵から生まれた王さまたちを並べて、さらに河勝と比べてみると、河勝は日本の伝説というよりも、かえって外国の「卵から生まれるお話」の方に近づいていることがわかります。
これはおそらく、秦氏が代々伝えてきた「血の混ざった(混血種の)伝説」なのでしょう。そして同じように、桃太郎のお話も、かぐや姫に似ているというよりはむしろ河勝に似ており、ある点ではかえって「卵から生まれた王さま」に似ているのです。
思うに、桃太郎のお話のほかにも、果物や木の実から生まれたというたくさんの似たようなお話(類話)が、昔からたくさんあったに違いありません。
奥州(東北地方)に伝わっている、瓜(うり)から生まれた「瓜子姫子(うりこひめこ)」などとは、赤ん坊が生まれてくる手続き(シチュエーション)がとてもよく似ています。
桃太郎と瓜子姫子のどちらが先に生まれたかという順番をつけることはできませんが、お話の仕組みとしては、瓜子姫子の方がよりシンプルです。
何にせよ、甕から生まれた河勝と、桃太郎や瓜子姫子の間には、本を読むだけではわからない、長く途切れない「血筋のつながり」が必ずあるはずです。
海や川の水面を漂って、神さまが自分たちのところにやってくるというお話は、日本各地の神社で、その神社がはじめて建てられたときの由来(縁起)として、数え切れないほど伝えられています。
古い書類の中にも、これと同じ型をした伝説がたくさん見つかるだけでなく、現代でも、お祭りのたびに「海から神さまがやってきてくださる」と本気で信じている神社さえあるのです。
遥かなる水の向こうにある「神の国」から神さまがやってくるという出来事を、「生まれたばかりの小さな神さまが、小さな舟に乗って流れてくる」という風に考えている人々もいます。
北ヨーロッパの海岸に暮らす人々などが、まさにそうです。
『古事記』や『日本紀(日本書紀)』を読んでも、「蛭子命(ひるこのみこと)」のお話はこうした系統を受け継ぐものですし、同じように、「少名毘古那神(すくなひこなのかみ)」もまた、水から生まれた神さまという本来の姿が少し形を変えて伝えられたもの、と考えることができます。
水まかせに流れ寄ってくるものの中から、神さまが誕生するというストーリーの形が、我が国にも昔からしっかりと根づいており、それがやがて、ある英雄神の生まれたときのお話となり、さらに時代が下って「桃から生まれた桃太郎」にまで成り下がってはしまいましたが――それでも、人間の力をはるかに超えた「鬼を退治するほどのすごい力」を持って生まれてきたという点を見ても、桃太郎の正体が「もともとは神さまだった」ということがよくわかるはずです。
桃太郎が大きく成長して、「鬼ヶ島(おにがしま)」を退治しに行くようになってからの名前が、じつは「百合若大臣(ゆりわかだいじん)」なのだ――というお話が、かつてそこは鬼ヶ島だったのだと自分で信じ込んでいる、壱岐(いき)の島の人々の間に今も伝えられています。
では、どうして桃太郎は、甕(かめ)からも、瓜(うり)からも、あるいは卵からも生まれずに、「桃」から生まれたのでしょうか?
それはおそらく、お話がだんだんと人々の口から口へと語り継がれていくうちに、「桃から生まれた人間とするのが、一番しっくりきて都合がいい」というまわりの事情に引っ張られて、そのように変化していったものと考えられます。
人間の「連想(あるものから別のものを思い浮かべる力)」というものは、果てしなく伝説を大きく育てていくものなのです。
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