初級翻訳・海底都市 第4話

海底都市

「この町には、貧乏な人が多いと見えるね」

僕は、案内係のタクマ少年にそう言いました。

「ええっ、貧乏ですって? 貧乏というのはどんなものですか」

少年は貧乏でいながら、貧乏という言葉の意味を知らないらしい。なんてのんきな少年だろう。

「だって君。こう見渡したところ、町を歩いている人たちは服も着ないで、シャツとズボン下だけしか身につけていないじゃないか」

君もその一人で、シャツとズボン下だけしか体につけていないじゃないか――と言いたいところを僕はこらえて、とりあえずこのホテルの玄関の前を通行する人々だけを指して言ったのです。するとタクマ少年は、目を丸くして僕の顔を見、それから通行人たちの姿を見て、声をあげて笑いました。

「お客さんは、ずいぶん田舎からこの町へおいでになったんでしょうね。だからお分かりにならないのも無理はありませんが、あそこを通っている人たちも私も、一番立派な服を着ているのですよ」

「一番立派な服だって? でも、シャツとズボン下だけではねえ」

「よくご覧ください。これは一番便利で、働くのに能率のいい『新やまと服』なんです。体にぴったりとついていて、しかも伸び縮みが自由自在です。保温がよくて風邪もひかず、汗が出てもすぐに吸い取ります。そして、生まれながらの人間の美しい形を見せています。私たち若いものには、この服が一番似合うのです。お客さんのご年齢ごろでも、きっと似合うと思いますから、なんでしたら後でお買いになってはいかがですか」

お客さんのご年齢ごろ――と言われたので、僕は自分がタイムマシンに乗ってこの国へ来てから、いっぱしの大人の姿になり、ひげまで生えていたことを思い出しました。

「なるほど。わしは田舎から来たばかりなんで、この町のことはよく分からんのだ。それで君に案内を頼んだわけさ。はっはっはっ」

僕は笑いにまぎらせて、たいへん進歩した『新やまと服』についての議論を終わらせました。

「はいはい、十分にご案内をいたします。少しばかり歩いていただきます。この向こうに乗り物がありますから……」

タクマ少年は僕の手をとって、群衆の中を向こうへと抜けて歩いていきました。

「自動車は、ホテルの玄関につけられないのかね」

「自動車、自動車と申しますと、何でございましょうか」

僕はすっかり嫌になってしまいました。自動車を知らない案内人なんて、じつに心細い話だ。僕は、この少年を赤面させないようにと思って、次のように言いました。「つまり、僕たちは歩いてばかりいると疲れるから、そこで車輪がついた乗り物に乗って走れば、疲れもしないし、速いからいいだろうと思うんだが……」

「ああ、お話中失礼でございますが、乗り物のことならどうぞご心配なく。しかしその車輪がついたとか何とかおっしゃるものは、今思い出しましたが、あれは博物館に陳列されているあれではございませんでしょうか。ガソリン自動車とか木炭自動車とか申しまして……」

「えへん、えへん。ああ、もうそんな話はよそうや」

また博物館が話の中にあらわれた。帽子のことで博物館が出、それから自動車のことでまた博物館が出た。察するところ、あんなものはもうとっくの昔に博物館入りをしてしまって、この町では使わなくなっているのだ。言い出すたびに、とんだ恥をかく。

「さあ、乗り物のところへ参りました。これに乗りまして、目的地へ急ぎましょう」

タクマ少年はそう言って、前方を指さした。しかし不思議なことに、目の前には川のようなものがあるばかりで、小型自動車一つ待っていないのであった。不思議、不思議。

「さあ、よろしいですか。ご一緒に足をかけましょう。いち、に……」

タクマ少年は右足を出して、川の中へ足をつけようとするので、僕はおどろいて、

「やっ、待った。待ちたまえ」

と叫んだ。タクマ少年は、けげんな顔をして足をひっこめた。

「君。短気を起こさないがいいよ。川の中へはまって、あっぷあっぷするのは、いい格好じゃないよ」

僕は忠告してやった。

「川ですって? どこに川がありますか」

「タクマ君。君は目がどうかしているらしいね。ほら、目の前に川が流れているじゃないか」

と、僕は、われわれの立っているところのすぐ下を流れている川を指した。

「ちがいますよ、お客さま。これが乗り物でございます……ああ、そうでしたね。お客さまは遠いところから初めてこの町へいらしたのですから、この町の乗り物をご存じなかったのですね」

「うん、まあそうだ」

「この乗り物はたいへん便利に出来ています。つまり長いベルトが動いているのです。道が動いているといってもいいわけです。私たちはあの上へ乗りさえすれば、ベルトが動いて、ずんずん遠くへ運んでくれるのです。さあ乗ってみましょう。いち、に、さんで一緒に乗れば大丈夫ですから。さあ、いち、に、さん!」

動く道路などというものに初めてお目にかかった僕は、気味が悪くて仕方がなかったけれど、思い切ってタクマ君と一緒に、その動く道路へとび乗った。するとふらふらと倒れかかるのを、タクマ少年は僕の腰をささえてくれたので、幸いに倒れずにすんだ。少年の頭は僕の胸のところぐらいしかない。なるほどこれは便利だと、僕は感心した。動く道路の上に立っていると、歩きも何もしないのに、どんどん遠くへ行ってしまうのであった。これならいくら遠方まで行ってもくたびれることはないだろう。

「さあお客さま。今度はもう一つ内側の、もっと早く動いている道へ乗りかえましょう」

タクマ少年は、そう言って奥を指して歩き出した。なるほど、今僕が乗っている道路のとなりに並んで、ずっと早く動いているもう一つの道路があった。

「ほう、こっちが急行道路だね」

「いや、急行道路は、これからまだもう三つ奥の道路です」

「へえっ、そんなにいくつも変わった速力の道路があるのかね」

「はい、みんなで五本の動く道路が並んでいるのです」

不思議な道路があればあるものだ。

「それじゃあ急行道路は、ずいぶん速く動くんだろうな。時速何キロぐらいかね」

「時速五百キロです」

「五百キロ? たいへんな高速だね。それじゃ目がまわって苦しいだろう」

「いえ、第一道路から第二道路へ、それから第三、第四、第五というふうに、順を追って乗りかえて行きますから、平気ですよ。目なんか決してまわりません」

「へえっ、そうかね」

僕はそう言うよりほかになかった。そしてあとはタクマ少年のいうとおりにして、動く道路をぴょんぴょんと一つずつ乗りかえて、ついに急行道路へ乗り移った。なるほど速い。風が強く頬をうつ。

「うしろへ向いて、しゃがんでいらっしゃれば、わりあい楽ですよ」

少年は教えてくれた。僕はそのとおりにした。少年の方は慣れていると見え、平気で立っている。

「ねえ、タクマ君。一体見物する一番の名所はどこなのかね」

僕はたずねた。

「まずこの町の一番高いところへご案内するのが例になっています。そこへ行けば、魚群が見えます」

「えっ、なんだって」

と僕はおどろいた。どうもタクマ少年の話は、いちいちおかしい。

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