数を数えなければならない理由は、もともとの河童の伝説にあったものが、ただ受け継がれているにすぎないのです。
平戸にはまた、こんな言い伝えもありました。
ある大きなお侍の屋敷に、下女が働いていました。
お皿を片付けさせていたところ、一枚とり落として割ってしまいました。
主人が刀を抜いて切りかかると、女の人は走って海へ飛び込みました。
その姿を見ると、河童だったということです。
この話は、お皿を落とすのが女の河童であって、そこからすぐに若い女性へと変化したのだと、ひとまとめにして決めてしまうには少し例が少ないですが、お話の形としては単純です。
子供の頭のてっぺんを丸く剃り、坊主頭にするのは、水の神様の氏子(うじこ)であることを示して、神様に連れていかれないようにするためです。
同じように、「ガツソ」あるいは「おかっぱ」と呼ばれる垂れ髪も、河童の髪型です。
こちらは、頭のてっぺんを剃りません。
頭に皿が隠れているような形だと考えたからでしょう。
鬼ごっこ遊びの中には、子供を専門にした鬼を中心にするものが多くあります。
かくれんぼなども、もしかすると隠れる坊やという意味の「隠れん坊」ではないのかもしれません。
薩摩・大隅・日向の南九州三州に共通して「かご」と似た形に、「かぐれ」という河童の方言があります。
それよりも前、もっと広く行われていた時代には、「かくれん坊」という言葉の根っことなっていたのではないでしょうか。
目隠しを言う「めなしちご」や「めなしどち」なども、目なしの子鬼という意味でしょう。
「どち」は「みづち」の系統の言葉であり、「ちご」も、河童あるいは河童の好物である「しりこだま」を意味する、福岡あたりの方言です。
河童のほかにも、「ももんぐわ」「がごじ」「ことろ」「めかこう」などと呼ばれるものがいます。
六 河童の正体
世間で言われている通り、ひとまず「河童」という言葉でひとくくりにして、話がごちゃ混ぜになるのを避けてきましたが、これまでいわゆる河童と呼んできた、河太郎や河童の姿を標準的なものと考えておきましょう。
しかし、それ以外にも、河童という呼び方にはふさわしくない姿をしたものたちがいるのです。
あんなにも広く馬の護符を出している津島神社の四方、かなり広い範囲にわたって、そこには河童はいません。
「みづち」一類の言葉が使われているのです。
大抵は、スッポンを指しているようです。
ぽつりぽつりと離れた場所でも、この言葉を使う地方で目立つのは、「みづし」「みんつち」「めどち」「どち」などと呼ばれるもので、大抵は水の主として村人たちから恐れられています。
ほとんど、人間の願い事を聞き分けてくれるような能力のあるものではありません。
近づいてきた人をとり殺すという、河童が持つ性質の一片を備えているばかりで、大抵その正体は人々が勝手に想像している場合が多いのです。
だから「みづち」は、必ずしも決まった動物を指しているわけではないようです。
みづち信仰の最高峰にある、山城の久世(くぜ)にある水主(みづし)神社のことについて考えてみたいと思います。
もともとそれぞれの地方で自然に発生したと考えるよりも、この神社の信仰が広く言い広められたと考える方が正しいようです。
しかし今では、「みづち」を祀るお社のあるところすら少なくなっています。
みづちの中にも含まれているスッポンの仲間は、また「どんがめ」「どんがす」「がめ」などという別の言葉で、はっきりと区別されて示されています。
「みづてんぐ」「みづてん」などは、土佐で盛んに使われており、また今でも盛んに活躍しているとされています。
その正体は、河童と天狗の間を行くようなもので、くちばしが尖っているためにこう呼ばれています。
人に相撲を挑み、負ければ水に引きずり込むと言われています。
みづちよりは、少し人間に近い存在です。
この言葉は、河童の多い北九州にもかつて伝わり、「水天狗」の漢字をあてて音読みするようにもなりました。
ある大名家では、国もとの水の神を、江戸屋敷の屋敷神として祀っていたのを一般に公開しました。
その後、長らく流行り神となりました。
昔の誓いを固く守って、水による災いはもちろん、それ以外の人にも、信仰する者には利益を与えてくれると言われています。
「ひょうすべ」は、九州南部に今でも伝えられています。
こちらもその姿は非常にぼんやりとしています。
河童のようでもあり、鳥のようでもあります。
これも水主神と同じように、その信仰を宣伝し、あちこちに伝えて回った時代があったのです。
私の観察するところでは、奈良の都よりも古く、穴師(あなし)の神人が、何群れともなく諸国を流れて教えを説き広めました。
それは大和の穴師兵主神(あなしひょうずじん)の末裔なのです。
播磨や近江に大きな拠点を持っていました。
北は奥州から、西は九州の果てまで、ほとんど日本全国にわたる布教の跡は、後世になってひどくすたれてしまい、何の意味だか分からないものになってしまったのです。
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