岸から百メートルほど離れたところで浮上しました。
明智探偵と小林少年は、服もシャツも脱いで、靴と一緒に小さく丸め、それを頭の上にくくりつけて海の中へ飛び込みました。
そのあたりは、見上げるような岩の切り岸で、その下に荒波が押し寄せ、真っ白に泡立っています。
切り岸に囲まれた中に一ヵ所だけ、岩の低くなったところがあり、小さな漁船などはそこへ着くようになっていました。
ふたりは、その船着き場に向かって、力強く泳ぎ出しました。
明智探偵はもちろん、小林少年も水泳は得意でしたから、荒波をものともせず、ぐんぐん泳ぎ切って岩の岸によじ登りました。
そして、そこで体を拭いてシャツと服を着ると、段々になった岩を上まで登り、真っ暗な荒れ地を、近くの漁師の村に向かって急ぎました。
そのあたりは、田も畑もない荒れ地で、漁師の家が五、六軒かたまっているだけの、本当に寂しい村でした。
その五、六軒の家も、みんな寝静まって真っ暗で、シーンと静まり返っています。
ふたりはそのうちの一軒の家をたたき起こして、たくさんのお金を出し、漁師の服を譲ってもらって、着ていた服と着替えました。
つまり、漁師の親子に変装したのです。
汚れたカーキ色のズボン、破れてつぎはぎだらけのシャツ、頭には手ぬぐいの鉢巻きといういでたちです。
「どうも、顔が白すぎるね。少しお化粧をしたほうがいいだろう」
明智はそんなことを言って、漁師の家の壁にたまっていた煤(すす)を手につけ、自分の顔と小林少年の顔にベタベタと塗りつけました。
これで、ふたりはすっかり漁師らしくなったのです。
それから、そこに腰かけて、そのあたりの地理を詳しく尋ねました。
今度の冒険には、やはり土地の様子をよく知っておかなければならないからです。
そうして話しているうちに、東の空がぼーっと明るくなってきました。
太陽が出る前の薄明かりです。そこでふたりは漁師にお礼を言って外に出ました。
もう足元が見えないほど暗くはなく、いくら歩いても危なくはありません。
ふたりは海岸に沿って、テクテクと歩き出しました。
一直線に歩くのではなく、松の林があればその中を調べ、小高くなった丘があればその周りを調べ、地面に穴があればその中を覗くというふうに、何かを探しながら歩き回るのです。
海の方を眺めると、『ハヤブサ丸』の船体がぼーっと黒く見えています。
その『ハヤブサ丸』がいちばん近くに見える場所にさしかかると、明智探偵は今までよりいっそう注意深く地面を調べていましたが、ふと立ち止まって、向こうの松の林を見つめました。
そこには大きな松の木が五、六本生えており、その下に背の低い木がいっぱい茂っていました。
名探偵は、その茂みの中に何かを見つけたのです。
「静かに。音を立てないように」
小林少年にそっとささやいて、そこに近づくと、松の木の太い幹の陰に体を隠して、向こうの茂みを透かして見るのでした。
まだ薄暗い夜明け前でしたが、じっと見ているとだんだん目が慣れて、そのあたりがはっきり見えてきました。
「おや、こんなところにモグラがいるのかしら?」
小林少年は驚いてそこを見つめました。
茂みの中の草が、グラグラと動いているのです。
猟犬のように鋭い明智探偵は、さっきからそれに気づいていたのでしょう。
草はますます激しく動き出しました。
六十センチ四方ほどの地面が、草と一緒にぐーっと持ち上がってくるのです。
そして、あっと思う間に、その草の生えた土が横に動き、そのあとに真っ暗な四角い穴が開きました。
それから、実に不思議なことが起こったのです。
その四角い穴から、何者かがにゅーっと首を出したではありませんか。
それはモグラではなくて人間の首でした。
その人間の首は、用心深くキョロキョロとあたりを見回していましたが、こちらのふたりには少しも気づかず、誰もいないと思ったのか、そのまま穴から這い出してきました。
その男は、やはりそのあたりの漁師のような風をしていました。
三十五、六の強そうな男です。一体全体、どうしたわけなのでしょう。
海岸の地面の中から、ひとりの人間がわきだしてきたのです。
この男は、まるで土の中に住むツチグモのように、地中から出てきたのでしょうか。
あの黒い穴の下には、いったい何があるのでしょう。
そこは防空壕のように広くなっていて、誰かの住まいになってでもいるのでしょうか。
穴から出たあやしい男は、草の生えた土を元の場所に戻し、穴にふたをしました。
それから、もう一度あたりを注意深く見回すと、どこへ行くのか急ぎ足で歩きだしました。
明智探偵はそれを見ると、小林少年の腕を軽く突っついて合図を送りました。
そして、相手に気づかれないよう、そっとその男のあとを尾行しはじめたのです。
あやしい男は、海岸とは反対の方角へどんどん歩いていきます。
そちらには、さっきの部落とは違って、もっと大きな漁師村があるのです。
その道に、小高い丘がそびえていました。
男はテクテクと、その丘の下を歩いています。
そのとき、明智探偵はまた小林少年の腕を突っつきました。
そして、いきなり駆け出したのです。
そのスピードは恐ろしいほどでした。
まるで、黒い風が吹き抜けていくかのようです。
小林君も続いて、一生懸命に駆け出しました。
明智の黒い影が、パッとあやしい男の後ろから飛びかかりました。
そしてあっという間に、男はその場にねじ伏せられてしまったのです。
はだかの勇士
明智探偵は、なんのためにその男をとらえたのでしょうか。
また、その男をどこへ連れて行って、何をしたのでしょうか。
それはしばらくお預けにしておいて、お話はそれから五、六時間たった、その日のお昼ごろのできごとに移ります。
沖に停泊しているハヤブサ丸では、宮田さんや船長、サルベージ会社の技師、そのほか多くの船員たちが甲板に集まり、海面を見つめていました。
岸の方から一そうの小船が、ハヤブサ丸をめがけて近づいてきたからです。
その船には、大人と子ども、ふたりの漁師が乗っています。
大人のほうが、一生懸命に櫓(ろ)をこいでいるのです。
まもなく、小船はハヤブサ丸のすぐ下までやってきました。
そして、甲板の人たちに向かって手を振りながら、大きな声で怒鳴っています。
「はしごを下ろしてくれ」
見知らぬ漁師が、ハヤブサ丸に乗せてくれと言っているのです。
「おまえは誰だ……。なんの用事があるんだ……」
甲板から、誰かが大声で尋ねました。
「ぼくは明智だ。よく顔を見てくれ。ここにいるのは小林だよ……」
甲板の人たちは、明智探偵だと聞いてびっくりしてしまいました。
しかし、よく見ると顔は黒く汚れているけれど、明智に違いないことがわかりましたので、急いではしごを下ろしました。
漁師姿の明智と小林少年ははしごを登って甲板に上がり、宮田さんや船長、技師たちと一緒に下の船室へ入りました。
そして三十分ほど何か相談をしていましたが、それが終わると、明智探偵は大きな黒い風呂敷包みを小脇に抱えて甲板に上がってきました。
そして小林少年と一緒にまた元の小船に乗り移ると、そのまま岩ばかりの海岸に向かっていきました。
ふたりが帰ってしまうと、ハヤブサ丸の中はにわかに騒がしくなってきました。
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