初級翻訳・海底大陸 第4話

海底大陸

 このスミス警部のニュースは、全英国に大きな感動を与えました。
 ボーイが一人見つかった。
 それなら、やがて本船もその近くで発見されるに違いない。
 ところが、なかなかそうはいきませんでした。
 海上は朝を迎え、ふたたび飛行機の偵察が始まりましたが、どこにも依然としてメリー号の船影を見つけることができないという報告ばかりが、むなしく机の上に積み重なっていきました。
 海上の天候は、このとき急激に変わりました。
 低気圧の中心が、足早にこちらの方へ押し出してきたようです。
 風がヒューヒューと鳴り出し、海は次第に白い波頭を立てて荒れ始めました。
 三千夫少年には、不幸中の幸いでした。
 あと一刻、救助が遅れていたら、彼の命がどうなっていたかは分かりません。
 英国軍港から派遣された航空母艦からは、今や刻々と気象報告が、捜査にあたっている偵察機に向けて発せられていました。
 偵察機は、やむを得ず雲の低い海上を、低空飛行によって進路を見失わぬよう努めていました。
 その時でした。
 偵察機ES101号は荒れ模様の海面に、奇妙な形をした鋼鉄の浮き標(ブイ)とも潜水艦ともつかないものが浮かんでいるのに気づき、急いで僚機に合図を送りました。
 大西洋上の波浪に現れた鋼鉄製の怪物は、一体何者なのでしょうか。

怪物を追う

 二機の偵察機は、奇妙な怪物を追うため、グッと舵を下げ、波間スレスレの低空飛行に移りました。
「変な格好をしているが、しかしどうも潜水艦くさいぞ!」
 司令のラスキン大尉が双眼鏡を目に押し当てたまま叫びました。
 偵察機は、一度怪物の頭上を飛び越えると、またグルリと旋回して、再び波間の怪物めがけて強襲していきました。
「おい、ハーン信号兵。停船命令を掲げろ!」
 ラスキン大尉の命令で、偵察機の尾部からは落下傘仕掛けの信号旗が落とされました。
「直ちに停船せよ」という信号でした。
 そうして、機は怪物のすぐ上をかすめるように飛びました。
 だが怪物は、その停船信号を聞きませんでした。
 聞かなかったばかりではありません。
 重そうな鋼鉄の頭をグラグラと揺さぶると、次第に波間に体を沈めていく様子です。この様子を見て、ラスキン大尉をはじめとする偵察機の乗組員たちは、腹立たしい気持ちでいっぱいになりました。英国海軍の厳然たる命令をあざ笑うかのような、怪物のずうずうしい態度だったからです。海上は荒れていたため、晴れた穏やかな日のように海中の様子を見透かすことはできず、せっかく見つけた洋上の怪物を、このまま海面下へ隠されてしまえば、それまでになってしまうのです。司令のラスキン大尉は、じれったい思いでいっぱいでした。こうなれば、最後の手段です。

「戦闘用意! 射ち方始め! 射撃目標は潜水艦!」

僚機にも信号が送られました。ラスキン大尉は双眼鏡を素早くしまうと、機関銃座にしがみつきました。

「射て!」

射程に入った怪物に向けて、猛烈な機関砲の射撃が始まりました。口径二十三ミリの砲弾は、ドドドッという凄まじい響きを立てて、怪物の上に雨あられと降り注ぎました。たちまち怪物は粉々になるかと思いきや、意外にも砲弾はカンカーンと弾き返されてしまったのです。

「くそっ!」

ラスキン大尉が歯ぎしりをして、なおも引き金を引きました。しかし、怪物はびくともしません。そのうちに怪物は、ユラリユラリと気味の悪い灰色の体を波間に隠してしまいました。あとには、白い泡がブツブツと揺れているばかりです。偵察機は、とうとう怪物を逃してしまったのです。

「大西洋の鉄水母」――ラスキン大尉は、例の怪物のことをそう呼ぶようになりました。その大西洋の鉄水母のことは、ラスキン大尉から無線電信で打電されたため、捜査本部をはじめ、クイーン・メリー号の捜査に従事していた汽船ルゾン号なども皆それを受信しました。

「ラスキン大尉が発見した鉄水母というのは、一体何者なんだろうね」

大西洋の怪物「鉄水母」の存在は、捜査隊の面々をひどく驚かせました。ラスキン大尉は、鉄水母を取り逃がしたことを大変残念がっていました。あれを捕らえることができれば、クイーン・メリー号の行方もきっと分かったに違いないと思っていたからです。もし次にあの鉄水母を見つければ、今度こそきっと捕まえてみせると、大尉はたくましい腕をなで回しました。

フランス汽船ルゾン号の上でも、船員といわず乗客といわず、鉄水母の噂で持ちきりでした。エバン船長はA甲板の上でスミス警部をとらえ、さっそくこの話題を持ち出しました。

「ねえ、スミス警部さん。あなたのお国のラスキン大尉のお手柄をお祝いしますよ。鉄水母とは面白い名前ですね。あなたは、あの鉄水母がどんなものだとお思いですか。ぜひ聞かせてください」

スミス警部は、つやつやした赤ら顔を海上はるかに向けながら言いました。

「さあ、鉄水母とは何者ですかな。噂によると、鉄水母はこの世界に二つとない不思議な生物だという話ですが、私はそうは思いませんね。やはり人間が作ったものに違いありません。つまり潜水艇だろうと考えています」

「潜水艇?」

船長は警部の返答に失望しながら言いました。

「潜水艇なら、英国海軍がひと目見ればそれと分かるはずじゃありませんか。私は、もっと他のものだったと思いますよ」

「すると、海坊主の一種だとおっしゃるのですか」

「いや、まさか海坊主などという化け物だとは言いませんが……」

ふたりは顔を見合わせて声高く笑いました。

エバン船長はスミス警部と連れ立って、狭い階段にコトコトと響く靴音を忍ばせながら、船内の病室の方へ降りていきました。医務長の案内で、船長は三千夫少年の寝ている病室へ入っていきました。

「やあ、日本少年。気分はどうだね」

三千夫はそれを見るや否や、ベッドの上に元気よく起き上がると、漂流中にルゾン号に救われたことへの礼を述べた後、「気がついてからも、どうしても、ぼくはクイーン・メリー号の中にいるとしか思われなくて、困りましたよ」と言いました。

船長は「うん、そうかそうか」とうなずきながら、「一体、きみはどうしてメリー号から放り出されたのかね」と尋ねました。

「それがハッキリ覚えていないのですが、なんでもあれは、船内の夕食が済むか済まないかのうちのことでした――」

少年の語るところによると、三千夫少年はサケ料理をパクつこうとしたとたんに事務長から呼ばれたので、惜しくもサケ料理の皿をそのままにして廊下に飛び出したのでした。三千夫少年が事務長の部屋に行ってみると、事務長クーパーは机の上に、たくさんの四角い封筒入りの手紙を整理していました。それは翌日の夜、船内で開かれる仮装舞踏会の招待状でした。ボーイの三千夫は、事務長からの言いつけで、まず右舷の一等船客のところへ、この招待状を持っていくよう命じられたのでした。三千夫がその招待状の束を手に持って部屋を出ようとしたとき、ふと何気なくクーパー事務長の方を振り返ってみると、彼は残りの招待状を船客名簿と照らし合わせながら、こっくりこっくりと居眠りを始めていました。

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