初級翻訳・海底都市 第9話

海底都市

あれだけの黄金が、いま日本にあれば、復興のためや、食料輸入のために、ずいぶん役に立つんだがなあ)

いくら激しい希望であっても、できないことはできないのです。あきらめるよりほかありません。

(いや、待てよ。時間機械というものが、すでに発明されていて百年昔へ行くこともできるし、僕がいまやっているように二十年先の未来へ行くこともできるんだ……)そういう器械が出来ている以上、何か工夫をすれば、あの黄金を二十年前の焼跡だらけの東京へ持って帰ることが出来るのではないか。
――そうだ、僕はこのことを、これから真剣になって研究しよう。

僕がこんな無謀に近いことを思い立ったのを、諸君はあざ笑わないことと思う。
ぺこぺこのお腹を抱え、あの焼跡に立ってみれば、誰だって僕と同感になるだろう。
この悲願を、僕は二十年後の世界の、動く道路の上で思い立ったのである。
これから僕は、この実現に、あらゆる知恵をしぼり、あらゆる努力を払い、一日も早く目的を達したいと思う。

「あっ、待てよ。
一日なんて、そんな永い時間を待っていられないんだ。
僕を時間器械へ入れてくれたあの友達、辻ヶ谷君は、二時間か三時間したら、僕を元の世の中へ戻してくれると約束した。
そんなら、今より僕は元の世の中へ呼び戻されるだろう。
それではたいへん困る。
どうしたらいいだろうか、黄金を持って帰るよりも、この方のことが重大であり、大至急よい手をうたねばならない!」

どうしたらいいだろうか。

「来ましたよ。
下町で一番にぎやかなニコニコ街です。
さあ、下りる支度をして下さい」

タクマ少年が僕に話しかけたので、僕はびっくりして我に返った。

「ああ危ない。
もっとゆっくり道路を乗り移ればいいんです。
おちついて下さい」

僕は、あやうく身体の平衡を失ってすってんころりんとするところを、タクマ少年が敏捷に腕をつかんで引き揚げてくれたので、醜態をさらさずにすんだ。

無事に、動く道路から下りた。
すてきなにぎやかさだ。
音楽が交錯して聞こえてくる。
五彩の照明の美しさ、それは建物を照らしているだけではなく、大空にも照り映えて虹の国へいったようだ。
いや、大空はこの海底都市からは見えないはず。
しかしここから空を仰ぐと、高い夜空が頭上に広がっているとしか思われないのであった。
たくみな照明法を用いているのであろうか、じつにすばらしい。

タクマ少年は、僕が人ごみの中にはぐれないようにと、手を引いて歩いてくれる。
映画館もある。
劇場もある。
美術館があるかと思うと、サーカスがある。
奇術魔術団大興行などと幟(のぼり)のたっているところもある。

「どこへ入りましょうか」

タクマ少年に聞いた。
僕は正直なところ、例の問題をはやく解決したいことに、呑気に見物などしていられないと思った。
それよりは、さきほどから方々へ行ったので、かなりお腹がすいた。
何か食べたい。

このことを少年に話すと、
「あ、そんなら、きっとお客さんの口にあうおいしい料理を作る家へご案内しましょう。
それはヒマワリ軒といって、僕の姉の家なんです」といった。

「それはいいね。
ぜひそこへ連れていってくれたまえ。
そして僕は君の姉さんという人に会いたいと思う」

「はい、ヒマワリ軒はすぐこの先です」

僕は、早足のタクマ少年に手を引っ張られて、人波の中をぐんぐん歩いていった。
これが大きなおどろきの序幕だとは露知らずに……。

長い廊下。

「ここが、そうなんです。
姉の経営しているヒマワリ軒という料理店です」

タクマ少年が、僕の袖を引いて立ち止まらせたのは、上品な店舗の前だった。
白と緑の人造大理石を貼りめぐらし、黄金色まばゆいパイプを窓枠や手すりに使ってあった。

「ほう、なかなか感じのいい店だ、さぞ料理もおいしいであろう」

僕はタクマ少年について、店内へ入った。
この店内の構造が、僕を面食らわせた。
これまでの僕の知識によると、料理店の構造は、まず玄関を入ると、お帽子外套預かり所があり、それから中へ入ると広間があって、ここで待ち合わせたり、茶を飲んだりする。
その奥に大食堂があって、卓子の準備が出来るとボーイさんが広間まで迎えに来る。
まず、そういう構造の料理店が普通で、その外に酒場がついているところもあった。
ところが、このヒマワリ軒と来たら、だいぶん勝手がちがう。
まず入口を入ったすぐのところが円形の広間になっていて、天井は半球で、壁画が秋草と遠山の風景である。
急に富士山麓へ来たような気持ちになる。
あまり高くない奏楽が聞こえていて、気持はいよいよしずかになる。
そこで二分間ばかり待たされていると、「どうぞ、こちらへ」という声がして、奥へ通ずる扉が自動的に開かれる。
そこで私たちは奥へぞろぞろ入って行く。

「タクマ君。
僕たちはなぜ待たされたんだい。
やっぱり食卓の用意をととのえるためかい」と、僕は少年にきいた。

すると少年は、頭を横に振って、それから僕の耳へそっと囁いた。

「違いますよ。
あそこで僕たちは消毒をされたんです。
外から入って来た者は、どんなばい菌を身体につけているか分かりませんから、それでガスで消毒したんです。
もうきれいになりました」「服も手も足も口の中も、十分に殺菌されましたから、ご安心なさい」

「ははん、そうかね」
僕は、その徹底ぶりに思わず感心してしまいました。
ところが、今タクマ少年と歩いているこの廊下が、やけに長いのです。
その廊下はどこまでもぐるぐると長く続いています。壁紙の模様は、蔦の葉や紅葉、松などへと次々に変わっていきますが、どれも至極単調なデザインです。照明もあまり明るくない間接照明で、先ほどの円形の部屋と同じように、ゆるやかな音楽が聞こえてきます。

「ずいぶん歩かせるじゃないか」
僕はたまらなくなって、タクマ少年に耳打ちをしました。

「食前には正しい姿勢で歩くと、消化力がぐんと高まるんです。だからこうして歩くのですよ。この廊下は迷路のようになっていますが、一本道ですから決して迷うことはありません。それに、この廊下を通る間に、私たちに対してある重要な測定が行われているのです」

「重要な測定だって?」

「そうです。それがどんな測定かは、食卓につけばわかります。それまでこの話はお預けにしておきましょう」

僕は異常な興味をかきたてられましたが、しばらく我慢することにしました。そして、また歩き続けます。そのうちに、当然ながら一つの気がかりなことを思い出しました。それは、僕がこの料理店に支払うだけの金を持っているかどうか、財布の中身のことです。

「君、君。ちょっと聞くがね、この店の料理はいくらだい? 一人前で何円くらいするのかね」

「料理の値段ですか? それは一人前五点(てん)と決まっています」

「五点? 五点って何だね。まさか五円の間違いではあるまいが……」

「五点です。間違いありません」

僕は少年の言葉の意味がよくわかりませんでしたが、ポケットに手を入れて財布を探してみました。しかし、財布らしいものはどこにも見当たりません。これはいけない、金がなくては料理どころではない。

「あのう、タクマ君。

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