(ロ)熱で壊れない物質
それから、二つの発光物質のうち、熱で壊れない方の物質は、熱湯やメチルアルコール、エチルアルコール(いわゆるアルコール)などに溶けるということは、もう分かりましたね。
しかし、この物質を熱湯に溶かすと、この物質以外の「熱湯に溶けるもの」も一緒に溶け出してしまいます。
そうなると、肝心の発光物質が不純物だらけになってしまいます。
そこで私は、できるだけ不純物を少なくするために、この物質をメチルアルコールに溶かすことにしました。
そのためには、十二時間から十三時間ほど、この物質をメチルアルコールの中に浸しておきます。
そして、この物質が溶け出したメチルアルコールを、湯せん(水風呂)の上で、とろ火を使って蒸発させます。
蒸発して残った物質には、まだ不純物がかなり混じっています。
ですから、それをさらにエチルアルコールに溶かします。
そうすると、目的の物質はエチルアルコールに溶けますが、そこに混じっている不純物(主にタンパク質)のいくつかは溶けません。
だから、それらは沈殿します。
この沈殿物をろ過して取り除きます。
そして、このろ過した液を、さらにまた湯せんの上で蒸発させます。
こうして残った物質を水に溶かし、それにもう一つの「熱で壊れる物質」を加えてみると、とても見事に光ります。
このようにして、蒸発して残った物質を水に溶かします。
その中に、硫酸アンモニアの結晶を粉にして、これ以上溶けないという限界の量まで入れます。
つまり、「飽和(ほうわ)」させるのです。
すると、また沈殿物ができます。
この沈殿物(これにはタンパク質特有の反応が出ません)をろ過して取り出し、水に溶かします。
この溶液に「熱で壊れる物質」が溶けている水を入れると、見事に発光します。
ところが、問題の沈殿物をろ過してしまった後の「澄んだ液」に、熱で壊れる物質の溶液を入れても、少しも光りません(ただし、この液にはタンパク質の反応があります)。
この理屈はこうです。
この液の中には、もう発光物質が少しも残っていないのです。
言い換えれば、熱で壊れない方の発光物質は、以上の方法で処理すると、タンパク質の反応は出ないのに、硫酸アンモニアを飽和させたときには、すっかり沈殿してしまうのです。
しかし、この物質は、硫酸アンモニアを半分の濃度(半飽和)にしたときには、少しも沈殿しません。
これまでの結果をまとめてみると、この物質が一体何なのか、その正体は全く分かりません。
硫酸アンモニアを飽和させると完全に沈殿する点は、タンパク質に似ています。
しかし、タンパク質としての反応は少しも出ません。
万が一タンパク質だったとしても、発光に関係する、非常に特別な物質なのでしょう。
この物質にせよ、もう一つの「熱で壊れる物質」にせよ、純粋な物質として取り出さなければ、タンパク質だとか違うだとか議論しても、結局は水掛け論に終わってしまいます。
以上の実験は、私の研究のごく一部にすぎません。
仮に私の研究の全体を少し覗いてみたところで、この問題は、それくらいの研究で解決できるような小さな性質のものではないのです。
正直に告白すれば、これからが研究の本番です。
いわば、今日までの研究は、ただの「籠手調べ(こてしらべ)」にすぎません。
十一 発光と酸素
それから私は、海蛍の発光作用も、石炭などが燃えるのと同じように、「酸化作用(酸素と結びつくこと)」によるものかどうかを調べてみました。
その目的のために、かなり複雑な装置を工夫しました。
その装置の中からは、まず空気を完全に追い出しました。
空気の中には、もちろん酸素が含まれているからです。
そして、酸素ガスが入っていない水素ガスや窒素ガスなどを、空気の代わりに使いました。
それだけでなく、使う蒸留水の中にも酸素が少しも混じらないよう、特別に工夫したのです。
そうやって準備した装置の中で、海蛍がどのように光るかを観察しました。
もちろん海蛍といっても、前にお話しした通り、実験用の材料として加工したものです。
ところが、水素ガスを使ったときが、海蛍の発光力が一番強かったのです。
この水素ガスの中に酸素(空気)が混じっているとは、もちろん思っていませんでした(しかし実際には、不純物として酸素が少し入っていたようです)。
それでも、この複雑な装置全体の中には、ひょっとすると多少の酸素が残っているのかもしれないと思いました。
それにしても、空気を含んだ蒸留水を使った場合と、水素ガスを含んだ蒸留水を使った場合を比べてみると、海蛍の発光力は、とても比較にならないほど、水素ガスを使ったときの方がはるかに強かったのです。
それからまた、窒素ガスを含んだ蒸留水を使ったときにも、空気を含んだ蒸留水を使ったときより、海蛍の発光力はずっと強かったのです。
しかし、水素ガスを使うときほど、その発光力は強くありませんでした。
この実験で得られた事実を根拠にして、私はこのように想像したのです。もし酸素(不純物として混ざっている分)が少なければ少ないほど光る力が強いのだとしたら、酸素が全くない状態なら、さらにもっと強く光るはずだ、と私は想像しました。
この考えから出発して、私は「海蛍の発光は、酸素と結びつく酸化作用ではない」という結論を出しました。
ところが、この私の結論はとんでもない間違いだったことが分かったのです。
これは、ゲンジボタルが光る仕組みを研究したことで判明しました。
その理屈はこうです。海蛍が光るためには、酸素の量が多すぎると、かえって光る力が弱くなってしまうのです。
ですから、普通の蒸留水の中に溶けている酸素の量だって、もちろん大した量ではありません。
それなのに、海蛍が一番強く光るためには、その「大した量ではない酸素」ですら多すぎたということが分かったのです。
これは全くの予想外でした。
海蛍が最も強く光るために必要な酸素の量について、まだ私は正確な測定は行っていません。
しかし、私の水素ガスを使った実験から推測すると、その酸素の量は極めてわずかで良いようです。
なぜなら、私が使った水素ガスの中に不純物として混じっていた酸素(空気)の量は、ごくわずかだったに違いないからです。
しかし、海蛍は酸素が全くないと光りません。
かといって、酸素が多すぎても光りません。
そこに謎が隠れていたのです。愚かな私は、そのことに気づいていませんでした。
ですから、改めて言います。海蛍の発光は酸化作用です。
ただし、その最も強く光るために必要な酸素の量は、驚くほどわずかなものらしいのです。
この私の間違った結論(英文で発表したもの)に対して、ハーヴェイ博士は猛烈に攻撃してきました。
もちろん、私に言い返す言葉はありませんでした。
しかし、ハーヴェイが攻撃の文章を発表する四、五ヶ月も前に、私の結論は全くの間違いだったということに、私自身も気づいていたのです。
それで、私はハーヴェイに手紙を出しました。
また、私の英語論文の翻訳を手伝ってくれている人(アメリカのミネソタ州立大学医学部長)にも手紙を送り、私の結論は間違っていたので、どこかの雑誌で訂正してもらうようお願いしました。
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