初級翻訳・海底都市 第6話

海底都市

よく見てください」

僕はその、まるで地震にでもあったかのような不思議な物体を、しばらくじっと見つめていました。
そのうちに、僕はハッと思い当たりました。
「わかった。あれは沈没した軍艦じゃないか。ねえ君、そうだろう?」
僕が振り返ると、タクマ少年は無言でうなずいてみせました。
「軍艦にしてはずいぶん大きいな。形も変わっているし、航空母艦じゃないだろうか」
「そうです。あれは航空母艦の『シナノ』です」
「シナノ? すると、あの六万何千トンかあったやつかね。太平洋戦争中に完成して、館山を出て東京湾の出口から外に出たと思ったら、すぐ魚雷攻撃を受けてあっけなく沈没してしまったという、あの……」
「そうですよ」
「あんなものを、なぜわざわざあんなところへ置いてあるんだい?」
「シナノは、あそこで沈没したんですよ」
「ああ、そうだったか。すると、ここは東京湾の出口を出てすぐの海底だというわけだね」

僕は、初めて自分が今立っている場所を知ることができました。
しかし、なんと劇的な変わりようでしょう。海底にいつの間にかこんな立派な展望施設ができているなんて。
「ねえタクマ君。あんなシナノをなぜ片づけてしまわないのかね。目ざわりじゃないか」
「そういう意見もありましたがね。しかし多くの人は、シナノをあのままにしておいて、僕たちが二度と人類同士で殺し合うような野蛮な戦争をしないように、その戒めの記念塔として残した方がいいということになったのです。日本が戦争放棄を宣言して以来、世界の各国も次から次へと『わが国も戦争を放棄する』と言い出し、今のような本当の平和な世界が完成したんです。この平和な世界の始まりの記念塔としても、あの無様な沈没艦は観光客に喜ばれているんですよ」
「なるほどねえ」

僕はしみじみと昔を思い出しました。
敗戦のあとの苦しかったあの年々のこと。希望も何もなくなって、死ぬことしか考えられなかったときに、それまでは敵として戦ってきた戦勝国のアメリカなどが、意外にも僕たちの手をとって泥沼の中から救い上げてくれ、いろいろと慰め、元気づけ、そして行くべき道を教えてくれたこと。
ああ、その偉大なる愛の力によって、今このような楽しい時代が来たのである。

「さあ、それでは、これからにぎやかな下町の方へご案内しましょう。お客さんにはきっと気に入っていただけますよ」
タクマ少年が、僕の服の袖を引っ張ってそう言いました。

雄大なる誕生

タクマ少年の案内で、僕は下町へと向かいました。またいつものように、気味の悪い動く歩道の上に乗った僕は、今度は前よりも少しうまく体のバランスを保てるようになっていました。
その道すがら、僕はタクマ少年にいろいろと話しかけました。
先ほど海底をのぞかせてもらってから、僕の胸の中には腑に落ちないことがたくさんたまっていたからです。

「ねえ、少年君。僕は世の中のことにさっぱり疎いんだが、一体これはどういうわけなんだろうね」
「何がですか?」
「何がといって、つまりこの町のことだよ。なぜこんな海の底に人間が住むようになったのかね」
「そのわけは簡単ですよ。今から二十年前に日本は戦争に負けて、狭い国になってしまったことは知っているでしょう。しかしその後、人間はどんどん増えて、陸の上だけでは住む場所もなくなってしまったんです。なにしろ相当広い面積を農業や林業、道路などに使わねばならず、輸出のための工場も広い敷地が必要なので、いよいよ窮屈になってしまいました。そこで困って考えた末に、ついに思いついたのが海底に都市を作ることでした。これは素晴らしい名案でした。この名案を思いつかなかったら、日本という国はどんなに苦しい目にあわなければならなかったか分かりません」

タクマ少年の声は、どこか泣いているような響きを帯びていました。

「でも、海底に都市を作るなんて、大変な工事じゃないか。水圧のことを考えてみただけでも身震いがするよ。あのすごい水圧に耐える材料といえば、鉄材とセメントを使うにしても、とてつもない量が必要だろう。それにさ、うっかりすると穴があいて、水が町へどっと滝のように流れ込んできたら、それこそ大変なことになる。海底の町に住んでいる人は、ほとんどみんな溺れ死んでしまわなければならないわけだからね。また、その工事にしても何十年、何百年かかるかもしれない……」

「待ってください、お客さん」
タクマ少年はおかしさをこらえきれないという顔つきで言いました。
「まさかお客さんは、日本人が原子力を使うことを知らない、なんておっしゃるんじゃないでしょうね?」

「原子力? ああ、そうか。あの原子爆弾の原子力のことか」
「いえ、原子爆弾ではありません。原子力を使ってエンジンを動かし、どんどん土木工事を進めるのです。昔は蒸気の力や石炭や石油の力、それから電気の力などを使っていましたが、あんなものはもう時代遅れです。原子力を使えばスエズ運河だって一ヶ月くらいで出来上がるでしょう。また、海水をせき止める巨大な防波堤も楽に仕上がります。昔のエンジンの出す力を、仮にアリ一匹の力にたとえると、今どこにでもある一番小さなエンジンの出す力は、七尺ゆたかな横綱力士が出す力くらいに相当するんですよ。まるで桁違いなんです」

「なるほど、そう言われると確かにそのはずだね。しかし……」
「しかしも明石もありませんよ。原子力エンジンが使えるおかげで、全世界いたるところで大土木工事の競争みたいなものが始まったんですから。そして日本では、この海底都市の建設が始まったわけです。三浦半島の先っぽの剣崎付近から原子力エンジンを使ってボーリングを始めましたが、どんどん鋼材とセメントを注ぎ込んで、その日のうちに工事は海面下五十メートルに達するという進み方でした。翌日はさらに掘って二百メートル下まで掘り下げ、それから今度は横に掘り始めたんです」

「そうかね、そんなに早く工事が進むとは、夢のようだ」
「最初の設計では、大体海面下に十階建てくらいの大きなビルを作るつもりでしたが、工事があまりに楽に進むので急に設計変更となり、陸地を離れること十五キロの地点を中心とした海底都市を作ることになりました。そしてその深さは、浅いところでは海面下百メートルという範囲で、人口およそ百万人を見込んだ都市を建設することになったんです。……聞いておいでですか?」
「ああ、聞いているとも」

「その海底都市の骨格に相当する、八十階建てで建坪一万一千平方キロメートルの坑道ががっちりと出来上がったのが、実に起工後十四日目なんです。それから今度は生活に必要な設備を整えたり、町を美しく装飾したり、各工場や商店、住宅や劇場などの屋内をそれぞれ十分に飾り立てて道具を置くのに、さらに一週間かかって、ついに完成したんですよ」
「ふうん、信じられない。信じられないことだ」

僕はとうとう本心を言葉に出して、つぶやきました。

海溝の大工事

「信じられないというんですか、はははは! 分かりましたよ。お客さんはまだ、原子力エンジンが実際に仕事をしているところをご覧になったことがないのでしょう」
タクマ少年は、動く歩道の上で僕の方を振り返ってそう言いました。

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