初級翻訳・海底の魔術師 第20話

江戸川 乱歩

船長が船員や水夫たちを呼び集めて、ある命令を下したのです。
すると船員や水夫たちは忙しそうに歩き回り、何かの用意を始めました。
まるで戦争でもはじまるような騒ぎです。
無電技師は味方の潜航艇を無線で呼び返し、まもなくあの小型潜航艇がハヤブサ丸のすぐそばに浮き上がりました。
するとハヤブサ丸のボートが下ろされ、十三人の裸の船員や水夫たちがそのボートに乗り込みました。
ズボン下ひとつの真っ裸です。
みんな肩の筋肉が隆々と盛り上がり、腕には大きな力こぶのある強そうな人たちばかりです。
その裸の人たちはみんな、背中に酸素ボンベを背負い、水中メガネをつけ、足の先には大きな水かきをはめ、手には妙な形の水中銃を持っていました。
ボートはロープで潜航艇の後ろにつながれ、やがて潜航艇は海面に浮いたまま、ボートを引っ張ってどこかへ出発するのでした。
それから二十分ほどたったころ、潜航艇は岬のすぐそばの、岩だらけの海底に沈んで、三つのヘッドライトをギラギラと光らせていました。
その向こうの断崖のようになった岩に、大きなほら穴があるのです。
ゆうべ、敵の魚形潜航艇が突然消えてしまったのは、この辺りでした。
そのときは、ほら穴の前にそびえている岩山に遮られて、ほら穴が見えなかったのです。さきほど明智探偵は、敵の魚形潜航艇が消えたあたりに必ずほら穴があるはずだから探し出すようにと言い残していました。味方の潜航艇は、その指示通りに捜索を続け、ついにその場所を見つけ出したのです。

そのほら穴は、魚形潜航艇がギリギリ入れるくらいの大きさでした。奥の方は真っ暗で見えませんが、非常に深い洞窟のようです。ボートに乗り、味方の潜航艇に引かれてやってきた十三人のはだかの勇士たちは、ボートから海底に潜り、洞窟の入り口のまわりを泳ぎ回っています。

昨夜、ハヤブサ丸のそばの海岸にあらわれた鉄の人魚たちは、そのあたりに散らばっていた金の棒を拾い集め、やはりこのほら穴の中へ持ち帰っているに違いありません。その鉄の人魚たちが、いつまた出てくるかわかりません。もし出てきたら水中銃で撃ってやろうと、勇士たちは待ち構えているのです。

十三人のはだかの勇士が、水中メガネをつけ、酸素ボンベを背負い、足には大きな水かきをつけ、水中銃を構えて、ほら穴の上下左右を縦横無尽に泳ぎ回っている姿は、実に見ごたえのある勇ましい光景でした。ある者は洞窟にもぐり込み、中の様子を調べようとしています。明智探偵からの報告により、賢吉少年もこの洞窟の中に連れ込まれていることがわかっていましたので、あわよくば洞窟の奥深くまで泳ぎ込み、賢吉少年を助け出そうとしているのです。それにしても、賢吉君は洞窟の中で、怪物団のためにどんなひどい目に遭っているのでしょうか。

洞窟の牢獄

そのとき、賢吉少年は洞窟の中の牢獄に押し込められていました。
勇士たちが泳ぎ回っているほら穴は、奥へ行くほど広くなっていて、そこに敵の魚形潜航艇が隠れているのですが、さらに奥へ進みますと、穴はだんだん上の方へ向かって、やがて海面よりも高くなり、水のない洞窟になっていました。そこには、まるで鍾乳洞のように入り組んだ抜け道があり、ところどころに部屋のような広い場所もあります。鉄の人魚の怪物団は、この誰も知らない洞窟を見つけて、そこを根城にしていたのです。

曲がりくねった枝道のひとつに、二畳ほどの部屋のような窪みがあり、その前には杉の丸太を縦横に組み合わせた、牢屋の格子のようなものが立ちはだかっていました。洞窟の中の牢獄なのです。その真っ暗な牢獄の中に、学生服を着たひとりの少年が、しょんぼりとしゃがみこんでいました。それが賢吉少年でした。

食事はきちんと運んでくれますし、別にひどい暴力を振るわれるわけではありませんが、格子の中に閉じ込められているのですから、どこへも行くことができません。話し相手もおらず、何も見えない暗闇の中でじっとしているほかはありませんでした。実に寂しく、心細い身の上です。

「いまごろ、小林さんや明智先生は、どうしているのかなあ。ぼくがここへ連れてこられたことは、誰にも知られていないに決まっている。いくら名探偵の明智先生でも、気づかないだろう。ああ、お父さんに会いたいなあ。ぼくはなぜハヤブサ丸なんかに乗り込んだのだろう。よせばよかった。そうすれば、いまごろは東京のお家で、お母さんと一緒にいられたのに」

そう思うと、賢吉君は急に「お父さん、お母さん……」と大きな声で叫びたくなりました。そして、両方の目から熱い涙があふれ出し、ポロポロと頬を伝い落ちるのでした。

ふと気がつくと、格子の外の岩壁にチロチロと光が差していました。誰かが懐中電灯を照らして、こちらへやってくるようです。
「賊の手下が、食べ物を持ってきたのかしら」と思いましたが、それにはまだ時間が早すぎます。
「ひょっとしたら、格子の外へ連れ出されて、ひどい目に遭わされるのではあるまいか」
ふとそう考えると、賢吉君はもう恐ろしくて仕方がありません。思わずほら穴のすみっこへ身を縮めて、ブルブルと震えていました。

でこぼこの岩壁に反射する光はだんだん強くなり、やがて向こうから、怪物の目玉のような懐中電灯がユラユラと揺れながら近づいてきました。それを見ると、賢吉君の心臓は、まるで太鼓を叩くように恐ろしい速さで打ち始めました。

懐中電灯は、賢吉君のいる牢獄の格子の前でピッタリと止まりました。そして、岩の牢獄の中をズーッとひとわたり照らしてから、そこへ来た男は、自分の顔の方へ光を向けて見せました。いつも食べ物を運んでくれる、賊の手下です。その男は右手で懐中電灯を持ち、左手では、子どもの体ぐらいもある大きな黒い風呂敷包みを抱えていました。それは、なんとも言えない、気味の悪い形をした包みでした。
賢吉君は、あの黒い風呂敷包みの中にいったい何が入っているのだろうと思うと、ますます恐ろしくなり、体がブルブルと震えてくるのでした。
「賢吉君……。」
その男が呼びかけました。
優しい声です。
賢吉君は「おや、変だな」と思いました。
いつもの男の声とは、まるで違っていたからです。
「わしだよ、わしだよ。悪者になりすましているけれど、よく見てごらん。わたしは明智だよ。」
それを聞くと、賢吉君はハッとして、思わず立ち上がりました。
そして格子のそばへ寄って、男の顔を見つめました。
賊の手下とそっくりに変装していましたが、よく見ると明智先生でした。
薄黒く塗った顔の中から、あの懐かしい明智先生の面影が、スーッと浮かび上がるように見えてくるのでした。
「あっ、先生!」
賢吉君は格子にとりすがって、思わず叫びました。
「そんな大きな声を出しちゃいけない。わたしは君を助け出しに来たのだ。いまに小林もここへ来るからね。」
明智探偵はそう言って、懐中電灯を高く上げ、トンネルのようになったほら穴の向こう側に向かって、二、三度振り照らしました。
すると、それが合図だったらしく、真っ暗な向こうの方から何者かが近づいてきましたが、明智探偵の懐中電灯の光の中に入ると、漁師のような着物を着た一人の少年でした。

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