それならば、切り離した発光器官の中には、生きた蛍の発光器官の中よりも、問題の還元物が多量にあったのではないか、という考え方もできます。
しかし、そんな理屈は考えられません。
もしハーヴェイの言うような還元作用があるとすれば、やはり生きた蛍の発光器官の中の方が、その還元作用は盛んに行われると考えるのがより合理的です。
そのような理由から、ハーヴェイの理屈では蛍の発光作用は説明がつかないのです。
この抗議について、私はハーヴェイに手紙を出しました。
しかしハーヴェイからは何の返事もありません。
もっとも、以上の説明はハーヴェイの本には書いていないようです。
なかなか一つの事実だけで、万事の説明はできないものですね。
十三 無熱の光
以上に述べた事実だけでは、なぜ動物の光の研究が大切なのか、よく分からないかもしれません。
この点は『万物の霊長』と自称している人間が、歴史が始まって以来、工夫に工夫を凝らしてきた「灯火」と比較してみるとよく分かると思います。
現在、人間界の最も優秀な灯火はタングステン白熱電球です。
ところが、光としてのタングステン電球は実に貧弱なものです。
まず使用する電力(エネルギー)を百としたら、このタングステン電球が光に変えている部分は、わずかに一・六五に過ぎません。
その残りの九十八・三五は、すべて熱になって消えてしまうのです。
ですから、私たちは電灯代を払っているつもりでいますが、実際には高い高い「電熱代」を払っているようなものなのです。
ところが、動物の光はどうでしょうか。
まず元のエネルギーを百としたら、動物の光、例えば蛍の場合、その九十七が光となって現れているのです。言いかえれば、蛍はエネルギーのほとんどすべてを光に変えることができ、熱になってしまうのはほんのわずかな部分だけなのです。
ですから、動物の光は「熱のない光」と呼ばれます。
このこと一つをとっても、動物の光の研究がいかに重要であるか、想像できるのではないでしょうか。
この動物の光を研究し、その謎が解き明かされるまでには、もちろん数千年かかるかもしれません。
しかし、私はこの問題が決して解けないようなものだとは考えていません。
とにかく、いつか天才が現れてこの問題を解決し、その原理を照明に応用する時代が来ることを、私は強く望むと同時に、そんな未来が必ず実現すると確信しています。
十四 動植物を師として
このように、人間は知恵を絞りつくして、ようやく効率が百分の二にも満たない電灯を発明するのが精一杯です。
ところが動物たちは、何十万年も昔から、何の苦労もなく効率が百に近い光を平気で灯しているのです。
こうなっては、「万物の霊長」と自負する人間も、全く顔負けというわけです。
それだけではありません。動物の中には、人間には到底真似のできない奇跡のような力を持つものがいます。
例えば、ここに一匁(もんめ)の体重しかないカブトムシがいるとしましょう。
この一匁のカブトムシは、なんと七百匁もの荷物を運ぶことができるのです。
言いかえれば、カブトムシは自分の体重の七百倍もの荷物を運べるという、とてつもない力を持っているのです。
なぜカブトムシにそんな怪力があるのか、生物学者はもちろん、今日の機械学者にも分かっていません。
もしカブトムシのこの仕組みが解明され、それを人間が応用することができれば、それは大変な進歩になるでしょう。
また、前回の講演で丸澤君が話したように、植物は太陽の光を利用して、空気と水から栄養分を作り出しています。
もし人間がこの秘法を化学の力で解き明かすことができれば、現在、個人や国を悩ませている食糧問題も、たちまち解決するはずです。
以上に挙げた例は、もちろん動植物に見られる現象のほんの一部にすぎません。
動植物の世界、もっと広く言えば自然界には、こうした秘法が無限に行われています。
ところが不幸なことに、頑固で物分かりの悪い人間は、それに気づいていません。
だからこそ、人間は「万物の霊長」などという自分勝手な看板を下ろして、動植物の世界に学び、謙虚に教えを乞うべきだと私は思うのです。
とはいえ、動植物たちは「最高学府」と呼ばれるような大学を持っていません。
ですから、留学が大好きな日本人でも、動植物の大学へ留学するというわけにはいきません。
しかし、欧米の大学へ留学して向こうの学者に教えを乞うのをやめて、もっと身近な動植物を師として学んだほうが、はるかに独創的な知識を得られると私は思います。
動植物が授けてくれる教育こそ、まさに天才教育であり、自由な教育なのです。
特に日本人は真似をすることが得意ですから、欧米の学者の真似はやめて、動植物の真似をすれば、きっと素晴らしいものができると保証します。
私たちが民衆のための研究所を創設し、自然科学を学ぶ場にしたいと主張する精神は、まさにここにあるのです。
(了)(大正十年三月二十六日稿)(附言。第十一と第十二はあとから追加した)
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