初級翻訳・桑の実 第1話

桑の実

一

 おくみが身を寄せているカフェは、おかみさんが一般家庭の主婦の手腕で切り盛りしている小さなお店だったけれど、近所にはほかにこういうお店がないので、ちょくちょく出前の注文もあるし、お客さんもぼちぼち来てくれるので、人目にはかなり順調にいっているように見えた。けれど、一歩中に入ってみると色々と事情があって、おかみさんは月末になると、よく晴れない顔をして、ペンと帳面を手に持ったまま、ぼんやりと一箇所を見つめているようなことがあった。
 おくみは、自分がいつまでもブラブラとここに居候しているのが申し訳ないような気がして、いつも自分で進んで仕事を探して働くようにしていたのだけれど、厨房の男の人と、お店の方を担当しているテキパキとしたお安さん、それに もう一人の女中さんのほかに、雑用をする下女が一人、出前持ちの小僧が一人いて、そこへおかみさんもできる限り動き回って働いているものだから、おくみはただ十歳になるあき子さんと小さい男の子の面倒を見るのと、ちょっとしたお針仕事などをしたりするほかには、これといってすることなかったのだ。
「おくみさん、もうお寝みなさいな。
もう十二時よ。
私もそろそろ目をふさぎそうになるわ」
 夜遅くになると、おくみはもう自分のするべきことはすっかり終えて、お客のいない店内の鏡のところに出てきて、しょんぼりと髪などをとかしたあと、窓ガラスを通して、向こうの郵便局をやっている家の赤い電球を、見るともなくじっと見つめて立っていると、おかみさんが何だか手持ちぶたそうな顔をしてやって来て、椅子を寄せながらそう言い、眠そうなあくびをなさるのだった。
 女中のお安さんは、ボリュームのある髪をハイカラに巻きつけて、黄色いぶ厚い留め櫛を見せたまま、向こうのテーブルに突っ伏したまま、ぐっすりと居眠りをしている。
「雨でも降っているのかしら。
何だかしっとりしているようだわね」
「そうでしょうか」
 入り口のガラス戸を開けて、おくみは外をのぞいてみた。
雨は降っていないけれど、真っ暗な夜だった。
お店の少ない通りなので、もうどこもすっかり雨戸を閉めていて、人の行き来もない。
頭の上には、たった一つ黒く消えかかった星が、まるで小さな呪いのようにピカピカと光っていた。
おくみは戸を閉めておかみさんのほうへ戻った。
外を見た目で店内を見渡すと、まるで水の中にでもいるかのように青いガス灯の光が満ちた部屋の中では、すべてのものが昼間のようにハッキリと見えていた。
少しもいやらしい飾りなどがなくて、さっぱりとしたお店だ。
よくここにやって来る青木さんが描いてくれた、西洋の女性が椅子に腰かけている絵と、黒い壺にいろんな色の花を生けたものの、二枚の小さな油絵が、テーブルクロスの上でひときわ際立って見えた。
二階では、女性を連れた西洋画家と、その連れのもう一人が、まだカルタ遊びに興じていた。
そんな流れから、おくみはおかみさんがポツンと腰かけている椅子のところに立ち止まりながら、さっきもしきりに考えていたとおり、自分のこれからの身の振り方について思い悩む気持ちをおかみさんに打ち明けた。
「だって、中途半端なところに奉公なんかに出たら、身を滅ぼすもとになりますから、それこそよくよく考えてからでないと……。――私も何とか考えてあげるつもりでいるんだけれど、でも、くみちゃんにとっても、いつまでもこうしてここにいるのも良くないしさ」と、おかみさんはこちらの気持も察してくれて、まるでここにいるのに飽き飽きしてでもいるかのように言ってくれるのだ。
 おくみは、もちろん自分の勝手な都合でそう言っているわけではない。
こうして何一つおかみさんの助けになっていないのが申し訳なくて、いろいろと考えてしまうのだった。
「私がもっと何かできればいいんですけど、この調子では少しもお店の役に立ちませんし……」
おくみは、そんなときでも自分の気持ちをこれだけしかうまく言葉にできなかった。
「そんなことを考えるのは、まだ私のことを他人だと思っているからだわ。
私のところに、くみちゃんが一人いたって、どうってことないじゃない。
いてくれれば、私だってそれだけ助かっているんだしね。
――いいから、まあ当分この家の子になったつもりでいらっしゃいよ」
おかみさんは気持よくそう言ってくれるのだった。
「それより、ちょっとこっちを向いてごらん。
面白いところにあるほくろだねえ」
「これでしょうか?」
 話はそんな風にして、まったく別の話題へと飛んでいってしまうのだった。
おかみさんは本当に気立てのいい人で、ご主人を亡くされてから、二人の子どもを連れて言い表せないような苦労をなさって、どうにかこうにか今日までやってこられた人だけあって、何事にもしみじみとした思いやりがあった。
亡くなったご主人は洋画家だったのだそうだ。
おかみさんは、二人の小さなお子さんを抱えてさえいなければ、こんなお店を営まなくてもいいような上品な人柄だった。
このお店を始めるにあたって、青木さんたちが一生懸命力を貸してくれたり、それから同じような画家仲間がたくさん出入りしてくれたりするのも、亡くなった画家の未亡人に対する温かい同情からだった。
しかし、お店としてはあまり繁盛しているとは言えなかったのである。おくみは、このお店にお世話になるようになってから、あっという間に二ヶ月以上が過ぎていました。
ふと振り返ってみると、自分でも頼りない人生を歩んできたものだなと思います。
本当のお父さんは、おくみが二歳のときに亡くなってしまい、十一歳になるまでは育ての母親(継母)の手で大きくしてもらったのでした。その継母は、それまでずっと一人で頑張っていたのに、四十歳になってから「おくみを人に引き取ってもらいなさい」と誰かに頼んで、自分は別の男性と再婚してしまったのです。
継母は、赤十字病院の看護婦長さんのような仕事をしていた人でした。
おくみがもらい子として引き取られたのは、その病院で書記をしていた人の家だったのです。
おくみはそこから学校へも通わせてもらっていたのですが、そうしているうちに、その育ての父親が、おくみが十四歳になってちょうど女学校に入ったばかりの頃に、急に亡くなってしまいました。おくみはまた、育ての母親とたった二人きりになってしまったのです。
そんな事情があったので、学校もまもなく続けられなくなってしまいました。
育ての母親はどこからもお金が入ってくるあてがないため、もっと小さな家に引っ越し、人の針仕事などをしながらつらい生活を送らなければなりませんでした。そのため、おくみもわずかな日給をもらうために、下町の商品陳列館の小売部で売子のような仕事をしたり、小さな商会へ給仕に出たりしていたのです。
育ての母親は、もともと少し品のないところがある、冷たい性格の女でした。ですが、夫が亡くなって手元が苦しくなってからは、もらい子であるおくみを足手まといのように感じて、ことあるごとに当たり散らすようになりました。
おくみは働き先へ通う電車のなかなどで、前の継母のことを思い出しては、頼りない自分の境遇に、一人でこっそり涙ぐんでしまうことが何度もあったのです。

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